第4話
他愛もないことを、ななちゃんと話をしながらバス停まで歩いたのは久しぶりだった。
「いちこ……」
ななちゃんが神妙な面持ちで私に話しかける。
「どうしたの?」
「私も今日はバスで帰ろうか?」
ななちゃんが優しいことは知っている。私がそんなななちゃんにずっと縋っていることも。
「大丈夫だよ。ななちゃん自転車ないとバイトできないでしょ。そんなに心配しなくても、もう気にしてないから」
嘘だ。本当は、気にしすぎてまだ胸が痛い。だけど、ななちゃんにそれを知られるわけにはいかない。ななちゃんの傷を広げるわけにはいかない。
「……そっか。じゃあね、いちこまた明日」
「うん。バイバイ」
ななちゃんの走り去って行く姿を横目に見ながら私もバスに乗る。
バスに乗って1番初めに確認したのは、彼が乗っているかどうかだ。彼に視線を取られて、段差で躓いて転けかけたことは置いといて、彼は今日も乗っていた。それも、今日も昨日と一緒の席。私のいつもの席から、横顔を見つめられるあの席。今日も、何か本を読んでいる。
私もいつもの席に座って、今日は気分がいいから、と耳にイヤホンを挿し込んだ。
今日は明るめの曲にしよう。アップテンポで楽しめの恋愛ソングがいいな。
私のお気に入り歌手の最新曲は失恋ソングが多い。2年前に発売された曲だけど、今日はこの曲が聴きたい。
選曲したのは、ピアノを基調に作られた、アップテンポの片思いソング。『君の隣がいいの』や『君のそばにいたいの』そんな歌詞が私のお気に入りだ。他にも『始まりの音色がする』なんて言葉もある。私には一生縁もないことかもしれない。でも、恋愛ソングを聴いて妄想する、それだけで十分だ。
曲を聴きながら彼の横顔をじっと見つめていた。
相変わらず本を読むことに集中して、私が見ていることには気づいていない様子だった。気づかれても困るけど、そろそろ正面からも顔を見たいものだ。もっと脳裏に焼きつけて、今度こそ絵を完成させたい。
そんな思念が通じたのか、彼は私の方に顔を向けた。
前回までは簡単に目を逸らしていたけど、今回は何でか目を逸らすことができなかった。何秒くらい見つめ合っていたのだろうか。彼が目を逸らすまで、ずっと見つめてしまっていた。恥ずかしさもあった。でもそれ以上に彼の顔を見られたことが嬉しかった。
鞄をぎゅっと抱きしめて、何気に外を見る。暗くなりかけていた空のせいで、窓ガラスには私の顔が映り込んでいた。自分だから言えるけど、それはもう、気持ちの悪いニヤケ面をしていた。
何よりも心配だったのは、彼に見られた時にもこの顔をしていたのだろうかということ。もしそうなら、死ねる。彼にこんな顔見られたなんて、恥ずかしすぎて死ねる。
素っ気なく目を逸らされたのも、私の顔が原因だった可能性は否定できない。
この時初めて、バスから降りていく彼のことを目で追うのをやめた。
こんなに落ち込みながら帰る帰り道はいつぶりだろか。ちょうど1年くらい前の大型台風が接近した時以来だな。
本当は違う。あの時以来だ。だけど、自分にそう言い聞かせないと、もっと落ち込むし、ななちゃんにも心配をかける。嘘で塗り固めて、ななちゃんには気楽に感じてもらわないと。
次の日も、朝から彼に会えないかなと、思っていたけど、昨日、あんなことがあったから、顔を合わせづらい。
幸いにも彼はバスに乗ってこなかった。嬉しいのやら悲しいのやら。複雑な感情だ。
朝靴箱で、珍しくななちゃんに会った。ななちゃん曰く今日もバイトが休みらしく、これまた珍しく、今日もななちゃんが部活に来ることになった。高校に入って2年。ななちゃんが2日連続で部活に来るのは、入学早々の時期以来、3回目だ。多分、明日辺りに台風でもやってくる。
ななちゃんが部活に来ると言うことは、また相談に乗ってくれると言うこと。本当にバイトが休みだったのか疑わしいが、聞いてくれるのだったら、ありがたく時間を使わせてもらおう。
「いちこ。例の彼、盗撮とかしてない?」
私から相談をしようと思っていたのに、ななちゃんから話しかけられるとは。それにしても、なんてことを訊いてくるんだ。
「し、してないよ! 親友を犯罪者に仕立て上げないでよ!」
「いやあ、犯罪ならもう犯しているから、ついでにそれくらいはしているかなって」
ななちゃんは私を何だと思っているのか。
「するわけないでしょ!」
「そうだよな。疑って悪かった。じゃあ代わりに、彼のことについて聞かせて」
ななちゃんにそう言われたけど、私は彼のことについて何も知らない。
私の知っていることと言えば、昨日ななちゃんに話したくらいだ。
「いちこ? 聞いてる?」
「あ、ごめん……何か言ってた?」
「昨日聞いた以外に、人見知りないちこの知っていることはないだろうからさ、見た目を教えて欲しいなって」
余計なことを言われたけど、それは無視だ。
彼の見た目……基本的に横顔ばかりだから、どんな顔だと言われても難しいな。虚しそうな顔……これはななちゃんには言えないな。
私が考え事をしながら絵を描いていると、背後からななちゃんが話しかける。
「ほお、これが例の彼か」
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