箱入り王女の婿選び、趣味が悪いなんて言わせない

uribou

第1話

 ――――――――――ぽっちゃり令息イアン・トレイラー視点。


 ネキアサラン王国コナミ王女と言えば、深窓の姫として名前だけは知られている。

 国王夫妻の唯一の子であり、王位継承権一位。

 そりゃあ大事に育てられ、オレなんかも結構な高位貴族なんだけど、姿を遠くから見たことしかない。


 とても可憐な方だそうな。

 現在一二歳。

 来年には王立アカデミーに入学するため、その前に婚約者を定めておくんだって。

 おかしな男に引っかからないようにってことかな?


 ともかくコナミ姫の婚約者を決めることになった。

 コナミ姫は容姿だけじゃなくて頭脳も優れているそうなので、もしこの先王家に男児が誕生したとしても、そのままコナミ姫が女王になるんじゃないかと言われている。

 事実上将来の王配の選定だ。

 オレも候補者一〇人の内の一人に選ばれた。

 でもなあ。


 オレは令嬢にモテたためしがない。

 多分ぽっちゃりは令嬢にウケないからじゃないかなあ?

 まあ貴族は跡継ぎなら自動的にモテるけど、オレがモテないのは三男ということだけでは説明できないと思う。


 まあいいや。

 数合わせでも。


          ◇


 ――――――――――王宮にて。コナミ第一王女視点。


「姫様、以上で一〇人分ですよ」

「うむ」


 今日はわたくしの各婚約者候補からプレゼントが送られてきている。

 それに点数をつけねばならない。

 専属侍女のジェーンとともに検分している。


 わたくしの婚約者は、一〇人の貴公子の中から選ばれるそうだ。

 わたくしの夫となるべき令息は、将来の王配も同然。

 優れた人格と能力を具えていなければならないというのは理解できる。

 一〇人も候補がいるのなら、ネキアサラン王国の将来は明るいのではないかな?


 その一〇人の内なら誰を選んでもいいとのことだが、箱入りだったわたくしは一〇人の誰とも面識がない。

 だから手紙・プレゼント・実際に会ってみるの三段階で評価するということになった。


 いや、会ってみてその印象で決めればいいんじゃないのと思ったけど、見た目に騙されるだけだからダメだと言われた。

 おかしくない?

 小娘であるわたくしの見る目は当てにならないかもというのは、まあわかる。

 でも一〇人の中なら誰でもいいんじゃなかったの?


 ただ三段階で選ぶというのは、ちょっと面白そうだったから納得することにした。

 でも一昨日の手紙でいきなり後悔した。

 長ったらしく愛を捧げる言葉を何通分も読まされてみろ。

 嫌になるから。

 短くてクスリと笑える手紙に一番いい点をつけた。


 今日はプレゼントか。

 どれどれ?

 装飾品が五人、絵画が二人、オルゴールと本がそれぞれ一人。

 最後の一人が……。


「肉と塩?」

「はい、調理法を指定してあるんです」

「面白いではないか。昼食の時間にいただこう」

「い、いえ、串に刺して炙り焼きしろ。付属の塩を振れ。熱い内に食べろとあるので……」

「む、何か問題があるのか? 毒見を入れればよいのだろう?」

「魔物の肉だそうなのです」

「ほう」


 魔物の肉ときたか。

 食用になると聞いたことはあるが、王都では滅多に食べられないものだ。

 俄然興味が湧くな。


「姫様、おやめなされませ」

「何故だ、ジェーン」

「魔物ですよ? 恐ろしくはないのですか?」

「肉が襲ってくるわけではあるまいが。辺境で魔物肉は御馳走だそうだぞ」

「しかし……」

「炙って塩をかけて食せ、というのもまた豪快ではないか。よほど肉質に自信があるのであろうの」

「で、では厨房に運びます」

「うむ、楽しみにしておるぞ」


 案の定素晴らしい味だった。

 プレゼントの最高点をつけた。


          ◇


「ほう、興味深いの」


 ジェーンが言うことには、何と先日の手紙の一位とプレゼントの一位は同一人物だそうな。

 気の利く者もいるものだな。


「ではその者がわたくしの婚約者になるのだな?」

「いえ、まだ決定してはおりません」


 わたくしは手紙でもプレゼントでも一〇〇点満点で採点していた。

 一位の者はどちらもダントツだったから決まりかと思っていたら、一位一〇点二位九点で一〇位は一点という順位点方式なんだそうな。

 そして三種目の順位点の合計で勝者が決まると。

 最初から言ってくれればいいのに。


「今日の顔合わせが楽しみであるの」

「誰が二〇点の人かは内緒ですよ? 先入観はよくないですからね」


          ◇


 ――――――――――王宮にて。イアン・トレイラー伯爵令息視点。


「イアン・トレイラー君、一〇番目です」

「はい」


 今日はコナミ姫と顔合わせだ。

 クジで面会の順番を決めたところ。

 姫も一五分ずつ一〇人と話をするなんて、結構大変だなあ。

 オレ以外の令息側は必死で、皆熱量が豊富だろうし。

 疲れちゃうんじゃないの?


