第16話
「初めまして、私はフィオレ・カファロと申します。よろしくお願いいたします」
マリエラとの顔合わせから3日後、いつも通り側近候補たちとの勉強会に行ったレオポルドは、顔馴染みの令息達の中にまるで当然のように混ざり席に座っていた、見知らぬ黒髪の令嬢に挨拶をされた。
直毛の黒髪に、濃い青色の瞳で、すっきりとした美しい顔がカファロ公爵に似ている、マリエラの異母妹フィオレ。まだ幼さの残る拙い話し方のマリエラやアルフレードと同い年のはずのフィオレは、堂々と流暢に自己紹介をし、訓練を重ねたとわかるお手本のようなカーテシーを見せ付ける。
レオポルドが異母姉マリエラの婚約者として相応しいか確認しにきたのか、と一瞬頭をよぎったが、フィオレとマリエラの姉妹関係ではありえない。
1年前にカファロ公爵家へ養子入りしたフィオレは、2ヶ月前に共通の弟エンリコが産まれるまで、マリエラとの交流はほとんどなかった。エンリコが産まれてからは、主にマリエラがフィオレを可愛がる形でのみ話をするようになったと、ジャナから報告を受けている。
何の目的でここにいるのかと探り見るレオポルドを見つめ返す、フィオレの熱っぽい青い瞳の意味を感じ取り、不穏な胸騒ぎが収まらない。
ラコーニ公爵令息ニコラスを筆頭に数名の令息が参加している”勉強会”という名の側近候補探し。確かに、令息だけというのは不文律で、令嬢が参加してはいけないという規則はない。明確な規則を設けていなかったのは城側の落ち度。
とはいえ、一人の令嬢の参加を許すと、他の令嬢も参加を希望してくるような無法地帯になることは誰でも予測できること。フィオレの席が用意されていたということは、レオポルドやアルフレードへ事前確認することもなく、今後の影響を無視しフィオレの参加を許可した者がいる。
ここでフィオレを無下に扱えばカファレ公爵とラコーニ公爵の両家を相手にしないといけなくなる。レオポルドはとりあえず勉強会が終わった後に調べ対処しようと、フィオレの参加に言及することなく勉強会を続行した。
周囲の令息たちは紅一点のフィオレにどう接していいか分からず困っているが、当のフィオレは勉強会の邪魔をするどころか優秀さを披露する。なかなか溶け込めない令息をフォローするなど、周囲の令息から徐々に懐柔し、勉強会が終わる頃には、まるで以前から勉強会に参加していた一員のように馴染んでいた。
勉強会を取り仕切る官僚は、ラコーニ公爵家傘下の子爵家出身だった。今はカファロ公爵令嬢とはいえ、ラコーニ公爵家の力を使えるフィオレに逆らうことなど出来ないだろう。
責任者をラコーニ公爵家とは違う派閥の者に配置換えしても関係なく、官僚に圧力をかけて勉強会へ参加し続けるフィオレ。初回に何も言わず許してしまったことで、前例を作ってしまったことが失敗だった。
フィオレが勉強会の邪魔になっているならば良かったのだが、優秀な成績で、令息達とも問題を起こさず過ごしている。フィオレ一人のわがままを抑えるためにこれ以上官僚たちを混乱させるわけにはいかないと、レオポルドとアルフレードは渋々フィオレの勉強会の参加を受け入れることにした。
こうして、週3回ある側近候補の勉強会へ、必ずフィオレが参加するようになった。
他の令嬢が参加を希望したら、それを理由に勉強会の規則を変更しフィオレを追い出そうと思っていたが、令嬢からの参加希望はない……。フィオレから令嬢への圧力があったのかもしれない。
フィオレが勉強会に参加しに来るのは、異母姉のマリエラを蹴落として王妃になるためなのだと、側近候補の令息たちはもちろんそう考える。フィオレの勉強会への参加が5回を超えた頃には、将来フィオレが王妃になるものとして、フィオレへ阿る令息が出てきてしまった。
レオポルドはマリエラを愛している。だが、それとは関係なく、レオポルドとマリエラの婚約は魔石を安定購入するという国益が第一の理由だ。フィオレはその国益を無視してでも、王妃の地位を狙っているということ。
カファロ公爵を手にいれるためだけに、結婚という貴族令嬢としての責務を放棄し、国益のために政略結婚したカファロ公爵夫妻の仲を壊そうとし、権力を使って無理やりカファロ公爵の子供を孕み、結果、ルオポロ王国を怒らせたベリンダ。フィオレはそんなベリンダの娘なのだと思わずにはいられない。
