未完成の絵

倉木元貴

第1話

 私はいつも、17時34分発の国道55号線を南下するバスに乗っている。

 別にルーティンだとか決めているとか、そんなんじゃない。ただ、学校の授業が終わって、部活に行って、部活を終えると、いつもそのくらいの時間になっているだけだ。

 それと、この場所が田舎だからと言うこともある。田舎だから、バスを利用する人が多そうな時間でも、バスは精々1時間に3本だ。17時34分発のバスに乗り遅れたら、次のバスは、17時58分だから、20分以上待つことになる。このバス停の近くに、時間を潰せそうなカフェや意外と知られていない隠れ家的なお店があれば、20分の時間を潰すことは容易い。だか、先程も言ったが、ここは田舎だ。1番近いショッピングセンターへは、徒歩で10分だ。行って、何もせずに帰ってきたらバスが来てるか来てないか、そんな時間だ。それ以外は、田んぼが広がっているだけで、ほとんど何もない。そんなわけで、毎日のように同じバスに乗っている。

 毎日同じバスに乗っていると、同じ時間帯に乗っている乗客のことを覚える。

 同じ会社なのか、同じ服を着た女性が3人。スーツを着た会社員らしき男性が2人。知らない学校の制服を着た同い年くらいの女子が1人。荒れた白髪を雑に後ろで結んでいる、痩せ細った老婆が1人、そして運転手に私の計9人だ。もう1年以上一緒にバスに乗っているが、3人の女性が話している以外に会話を弾ませているところを見たことがない。私も、人と話をするのは苦手だから、どちらかと言えば今のままの方が落ち着く。この均衡は決して崩れることはない。それでいい。

 それと、毎日同じバスで人も変わらないから、皆決められているかのようにいつも同じ席に座る。

 私はバスの中腹にある入り口から入って、真正面にある、進行方向を向いた席に座る。ここは通路を挟んだ反対側に席がないから何も気にるとことはなく気兼ねに座れる。私と運転手との間に座っている人はいない。さらには、運転手と座席の間にはアクリル板の隔たりがあって、直接運転手を見ることもない。このロケーションが最高なのだ。

 他の人の席はと言うと、私の2つ後ろの席に男性が1人。私の斜め後ろにもう1人の男性。バスの1番後ろの5人席に3人の女性。運転席、出口に1番近い席に女子が。老婆は何故か、毎度優先席に座っている。私たち以外に誰も乗ってないから、誰かの迷惑になっているわけじゃないからいいけど。

 毎日そうだったのに、何故か今日は、見知らぬ同い年くらいの男子が1人。私と運転手の間の席に座っていた。この席に座って、視界に人が入るのは初めてだった。

 よくも私たちの均衡を。と思っていたけど、それは一目惚れと言うのが多分正しい。

 彼が座っている席は、私の座っている席とは違って、廊下の方を向いている席だった。だから私の席からは、彼の横顔がよく見えた。彼の横顔がとてもイケメンだったとか、そんなんんじゃない。彼はとても思い悩んでいるような、虚ろな顔をしていた。それを私自身と重ねてしまった。彼に話しかけたい気持ちでいっぱいになった。それをじっと我慢した。

 ずっと横顔を見ていたせいで、彼に視線を察知され、私に視線を向けられた。咄嗟に視線を逸らし、窓から外を見る。信号もないのに車の流れが止まって、道路全体が車で埋め尽くされている様子しか見れなかった。

 とてもつまらない景色だ。こんな景色でも今は見るしかない。彼に見ていることがバレないように。

 つまらない景色を見ているのは苦行に近かった。すぐに飽きるし、目を他にやりたかった。でも、バスが走っている都合上、反対側も同じような景色だ。違うことと言えば距離感くらい。左の窓から見た方が、車との距離が近いくらい。

 そろそろ前を向いても大丈夫だろうと、彼の方に視線を向ける。彼は、小説だろうか本を読んでいて、まるでこちらに興味ないように座っていた。

 目が合ったことをここまで気にしているのは私だけか。私は何をそこまで気にしているのだろうかと、少しバカらしくなった。

 耳にイヤホンを挿して、ゆったりと流れる明るめのバラードを聴く。渋滞でゆっくりと進むバスの流れとマッチして、歌の物語に没入できる。

 とりわけ私は恋愛ソングが好きだ。その理由は簡単だ。自分では経験できない恋愛を、歌を聴きながら妄想に耽る。こんな青春をしたかった。こうなるはずだったのに。と、歌が終わったらいつも後悔する。

 ふと彼の横顔が私の視線に入る。

 その時にかかった歌は、ついこの間発売されたばかりの新曲だった。眠たくなるようなゆったりさで、王道とも言える片想いソング。歌詞の感じからして2人は幼馴染のようだ。彼のことを気になっている主人公は、好きの言葉が言えずに思い悩む。そんな間に彼は好きな人でもできたのか、はたまた初めから好きな人がいたのか。『あなたのものになってみたかった』と言う歌詞が叶わなかった恋を全て物語っていた。

 虚しい歌詞だ。こんな曲を聴いていると、昔のことを思い出すな。ああ、思い出したくないからやっぱ今のなし。もう何もなかったことにしたんだから、思い出さない。思い出さない。

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