 オレの手紙とプレゼントの合計点が二〇点だと、係の人に密かに知らされた。

 えっ? 満点じゃん。

 どうなってるんだろう?


 いや、手紙に手を抜いた覚えはないし、プレゼントも自分が贈られたら嬉しい魔物肉にしたけど。

 思いの外喜んでもらえたらしい。

 可憐な深窓の姫ってことだったが、意外とオレと波長が合うのかしらん?


「やあ、イアンじゃないか」

「オーティスか」


 オーティス・ザックハール侯爵令息は、アカデミーの同級生だ。

 キラキラした金髪の美しいイケメンの上、性格もいい。

 そういやまだ婚約者いないって言ってたし、当然コナミ姫のお相手候補に入ってるだろうな。


「公爵令息やら元帥の孫やら先代宰相の孫やら、すごいメンツだね」

「同級はイアンだけなんだ。正直ホッとした」

「ハハッ、何言ってんだ」


 オレだって参加するだけのつもりだったのに、今のところ自分が満点だと聞かされて戸惑ってるところだよ。

 でもオレみたいなぽっちゃりが外見で点数取れるとは思ってないから、誰かに逆転されるんだろうけどな。

 どうせならオーティスみたいな気持ちのいいやつが、コナミ姫の婚約者であって欲しい。


「イアンは度胸があるよな」

「いや、オレはこんなメンツの中で勝てると思ってないから。割と気楽なもんだよ」

「イアンはすごく優秀じゃないか」

「ハハッ、ありがとう。でも面会で外見勝負になったら、オレに勝ち目はないね」


 オレは夢なんか見ない。

 客観的評価というものだ。

 ただ全然構わない。

 コナミ姫のお相手候補一〇人に選ばれたという実績は消えるわけじゃないしな。

 オレの前途は洋々だ……といいな。


「コナミ姫のお相手はオーティスがいいと思う。今持ち点はいくらなんだ?」

「手紙七点プレゼント九点の、合計一六点だよ」


 オレとは四点差か。

 うん、やはり外見で逆転されるな。


「かなり有力じゃないか。イケるイケる!」

「いや、でも手紙やプレゼントで一〇点取ってる人がいるんだから」


 両方オレだから問題ない。

 どうせ今日オレは最下位で一点だ。

 手紙で九点取ってる令息がプレゼントで八点を得ている場合のみ、オーティスが一点負けていることになる。

 が、おそらく現在オーティスが最有力候補だぞ?


「自信持て。姫がオドオドしている令息を好むとは思えん」

「そ、そうだな」

「姫もアカデミーに来年入学だろう? 知りたいことは多いはずだ」

「確かに」

「オレ達は姫より三学年上だ。既にアカデミーを卒業している連中に知識や経験では勝てん。しかし先輩ポジションで生のアカデミーを語れるのは利点だ。ちょうど今年から新講堂になったし、校長も変わったろう?」

「うむ」

「ところで九点を獲得したプレゼントって何だったんだ?」

「本だよ」

「おお、洒落てるな。姫は絶対本に興味あるってことだから、話題にして釣り込め」


 これくらいのこと、オーティスもわかってるだろうけどな。

 あがってると頭からすっ飛ぶかもしれんから。

 確認させてやった。


「ありがとう。しかしイアンはいいのか? 僕にアドバイスなんかして」

「オレは姫との面会順が最後なんだよ。どうせ手垢のついた話題なんかまたかって顔されるから、持ち出せないんだ。場の雰囲気に任せようと思ってる」

「そうか。運がなかったな」

「でもないぞ? オーティスが王配になってくれればな」


 王配の友人ポジションなんて結構大したもんだ。

 オーティス頑張れ。

 マジで応援してるぞ。


 係員の声が響く。


「コナミ王女殿下との面会を開始します。一番のネヴィル・ウォーベック君どうぞ」


          ◇


 ――――――――――候補者一〇人との面会終了後。コナミ第一王女視点。


「いやあ、愉快だったの!」

「一位はどなたにするのですか?」

「当然最後の令息だな。ええと、イアン・トレイラー伯爵令息」


 何だ?