権力とは家や国の利益のために使うもので、私利私欲のためには使ってはならないなど、王侯貴族であれば当たり前に教えられる常識。皆それを理解していると無自覚に思い込んでいたレオポルドは、自分は世間知らずだったと反省した。
歴史上、暴君や悪女と呼ばれる人たちがたくさんいたことも、その詳細も勉強して理解していたはずなのに、どこか、自分と関係ないおとぎ話のように感じてしまっていたのだ。
己の欲望を満たすために躊躇なく権力を使うフィオレを、レオポルドは嫌悪する。マリエラの異母妹だとしても好きになれないと、フィオレが権力を使いレオポルドへ近づいてくるほどに、レオポルドの心は離れていった。
まだ2週間たらずで、側近候補がフィオレが王妃になると認め出したこの状況はよくない。レオポルドはマリエラを愛しているし、マリエラしか王妃はあり得ない。側近候補が見ている前で、そうフィオレへ宣言しようとしたレオポルド。それを止めたのは、フィオレの従兄弟ニコラスの密告だった。
「フィオレはたった7歳で、侍女長を陥れて首にしてます。その後はフィオレの言うことをよく聞く侍女を侍女長にして、ラコーニ家での権力を握りました」
ニコラスの話では、フィオレはまだラコーニ公爵令嬢だった7歳の時、侍女長と二人きりの時に自らの足を傷つけた。そして、その足の怪我は侍女長にやられたとラコーニ公爵へ泣きながら訴えたそうだ。
侍女長はもちろん犯行を否定したそうだが、フィオレと侍女長のどちらの言い分が正しいのか証拠がなく、侍女長は解雇という形で決着がつく。本来、雇い先の公爵令嬢を傷つけたとなったら解雇ではすまない。ラコーニ公爵もフィオレの自作自演だと理解していたということ。
狂言で侍女長を陥れたとしても、新しい侍女長を用意し家政に影響しなければ問題ない。本性がどんなに狡猾で冷酷だろうと、表向きは穏やかで行儀のよい優等生ならば良いじゃないかと、ラコーニ公爵夫妻と実母ベリンダは、フィオレの足の怪我についてちゃんと調査することも、フィオレに道徳や倫理を諭すこともなかった。
ニコラスの父はまだ公爵の地位を継いでいない。カファロ公爵家の後ろ盾もあるフィオレは、ラコーニ公爵家ではニコラスの父と同等の扱いだ。伯爵家から嫁いできたニコラスの母と、その息子のニコラスはラコーニ公爵家での立場はとても弱く、フィオレを更正させようと働きかけても無視されてしまう。
フィオレのせいで解雇された元侍女長を、こっそりとニコラスの母の実家の伯爵家で雇い直すことしかできなかったそうだ。
「フィオレが勉強会に来るのを止めることができず、申し訳ございませんでした。フィオレが王妃になりたいなら同じ屋敷に住むマリエラ嬢が危険です。フィオレに害されないように守ってあげてください……」
ニコラスからの助言を受けすぐに、カファロ公爵家でのフィオレについて調査するようにジャナへ命じたレオポルド。フィオレへの疑惑はすぐに出てきた。
カファロ公爵家では、後妻になったことで張り切っているベリンダが家政を取り仕切り、使用人の采配している。フィオレの周囲の使用人たちは元々ラコーニ公爵家から連れてきたものが多い。今の頃、マリエラに対してフィオレが何かをしている気配はなく、むしろエンリコを介して仲良くなり始めたように見える。
ただ、フィオレがカファロ公爵家に来てからフィオレの担当になった、元からカファロ公爵家で働いていた二人の侍女が、二人ともいなくなっていることが気になる。
一人は突然身体中に湿疹が出たことで、見た目も悪いし、周囲にうつすかもしれないと退職し、実家へ戻っていた。二人目は遅刻が原因で解雇されていた。
その元侍女たちに話を聞きに行くと、湿疹は実家に戻ってから数ヶ月で治り、遅刻で解雇された元侍女も今では普通に朝起きることができるように戻っていた。
元々朝弱いとはいえ、それまで遅刻など滅多にしなかったにも関わらず、フィオレの担当だった時だけ、強力な目覚し時計を使ったり、家族に起こしてもらうなどしても、どうやっても起きることができなかったそうだ。
