あなほりの子

藤田テツ

あなほりの子

 ぼくの名前は太助。

 毎日ここで穴を掘って暮らしているよ。

 何のために、誰のために、穴を掘っているのか誰も知らないけれど、それでも僕たちは毎日えっさえっさと穴を掘る。

 この場所で穴を掘っているのは、ぼくと弥平と久喜とカルジの四人。

 弥平はものすごく泣き虫だけど、誰よりも深く穴を掘る。

 久喜は怒りん坊だけど、誰よりも道具を大事に穴を掘る。

 カルジは変てこな名前だけど、誰よりも丁寧に穴を掘る。

 ぼく…?

 ぼくは三人と比べて優れているところはないんだ。残念だけどね。


 穴を掘る作業はいつから続いているのか誰も知らない。

 ぼくのおじいちゃんの、そのおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの、そのまたまたおじいちゃんの・・・っていう風にずっと昔から続いていることだけは知っているんだけどね。

 穴を掘っているとたまにすごい昔のものが出てくることがあるんだ。

 この前はぼろぼろの日記が出てきてね、それをぼくたち四人で読んでみたんだ。

 そこにはこう書かれてた。

『この穴を掘るっていう作業には、どんな意味があるというのか。俺たちは、もうずっと昔の、そのまた昔の、そのまたまた昔の・・・はるか昔から続けられているっていうことしか知らない』って書かれてたんだ。

 昔の人も同じように、ずっと昔からって考えてると思うと、この作業が長年続いてきたことが分かるよね。

 えっ?それだけ長い間穴を掘り続けていたら、いつかもう掘れなくなるんじゃないかって?

 大丈夫!

 ぼくたちはね、掘った後にそれを埋めてから帰るんだ。

 なんでそんなことするのかって?

 きみはバカなことを聞くんだね。だってそうしないと穴の底から出られないじゃないか。それにきみが言ったように、いつか掘れなくなっちゃう。そうしたらぼくも弥平も久喜もカルジも、することがなくって困ってしまうよ。弥平は泣き出すだろうし、久喜は怒り出すだろうし、カルジは…特に普段と変わらないかもしれない。彼は変てこな名前を気に入っていて、いつも自慢しているんだ。穴が掘れなくても、名前を自慢することはできるだろう?だからいつもと変わらないかもしれないね。

 いつも同じことの繰り返しで飽きないのかって?

 当然、ぼくたちも飽きることはしょっちゅうさ。朝ここへ来るのが凄く嫌になることがある。そんな時はだいたい弥平は泣いているし、久喜は怒っているし、カルジは名前を自慢しているよ。

 けどね、たまにいつもと違うことが起こることがあってね、そんな日はなんだか得した気分になるのさ。

 お、いい反応だね。じゃあ話してあげよう!


 あれは相も変わらず穴を掘っていた日だった。

 その日はぼくも弥平も久喜もカルジも調子が良かった。何だかいつもより土が柔らかい気がしたし、軽い気さえしていた。それはぼくだけでなくて他の三人も一緒だったみたいだ。

 弥助は一度も泣いてないし、久喜は一度も怒ってないし、カルジは一度も名前を自慢していなかった。ぼくたちはずんずんと穴を掘って、きっと一日で掘った最高記録だったと思うよ。

 その後土を埋めて、誰かが「さあもう帰ろう。今日のご飯はおいしいぞー」って言った。きっと弥平かカルジだったよ。

 ぼくはすっかりお腹が減っていたからね。頭の中は晩ご飯でいっぱいだった。何が食べられるんだろう?そしてどれだけおいしいんだろう?って想像が止まらなかったんだ。ご飯だけはいつも違ったものが出てくるから、楽しみでしょうがないんだ。

そんな幸せな想像を久喜の怒鳴り声に邪魔されたんだ。

「おい、俺の道具をどこかへやったのはお前たちか?」

 久喜はそんな風に怒鳴りながら、地団駄を踏んでいたんだ。

 だけど、ぼくたちからしたら何を言ってるんだろうって感じだったんだよ。

 だって人の道具に触るはずないんだから。

 そう思ってはいたけど、久喜があまりにも怒っているから、ぼくは声を掛けられなかったんだ。

 そしたら弥平が泣きながら文句を言うのが聞こえた。

「人の…道具を…ぼくたちが…勝手に触るわけないじゃないか…」

 よく言った!と思って、ぼくは心の中で拍手をしていたよ。なんたって怒っている久喜は人の話を全く聞いてくれないからね。それに文句を言った人に八つ当たりをしてくるんだ。だからぼくは心の中で鳴り止まない拍手を弥平に送ることにしたんだ。

 案の定、久喜は弥平に突っかかっていった。

 途中から久喜も泣き始めちゃって、ぼくとカルジは黙って見てる事が出来なくなったんだ。

 なんで久喜が泣いているのかって?