 ジェーンは不満そうだが。


「イアン様はおふざけも過ぎるのではないですか?」

「そうか?」

「何ですか、あのトンボの目を回そうと指をぐるぐるしていたら、自分の目が回ったという体験談は。姫様と直にお会いできる貴重な一五分間にする話ではないでしょう!」


 うむ、ジェーンのような見方もできるが。


「イアン殿はわたくしのことを考えてくれていたと思うのだ」

「姫様のことを? どういうことでしょうか?」

「面会順が最後だったろう? 国がどうの将来がどうのということは聞き飽きていると考えたのだろうよ」

「……わからなくはないですが、貴重な一五分間ということは変わりないですよ?」

「そうかな? わたくしの婚約者になればいくらでも話せることなんて、後回しにしてもいい。と考えれば、イアン殿が疲れているわたくしに配慮して、ジョークメインの話題にしたのも理解できる」

「まさかそこまで……」

「参考になる話もあった」

「アカデミーの魔法の扱いについてですね?」


 わたくしの趣味は魔法だ。

 しかし……。


「わたくしの趣味嗜好は外部に漏れていないはずだろう?」

「姫様についての情報は遮断していると聞いています」

「魔法を話題にしたのはイアン殿のみだ。ならばイアン殿は、優れた情報収集力あるいは洞察力のどちらかを具えていることになる」

「確かに……」


 将来の王配として得がたい資質だ。

 ジェーンが何と言おうと、面会でトップはイアン殿だな。


「でもイアン様は、風体がよろしくないではないですか」

「風体? 騎士風で上々だったと思うが」

「服装ではなくて体つきですよ!」

「太っているということか?」

「はい! 姫様にはもっと凛々しい殿方が似合いです!」


 そうかなあ?

 イアン殿はいかにも余裕のある素振りが、体形に合っていると思ったのだが。


「……私は悪くないと思った」

「ええ? 姫様の趣味は悪過ぎる!」


 失礼な。

 大体候補者一〇人は誰を選んでもいいという話だったろうが。


「……実は手紙とプレゼントの満点もイアン様だったんです」

「ほう? イアン殿には魔物肉を入手する伝手があるのかな?」

「姫様!」


 いや、あれは大変に美味だった。


「イアン殿とはまだまだ話したいことがあるな」

「はあ、仕方ありませんね。姫様のお決めになったことなのですから」


          ◇


 ――――――――――王宮にて。イアン・トレイラー伯爵令息視点。


 どういうことだ?

 コナミ姫の婚約者選びで、オレが三〇点満点のトップだそうだ。

 つまりオレが婚約者に決定だ。

 無欲の勝利と言うには、あまりにも困惑の結果。


 今日は婚約者としての顔合わせという体裁で、王宮にてコナミ姫とお茶会だ。

 姫はニコニコしてるんだが、後ろに控えている侍女からは不満が透けて見えている。

 侍女の気持ちがわかるよ。

 オレでごめん。


「姫にはオーティスが似合いだと思ってたんですよ」

「オーティス・ザックハール殿か。うむ、誠実な好男子だったな」


 侍女がメッチャ頷きたそうな顔してるわ。


「イアン殿がオーティス殿を推す理由を知りたいな」


 おかしなところに興味を持つんだな。


「オーティスはたまたま同学年なので、よく知ってるんですよ。まあ爽やかで優秀で親切な、見かけ通りの印象のやつです」

「ふむ」


 あれ、響いてないな。


「ザックハール侯爵家という高位貴族の令息であることも重要だと考えました」

「わたくしの婚約者候補者一〇人は、イアン殿も含め皆結構な令息であった。身分については考慮しなくていいと言われていてな」


 ダメだ。

 全然興味を引けていない。

 このままではオーティスの評価を下げてしまいそうだ。

 ならば……。


「オーティスは天然なんですよ」

「ほう?」

「ザックハール侯爵家の紋章にはテントウムシが描かれているんです」

「そうだったか、知らなんだ」

「テントウムシは基本的に害虫を食べるいい虫でしてね。もちろんザックハール侯爵家はいいテントウムシを大事にしているわけなのですが、中には農作物の葉っぱを食べる悪いテントウムシもおりまして」

「面白そうな気配がしてきたな」

「オーティスは悪いテントウムシを知らずに大事にしようとしたところ、先代侯爵に『裏切り者を重用するやつがあるか!』ってこっぴどく叱られましてね。一日飯抜きの罰を食らってました」