レオポルドはカルリノを従者にした2年前からラコーニ公爵家について調査を開始し、ラコーニ公爵家の出資で薬の研究をしている薬師の存在にたどり着いていた。ベリンダがリリアーナへ毒薬を使用した疑惑について調べさせてるが、未だ何も出てこない。
ニコラスとジョナの話を聞き、ベリンダではなくフィオレと薬師の繋がりについて調べるように命じると、すぐに、フィオレの侍女がその薬師が営む店へこの1年定期的に来店していることがわかった。
謎の湿疹と遅刻に悩まされた侍女達は、フィオレに薬か毒を盛られたのではないだろうかと、レオポルドが考えたのも仕方ないことだろう。
ここでフィオレが侍女へ投薬していた疑惑を問い質したら、もしもリリアーナの病死が毒殺だった場合は、その証拠をつかむ前に消されてしまうかもしれない。幸い侍女たちは死んでいない。その薬師の調査と監視を続け、これ以上の被害者が出ないように努めるしかない。
そして、マリエラとの顔合わせから3週間後、レオポルドはラコーニ公爵家が魔石の研究所建設に着手したことを知った。
マリエラとの2回目のお茶会の5日前、レオポルドとカルリノの二人はフィオレについて話し合う。
「今のうちに処分しましょう。フィオレの目的がレオポルド殿下と王妃の地位のどちらだったとしても、マリエラ様がフィオレに害される未来しかない」
今わかっているのは、フィオレは自己中心的で道徳観念もなく冷酷で、私欲のために権力を使うことや他者を傷つけることに躊躇がないということ。しかも、その醜悪な内面を隠し外面を取り繕うことは異常に上手い。
薬師との繋がりがあり、魔石の研究もはじめ、レオポルドとアルフレードと側近候補たちとのつながりを作ろうとしている。
皆、フィオレは王妃の地位を狙っていると考えているようだが、目的はレオポルドだ。その理由は明確に言語化出来ないが、強いて言うならフィオレの瞳、レオポルドを見つめる瞳の奥で燻る熱がそれを物語っている。
ラコーニ公爵家の元侍女長をはじめ、侍女達にした自分勝手な行いは明確な証拠がなく、疑惑の域を出ていない。
今の時点でフィオレを処分したら、「疑わしきは罰せず」でカファロ公爵の浮気を許したマリエラにどう思われるだろうか。侍女達への”疑わしき”と、怪しい動きと、横暴で残忍な性格だけで、まだ罪を犯していないフィオレを罰することはできない。
それに、フィオレはマリエラの異母妹。何もしていない8歳の異母妹が殺されたら、マリエラがその異母妹を殺した人を愛するわけがない。
早々にフィオレを殺そうとしたカルリノに、レオポルドは諭すように説明した。
「フィオレを処分できないのは分かりました。マリエラ様にはジャナが付いているとはいえ、あいつは俺ほど腕は立ちません。正直不安ですね」
「王家に伝わる魔道具をジャナに貸し出すよ。毒慣らしが完璧ではない妃用の魔道具で、マリエラが口にする食べ物の成分が瞬時に確認できるようになる。ラコーニ公爵家の魔石研究所へは密偵を潜入させ、ルオポロ王国産以外の新しい魔石の入手ルートを見つけたらこちらが先に分かるようにしよう。……フィオレはまだ8歳だし、人を殺したわけでもない。成長とともに改心する可能性は大いにある。もしも何か悪行を起こしても、これからは俺たちの監視の中で犯行に及ぶんだ。証拠を入手して断罪すればいい」
レオポルドがそう言っても、カルリノはまだ不満そうにしている。
「それだけだと、殿下に執着しているフィオレがマリエラ様を標的にする危険性が高いままですよね?殿下がマリエラ様を好きだと知ったフィオレが嫉妬を我慢できますか?フィオレはあのベリンダの娘ですよ。……逆に言うと、殿下がマリエラ様を遠ざけて、気に入ってないふりをすればいいのか。そうすれば魔石の問題が解決できない限り、フィオレがマリエラ様に手を出す理由がない。……むしろ別のルオポロ人の令嬢に婚約者が変わらないように、マリエラ様が婚約者の地位にいるようにするはずで、フィオレの次の悪行はマリエラ様が標的でない可能性が高くなります」
「嫌だ!嫌だよ!マリエラと仲良くできないのは嫌だ!俺がマリエラを嫌ってるなんて、そんな勘違い、絶対マリエラにされたくない……嫌だぁ!」
「でも、これ以上にフィオレからマリエラ様を守れる確率を上げる方法があります?」