 ああ、そっか。説明していなかったね。

 穴掘りの道具をなくしてしまったらね、罰せられるんだよ。それがあまりにも恐ろしいから、久喜は泣いていたんだと思うよ。

 何をされるのかって?

 それはね、真っ暗闇の中で両手両足を縛られて、一晩中叩かれるんだよ。

 誰にされているか、それは分からないよ。だって真っ暗だからね。

 本当に怖くてね、ぼくたちは道具を失くしてしまわないよう、とても気をつけるんだ。

 それに、久喜は道具を誰よりも大事にしているからね。傷が付いてもとても悲しんでしまうくらいさ。それなのに失くしてしまうなんて、とっても悲しかっただろうしね。怖いのと合わさって、泣いてしまったんだろうね。

 とにかくぼくたちは久喜の道具を探すことにしたんだ。

 だけど、また穴を掘り返している時間はない。晩ご飯までに帰らないと、それはそれで怒られてしまうからね。

 ぼくたちはうろうろしながら、久喜の道具を探していたんだ。そしたら、カルジが大きな声でみんなを呼ぶ声が聞こえた。

 みんながカルジのところへ行くと、彼は自分の道具を土の中に埋めてしまっていたんだ!

 久喜がなんてことするんだ!とまた怒り出してしまった。だけど、カルジは笑顔のままだ。ぼくは「訳がわからないよ」と言って、また探しに行こうとしたんだ。

「太助、待て。ナイスな名前のカルジさんには、素晴らしい考えがあるのだ。ここを離れるのはそれを聞いてからでも遅くないと提案しよう。それどころか君たちは、カルジさんの素晴らしい考えを聞くべきなのだ」

 君の考えていることは分かるよ。

 カルジはね、いつもこんな風に大袈裟に喋るんだ。何から影響を受けているのか分からないけど、ずっとそうなんだよ。頭が痛くなりそうだろう。

 だけどね、彼の考えを聞いてぼくは「なんて素晴らしいことを考えるんだろう。さすがナイスな名前のカルジさん!」って思ったんだ。

 彼の提案はこうだった。

 あの罰を受けるのはとても辛い。夜が怖くなってしまってもう二度と、一人で眠ることが出来なくなってしまうほどだ(ぼくは一人でもぐっすり眠れるよ)。だけど、今から道具を見つけ出すことは現実的じゃない。

 だから考え方を変えるんだ。

 我々は全員が道具を失くしたことにしよう。そうすればここにいる全員で罰を受けることになる。それは一人で罰せられるよりも、どれだけ心が楽なるか分からない。

 そうやって夜を乗り越え、そして、明日、眠たい目をこすりながら穴を掘ればいい。

 すごいだろう?こんなことを思いつくのはナイスな名前のカルジさんだけさ!

 ぼくも弥平も「それだ!」と言って指をパチンと鳴らしたんだ。ぼくはうまく鳴らせないんだけど、弥平が二人分以上の音を出してくれた。

 だけど、久喜はまだ怒っていた。

「それで夜は楽になるかもしれない!だけど、僕の道具は返ってこないじゃないか!」

 そんなに言うなら失くすんじゃないよ、って思ったけど、口には出さなかったよ。

 他の三人に比べて優れたとこはないけど、それを言わないくらいの判断はぼくにもできるんだ。

 ナイスな名前のカルジさんは怒鳴られても笑っていた。

「久喜くん、君は思考のレベルが低いよ。あまりにも低い(ぼくはそれ以上怒らせないでーと思ってビクビクしていたよ)。我々は明日は何をしているのだろうか?」

 ぼくたちを順番に指差すと、最後に自分を指差して「我々は明日も、ここで穴を掘っているだろう。異論はあるかね?ないだろう。ならばここで失った道具が、明日ここで出てくることもまた自明ではないかね?」

 そしてぼくたちは意気揚々と帰り、四人で罰を受けたんだ。

 ナイスな名前のカルジさんの言う通り、一人で怒られるよりも、はるかに心は安らかだったよ。流石だね。

 夜が明けると、久喜がぼくたちにお礼を言ってくれたんだ。

 こんなに劇的な一日ってなかなかないからね。

 ぼくは「おかげでいい体験ができたよ」と言って、久喜と握手をしたんだ。


 結局、久喜の道具が見つかったのかって?

 残念だけど、見つかっていないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る