第7話

「なんか色々災難だなその彼。いちこに見られるは、知らないおばさんに話しかけられるは。私だってもバスの時間は変えるな。突然話しかけてくるおばさん嫌いだからね」

 

 ななちゃんは突然話しかけてくるおばさんに何かされたのだろうか。親の仇ごとく、キリキリとした様子で話していた。

 それを私は冷たい目で見ていた。

 

「確かに、おばさんの話は酷かったけど、そんなことだけで、彼自身そこまで嫌がっていなかったから、そんなことだけで時間を変えたりはしないとおもんだけどな」

 

 今度はななちゃんが私を冷たい目で見ていた。

 

「じゃあ、やっぱりいちこが原因じゃん」

 

「ち、違うもん……見ていたけど違うの、多分、部活にまた行き出したからだと思うの。そんな話をしていたから」

 

 ななちゃんの冷たい目は止むことはなく、どことなく軽蔑しているような目で見られていた。

 

「いちこ……盗撮だけでは飽き足らず、盗聴までしているとは……もうかける言葉もないよ」

 

 ななちゃんは私の両肩に手をかけ、諭すように言った。

 

「どっちも違うから! 見ていたのも聞いていたのも事実だけど、何回も言うけど、勝手に視界に入ってくるし、勝手に耳に入ってくるだけだから! 意識して見たり聞いたりしてないの!」

 

 それでも尚、ななちゃんは冷たい目で私を見ていた。相変わらず、手を肩に置いたまま。

 

「いちこ……被害ってのはね。受けた側がどう思うかで決まるものもあるのよ」

 

 そんなことはとうの昔に知っている。

 だけど、ななちゃんと目を合わせることができなかった。

 その視線を逸らした先には私が書き進めている彼の絵があった。顔はまだしっかりと覚えているけど、やる気みたいなものが起きなくて、途中になったままだ。

 

「そうかもしれないけど、私だけの責任じゃないよ……さっきも言ったけど部活を再開させただけだよ……」

 

 同じことを繰り返す以外、私にできることはなかった。何を言っても私が言い負ける。この争いはここでで終わりにしなければ。

 

「今まで1度も会ったことがないのが何よりの証拠だよ。部活が忙しくて、同じ時間に乗れなかっただけだよ」

 

 落ち着きを取り戻したのか、ななちゃんはさっきまで座っていた椅子に戻った。

 

「とりあえず、警察署にでも行く?」

 

「行かない行かない! ななちゃん考えすぎだって。どうしたらそこまで話を飛躍できるの?」

 

 私の言葉を聞いてななちゃんはため息を1回吐いた。

 

「親友はどうしたら罪を意識してくれるんだろうか」

 

 ななちゃんはまだ私を犯罪者に仕立て上げたいみたいだ。いい加減この話は終わらせないと、ななちゃんはまだまだ追求するつもりだ。

 

「犯してない罪を認めることはできないよ。じゃなくて、この話もうおしまい。それよりななちゃん。今度の週末バイトがなかったら買い物に付き合ってくれない?」

 

 話題を突然変えてみたけど、何もなかったようにななちゃんは答える。

 

「日曜日ならいいよ。どこに行きたいの。またユミタウン?」

 

「うん。欲しい画材があるから……あ、ななちゃんも何か欲しいものがあるなら、私付き合うよ。いつも私ばかりで悪いから」

 

「じゃあ、遠慮なく服でも買うの手伝ってもらおうかな」

 

「私最近のファッションなんて知らないよ?」

 

「大丈夫。私も欲しいもの買うだけだから」

 

 ここ最近はよくななちゃんと話している。私にわがままに付き合ってくれているだけだけど、ななちゃんに話せた分、少しスッキリした。

 

「ななちゃん。ありがとね。いつも私の話を聞いてくれて」

 

 道路脇の銀杏が黄色く染まり上がった帰り道。自転車を押して歩くななちゃんに改めてお礼を言った。

 

「急にどうしたの。いちこ熱でもあるの?」

 

「ないよ! ななちゃんにはいつもお世話になっているから、言いたくなっただけ。それと、もう1つ相談があって……もし、もしもだけど、また彼と会うことができたら、今度は声をかけようかと思う」

 

 ななちゃんは俯いていた。キリッと音を立て歯を食いしばって、手には拳を作っていた。それが側から見た私にも分かるくらいに全身に力を入れていた。

 ななちゃんにこのことを言えば、こうなることは安易に想像がついた。だけど、何も言わずに彼に声をかけて、事後報告して悲しむななちゃんだけは見たくなかったから。ななちゃんの感情的に言えば、どちらでも変わらないのかもしれないけど、先に話さないとフェアじゃない気がした。

 

「……いちこは大丈夫なの?」

 

 ななちゃんは俯いたまま私に言った。黄昏時、黄金色よりは山吹色に近い色で染まった空間では、ななちゃんの顔をしっかりとは見えなかった。

 

「大丈夫だよ。……多分」

 

「……いちこの多分ほど信じられないものはないよ」

 

「……そうだね。あの時もそんなこと言ったっけ?」

 

「うん。いちこが……」

 

 ななちゃんが話ている最中だったけど、私はその言葉を遮った。

 

「ごめん! その話はしたくないんだよね」

 

「ああ、ごめん……そうだったよね」

 

 私とななちゃんの間に会話がなくなって、車の走る音ばかりがうるさく響いていた。 

 そんな均衡をななちゃんが崩す。

 

「でも、よかったよ。あんな人見知りのいちこが、ようやく踏み出せる時が来たんだって思うと。親友としては応援するよ」

 

「うん。ありがとう。ねえ、ななちゃん?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「私ななちゃんの浮ついた話、聞いたことがないよ。私ばかり話して、不公平じゃないかな?」

 

「わ、私の話はいいって。私なんかよりも、自分の心配をしなさいよ」

 

 薄暗く照らされている今の時間では、ななちゃんの顔がしっかりとは見えなかったが、顔を赤らめていたのだろうな。ななちゃんが顔を赤くするなんてレア中のレアだから見て見たかった。

 

「うん。そうだね。ありがとうななちゃん。また進展があったら連絡するね」

 

「ああ、うん。いい報告を待っているよ」

 

「悪い報告になった時は慰めてね」

 

「任せろ! いちこを慰めるのはお手のものだからな」

 

「その時はお願いね」

 

 最後ななちゃんはどんな顔をしていたのだろうか。なんかいつもより元気がない気がした。ななちゃん。私はななちゃんと付き合いが長いから、ななちゃんが困っていることくらい雰囲気で分かるんだよ。

 私もななちゃんの力になってあげたい。でも、ななちゃんから話してくれないと言うことは、私には言えないことなんだろう。言いたくないことを無理やり訊いてななちゃんを傷つけることだけはしたくない。

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