レオポルドは全てはマリエラの安全のためだと言うカルリノに反論することができず、泣く泣くマリエラを遠ざけることに同意した。
そうはいっても、いつまでもこのままではフィオレがレオポルドを諦めることはない。いつかフィオレを排除することができ次第、すぐにマリエラとの仲を回復させるのだと、そして、いつかお揃いのブレスレットをして仲良しな国王夫婦になるのだとレオポルドは決心する。
翌日からレオポルドは、マリエラはメガネが垢抜けなくて話も拙くてつまらないのだと、勉強会でアピールを始める。実際にマリエラに会っても、決して笑顔は見せず、常に退屈そうな顔で対応した。フィオレとマリエラが一緒の時は、フィオレを優先させるという屈辱的な行動まで取る。
ジャナから届く、マリエラの隠し撮りがレオポルドの心の支えになっていく。フィオレが出てくるまでは、自分はヴィルガ王国一の幸せ者だと思っていたのに、幸せだけの人生を送ることなど誰にも出来ないのだと思い知った。
嬉しいけれど悲しいことは、レオポルドに嫌われてもマリエラが気にしていないことだった。むしろ、フィオレに王妃を譲るのだと、わざと成績を落とし、冴えない公爵令嬢を演じるほどになっている。いつかマリエラがフィオレの真実の姿を知った時、悲しませてしまうことが辛い。
参加している人が限られている勉強会でフィオレの本性を晒す罠を張っても意味はない。こちらからフィオレを嵌めるなら周囲の目がある学園時代になるだろう。レオポルドは、遅くとも学園時代には解決できると、涙を呑んでマリエラを遠ざけ続け、フィオレが何か悪事を犯すのを待っていた。
マリエラが受ける王妃教育をなぞるように受けるフィオレは中々尻尾を見せない。気に入らない貴族令嬢を蹴落とすことはあるが、絶対に自分の手は汚さない。フィオレが周囲をコントロールし、誘導している証拠を掴むことは難しく、その被害も小さいために、フィオレの権力を落とす決定打には欠ける。
そんな膠着状態で5年が経ち、レオポルドが14歳、マリエラとフィオレが13歳の春、ジャナに守らせていたはずのマリエラが謎の体調不良に襲われた。
初診は喘息と言われたたために、初動が遅れてしまった。どんな喘息の薬も効かないと聞いたレオポルドは、ラコーニ公爵家とつながっている薬師の拷問に踏み切る。
薬師は徐々に寝たきりになる毒をフィオレから希望され、喘息のような症状の中で徐々に足の筋肉が動かなくなる毒を作っていた。6回に分けての投与が必要なその毒は、フィオレからの注文で判子注射のような形状で納品したそうだ。
すぐにレオポルドが派遣した医者へ確認させると、マリエラのうなじに虫にさされたような跡が確認できた。おそらくは、マリエラの意識がなく警備が薄い就寝中に打たれたのだろう。経口毒への対策しかしていなかったことを悔やむ。
すぐに薬師に解毒剤を作らせマリエラへ投与するも、しばらくは副作用で喘息の症状は続くと言われてしまう。拷問することで強引に聞き出したために、薬師の自白だけを証拠にすることは難しく、フィオレの犯行を裏付ける証拠を整えていた。カファロ公爵は一応フィオレの父親。どう出るかわからないため、カファロ公爵へはラコーニ公爵家の薬師の犯行もフィオレの件も黙っていた。婚約者だからと王城から医師を派遣させ、24時間厳重に経過を見させる。
解毒剤のせいで発熱しうなされているマリエラへ、婚約者の義務という体裁でお見舞いに来た。こんなにも苦しそうだというのに、6回に分けた毒のうちおそらく2回分の投与だったという。3回以上になっていたら後遺症が残っていたと聞き、肝を冷やした。
マリエラはレオポルドにも気付かず魘されている。
「じょうまえまどうしに、なりたかったな……」
息も絶え絶えに呟いたマリエラの言葉。苦しむ中で紡ぎ出されたマリエラの本音。レオポルドと結婚して王妃になったら叶わない、マリエラの夢。
このままフィオレがマリエラへ毒を盛ったことを公にし断罪すれば全て解決する。レオポルドはマリエラを嫌ってなどいないとアピールし、わざとフィオレの引き立て役をしていたマリエラの名誉を回復し、重い愛を怖がるマリエラにゆっくりと愛を伝え、レオポルドとマリエラは仲睦まじい国王夫婦になれる。
