第2話
考え事をしているうちに、バスの乗客は半分になっていた。斜め後ろの男性は次の大松町でお降りる。優先席に居座っている老婆は、私と目的地は同じだ。
彼は一体どこで降りるのだろうか。もしかして私と同じバス停だったりしないかな。
そんな思いも虚しく、私の3つ前のバス停で彼は降りた。
それから2つのバス停を超えて、私と老婆の降りるバス停に着いた。私たちが降りると同時に、このバス停では5人の人が乗る。ここもいつも通りだ。
私は家に帰っても、頭の中は彼のことでいっぱいだった。脳裏に焼き付けた彼の姿を思い出しながら、彼の着ていた制服を調べていた。
青っぽい制服。
それは県下では1校だけだった。間違いない。彼は城東高校だ。
こんなことを調べて何になるのかと、そう思ったのは調べ終わった後のことだった。
私もしかしなくてもストーカーのようなことしてる。ち、違うから。これは彼のことを知るために必要なことだから……。
自分に嘘をついても、真実も知っているから、嘘をつく必要なんてないけど、そう言い聞かせないと、ストーカーを容認しているようで気持ちが悪い。
「はあ……」
出るため息は彼のことを考えてばかりだ。
昨日会った彼に朝も出会えるのではないか、と希望を胸に膨らませながらバスに乗った。高校は違うけど、限られたバスの時間、私の高校からそう遠くない距離、可能性は高い。
どこの高校かも知らない同い年くらいの女子とは、朝ご一緒したことはない。学校までの距離が遠いからもう1本早い便で行っていると勝手に思っている。そもそも、始発を除いて学校に間に合うバスは、たったの3本だ。1本早いバスか、私の乗っているバス、1本遅いバス。
私の場合だけど、1本早いバスに乗ったら学校に早く着きすぎる。下手したら1番乗りだ。こんな時間、朝練をしている運動部の人しかいない。そんな中、ただの美術部である私が足を踏み入れるわけにはいかない。
逆に、1本遅い便は、遅刻ギリギリの時間になる。歩いても間に合わないことはないけど、そんなスリルを朝から味わいたくない。と言うか、最悪になった時に走りたくないだけだ。それなら早いうちに出るのが賢明だ。
どこの高校も遅刻の時間は同じくらいだろうから、彼もこのバスに乗っているのではと思っていたけど、彼が乗るはずのバス停を過ぎても彼が乗ってくることはなかった。
そう簡単に会えることはないだろうなと思いながら、3分の1の確率で外すあたり、私の性格と合っている。
学校を終えて放課後。
部員は7人もいるのに、そのうちのほとんどが幽霊部員になっている我が美術部の部室を訪れる。今日は部長は用事があるとかで、誰もいない。
早速2週間前から描き始めている油絵の続きを描き始めた。
今日の部活も1時間くらいにしておこう。そう考えてしまうくらい、絵に関して思い悩んでいた。
絵自体は完成している。完成しているのだが、私の理想と何かが違う。私の想像ではフェルメールのような、女性の絵が描けているはずなのだけど、どういうことか、窓ガラスに写っている私と同じで、私の肖像画みたいで気持ちが悪い。
ここまできて捨てるのは惜しい気持ちもあるけど、半端なものを描いている時間の方が無駄だ。
思い切って、描いていた絵を、黒の絵の具で塗りつぶした。爽快な気分だった。その一瞬は。
後悔とは何で後からしかやってこないのだ。油絵なのだから、わざわざ塗りつぶさなくてもよかった。それに塗りつぶすのだったら、白で塗りつぶせばよかった。まだ黒は乾いてないから剥ぎ取ることはできるけど、面倒だ。やった本人が言えることではないけど、それだったら、新しいキャンバスに描く方が早い。
新しいキャンバスを手に取り、イーゼルの上に乗せる。キャンバスと睨めっこをしていたけど、新しい発想は生まれなかった。
刻一刻とバスまでの時間が迫る中、何故か頭の中にバスで出会った彼の姿が思い浮かび上がった。
勝手に描くのは申し訳ない。彼だって私なんかに描かれたくないはずだ。だけど、彼の横顔を描きたい。彼を絵に残したい。
今度こそ理想の絵を描ける気がした。彼を描くことで、私の中の新たな扉が開こうとしていた。だけど、まだ葛藤はあった。本来ならこんなことはしないけど、とりあえず、背景から描き始めることにした。
彼の顔は中心に、体は右下に伸びるように。アタリは大体決めてあるから、最後にバランスが崩れないように注意しないと。
新しい絵を描き始めてから30分。大まかな背景が完成した。初めの頃は写実的に描こうかと思っていたけど、あまりにリアルすぎるのは、見られた時に困るから、ここから印象的にすり替える。
写実的に描き切ってしまう前に、重要なことに気がついてよかった。ここから先は背景をぼかしながら描き進める。
背景を描いている途中、彼の顔を描きたい衝動に襲われる。彼のことを考えていると、心臓の鼓動が速くなり、胸が苦しくなってくる。体を締め付けられているようで、苦しい。
まだ彼のことを何も知らないのに、何でこんなに胸が苦しくなるんだ。知っていることといえば、昨日調べた高校くらい。それなのに、何でこんなに苦しいんだ。
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