……でも、それでは、マリエラの夢は、錠前魔導師になる夢は叶わない。苦しむマリエラの枕元でレオポルドは考えを巡らす。
下半身不随になる毒をマリエラへ盛ったフィオレを許すことなどレオポルドにはできない。本当は今すぐフィオレを殺したいとすら思っている。
でも、良心が欠如し残酷なことを平気でするフィオレを王妃になどできないと、そう考えるのはマリエラを愛しているレオポルドだけなのだ。
王妃であるレオポルドの母は、ラコーニ公爵夫妻と同じ、傲慢な高位貴族にありがちな考えの人。時期王妃にはマリエラよりもフィオレを歓迎していることを隠さない。
国政を動かす人物は野心がある方が好ましく、権謀術数をめぐらせて冷酷な手も打てる方が良いと考え、自身もそのように動く人だ。権力を使って王子二人と側近候補たちと幼馴染になり、マリエラよりも優秀だと周囲へ誇示し、ラコーニ公爵家のお金で魔石の研究所を建てたフィオレを気に入っていた。
今回、フィオレがマリエラへ毒を盛って陥れたと聞いても、それくらいなら構わないと目を瞑る姿が想像できる。
国王である父は、母のような考えに賛同はしないが、否定することもない。あの母をそのままにしていることから、国益を第一にし周囲へ清廉潔白だと思わせることができるなら、フィオレが王妃になっても良いと考えていそうだ。
アルフレードの婚約者選びは難航している。体外受精での子作りが前提となるらしく、そんな条件を提示をした時点でアルフレードの弱点が知れ渡ってしまう。
そして、なによりも、マリエラがフィオレが王妃になることを望んでいる……。
今回のフィオレの罪は暴かない。フィオレにはマリエラが望む通りこのまま王妃になってもらおう。
王家にマリエラを王妃失格だと判断させるため、でも、ルオポロ産以外の魔石の入手ルートが見つかるまでは婚約者のままでいさせるため、そんな計算をして半分血の繋がった異母姉を下半身不随にしようとしていたフィオレ。そんな計算高い女は、放っておけば自分で王妃になるための外堀をどんどんと埋めていくだろう。
時期王妃はフィオレ以外ありえないと思われるようにし、フィオレには王妃になる道しかなくなった時に、レオポルドはフィオレの手が届かない所へ退場する。愛するレオポルドのために王妃になろうとしていたはずのフィオレは、フィオレを愛することがないアルフレードと結婚し、その能力を国のために発揮してもらおう。アルフレードにフィオレを押し付けることになるが、アルフレードは国王になれば、ルカの采配を自由にできる。
そして、マリエラにはフィオレには手を出せない所で錠前魔導師になってもらおう。
こうして、レオポルドはフィオレへ一矢報い、マリエラを錠前魔導師にすることを決めた。
すぐにカルリノとジャナの従兄弟で、マリエラの伯父であるバルビ公爵を味方に引き入れ、マリエラを領地へ避難させた。実は、5歳から投資を続けていた研究者により国内発掘の鉱石が魔石になるとすでに発見していたのだが、マリエラとの婚約がなくなるのを危惧してその情報を隠していた。その研究者をラコーニ公爵家の魔石研究所に研究員として潜入させ、マリエラが学園に入学する半年前のタイミングで発見させたのはレオポルドだ。これにより、フィオレの婚約の時期が決まると共に、マリエラ出奔をカファロ公爵を納得させるためのお金をマリエラに渡すことにも成功した。
国内発掘の魔石の発見で浮かれるフィオレが、レオポルドと両想いだと勘違いしていることにも気づいていたが、わざと放置し、つけあがらせておく。
そして、マリエラは無事出国し、イエル・ドルチェとしてルオポロ王立学園へ入学した。それと同時、ヴィルガ王立学園へ入学したアルフレードへ、計画を打ち明け、気持ちを確認し、味方へ引き込む。
いつの間にかルカと相愛になっていたアルフレードは、いつかルカと別れ王弟として結婚する未来に絶望していたそうだ。端的に言ってしまえば自分たちの母のようなフィオレ相手なら、体外受精や隠れてルカと通じ合うことへ罪悪感がないので丁度良いと、計画は歓迎され、レオポルドは心から安堵する。
それと、同時に、マリエラが出奔し落ち込んでいたカファロ公爵へもこれからの計画を打ち明けた。独自の捜査でマリエラへ毒を盛ったのはラコーニ公爵家が怪しいと思っていたらしいのだが、カファロ公爵はベリンダではなくフィオレではないかと疑っていたらしい。
レオポルドの話を聞き、レオポルドがマリエラを婚約破棄した後にカファロ公爵家から次の王妃は出せないと言い張り、フィオレとは養子を解消し、王妃になってもカファロ公爵家はフィオレの後ろ盾にならないと決意していた。
父親であるカファロ公爵がフィオレを愛していたら何か違ったのかと考えたが、マリエラの母が生きている間はフィオレを愛することなどできなかったし、カファロ公爵家へ来た時にはフィオレのあの人格は形成されていたように思う。カファロ公爵自身もそう考えている気がした。
そして、夏休みが明け、レオポルドの人生で1番幸せな4ヶ月が始まった。
バルビ公爵とカルリノからの反対を押し切り、ルオポロ王立学園からの短期留学生にイエルを選ばせたのはレオポルドだ。廃太子になり、幽閉される予定のレオポルドは、どうしてもマリエラとの思い出が欲しかったのだ。
重たい愛を怖がるマリエラに、なるべく軽薄に見えるように見せようと演技し接するが、すぐにそれを忘れてマリエラに甘えてしまう。レオポルドが考えた脚本とも気づかずに、エンリコのためにと使命に燃えて、あざとかわいい演技をするマリエラはとても可愛かった。不満はマリエラの髪と瞳がジャナとお揃いのピンク髪と赤い瞳に変わっていることだけ。
カルリノの呆れる目線は気にせず、男爵令嬢として拒否できないマリエラを連れまわす。レオポルドの目にはマリエラも楽しんでいるように見えていた。一度したら我慢できなくなってしまったキスも、怒っていたのは初めての時だけで、2回目からは受け入れてくれていたと思う。
マリエラとの逢瀬をフィオレへ見せつけるのも忘れない。あの悔しそうな顔を見るだけでレオポルドの胸はスカッとした。マリエラが危険になるから、あまりフィオレを煽るなとカルリノに怒られ、マリエラへは隠れて護衛をつけたが、幸いフォオレや令嬢たちが暴力に出ることはなかった。
そして、年末のダンスパーティーで、計画通りに婚約破棄を宣言し、こうしてレオポルドの生涯幽閉が決まった。
ダンスパーティーでは突然のレオポルドからの拒否に絶望していたフィオレ。でも今頃は、レオポルドが二度と誰の手にも渡らないことに喜びを見出しているはずだ。幽閉されている限り、レオポルドはフィオレと会うことはないが、イエルとも他の令嬢とも会うことはない。
もしも、マリエラが幽閉されたら、レオポルドならそう考える。
黒の離宮の鍵は3つに分かれていて、国王、王太子、王妃の3人が管理している。1本だけでは開けることはできず、解錠には3本必要。それでも、王妃になれば黒の離宮に入る可能性が高まると、フィオレはいつか王妃になってレオポルドと会えることを期待していることだろう。
窓の外からヒューという笛のような音がし、すぐにパンッと大きな爆発音が響いた。お祝いの花火が始まったのだ。
ダンスパーティーから1週間経った今日は、新年1週目の月曜日。これは新しい国内発掘の魔石が認可されたお祝いの花火だ。これで、完全にマリエラはヴィルガ王国の王妃の道が絶たれた。アルフレードとフィオレの婚約も決まったはずだ。
ひとりぼっちの部屋へ花火の音が轟き続ける。
マリエラには念願のお揃いのブレスレットを渡すことができたし、髪を撫で、腕を組み、同じ話題で笑い合い、手を握り、レオポルドが考えたドレスを着たマリエラと踊り、何度も何度もキスをした……。
レオポルドはアルフレードに持ち込んでもらった宝物の中から、短剣を取り出した。
魔力封じをしていなかったらもっと痛くない方法を選べたし、毒慣らしをしている王族でなければ毒を使うこともできただろう。首吊りの方が楽かもしれないが、王族としての矜持がある。
レオポルドは鞘から取り出した短剣を己の首にあてがった。次の花火と同時に、と覚悟を決めた。その時、
「うわぁぁギリギリじゃない!カルリノの嘘つき!レオポルド様!助けに来ました!剣を下ろしてください!」
格子状になっているドアの向こう側、こちらを見て焦っているマリエラが立っていた。
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