「あはは!」


 面会テストの日も思ったが、こういうエピソードが好みらしい。

 天真爛漫な笑顔だこと。


「一つイアン殿に質問がある」

「何なりと」

「イアン殿は先日の顔合わせの際に、魔法についての話題を出したであろう? 何故だ?」


 大した理由じゃないんだが。

 何を話題にすればいいか探っていたということもある。


「姫はこの前、大きなブローチの魔道具を着けていらした。今日も髪飾りが魔道具ですよね?」

「イアン殿は一目で魔道具とわかるか」

「まあ」


 オレはアカデミーで魔法サークルに所属している。

 魔道具にはちょっと目敏い方だ。


「大変似合っていらしたのでね。宮廷魔道士に安全のため着けろと言われて着けたものじゃない。普段から魔法や魔道具に興味があって、特別に作らせたものと判断しました」

「なるほどな。わたくしが魔法や魔道具に興味があるというのは当たっておる。惜しむらくは一ヶ所だけ事実と違うが」

「ちなみに何が違ってましたかね?」

「自作の魔道具なのだ。作らせたものではない」

「えっ?」


 マジか。

 姫まだ一二歳なんだろう?


「ということは、今着けていらっしゃる髪飾りも?」

「無論設計からわたくしが製作した」

「見せてもらってよろしいですか?」

「うむ!」


 得意満面のところが可愛いな。

 ん? 侍女がアワアワしてるじゃないか。


「ああ、魔石は入れてないんですね」

「今日は必要ないからの」


 今日はってどういうことだ?

 あれ? ちょっと運が上がるラッキーアイテムみたいなものかと思ったら全然違う。

 この術式は装備者に危害が及ぼうとすると魔石の魔力を全部使って反撃するやつじゃないか。

 しかも……。

 

「……姫、これ殺傷力が強過ぎませんか?」

「わかるか。イアン殿はさすがだの。一回こっきりしか使えないがの。反撃の増幅倍率が結構なものであろう?」

「誤って発動させてしまった侍女の一人が大ケガを負ったんです!」

「あーわたくしがちゃんと回復魔法で治したから心配はいらないぞ」


 姫は回復魔法も使えるのか。

 いや、でもそういうことじゃないんじゃないかな。

 侍女が目配せしてくる。

 言い聞かせてくれって?


「姫、物理で反撃は危険です。例えば麻痺させるとか、考え方の方向を変えましょう」

「む? 状態異常を与えるのは難しいのだが」

「アカデミーに入学したら魔法サークルに入部してください。オレも部員なので、教えてあげます」

「おお、やはりイアン殿は魔法に詳しいのか!」


 魔法サークルの部員は皆結構な魔法オタク揃いだよ。

 おかげで令嬢方からはキモいやつら扱いされてるけど。

 泣くなオレ。


「魔法サークルには興味があったのだ。しかしアカデミーの魔法サークルはかなりのレベルだそうではないか。毎年ついていけずに、辞めてしまう新入部員が多いとか」

「よく御存じですね。部員は比較的個人主義的なところがあるので、新入部員の世話を焼くということはあまり」

「わたくしが入部して大丈夫だろうか? 足手まといは嫌がるであろう?」

「大丈夫です」

「しかし女子部員もいないのであろう?」

「絶対に大丈夫です。姫に親切にするのだ、さすれば部費の増額は間違いないぞと焚きつけますから」

「おお、イアン殿は知恵者だの!」


 ハハッ、まあ魔法サークルの部員は偏屈者が多いけどバカはいないから。

 宮廷魔道士への伝手になるかもしれない姫を大事にしないやつはいないよ。

 姫は小躍りしてるし、侍女は謝意を送ってくる。

 今日はこんなところだろ。


「では姫の入学を楽しみにしておりますよ」


          ◇


 イアン・トレイラーは、女子にこそキモいオタクと思われていたが、男子には顔が広かった。

 将来の王配ともなると近付こうとする人間も増える。

 イアンはそれらを笑って篩にかけられるだけの器量があった。


 一方コナミ王女の交友範囲はほとんどゼロに等しかったため、アカデミー通学は不安視されていた。

 が、何と言っても王女であるし、イアンがさりげなくフォローもガードもするので、楽しく過ごすことができた。


 魔法サークルの地位が上がった。

 変人の巣窟と思われていた魔法サークルであったものの、さすがに可愛らしいコナミ王女を邪険にしようと考える者はいなかった。

 コナミ王女はサークルの姫として君臨した。


 イアンはこれまでまるでモテなかったので知られていなかったが、女性に対して面倒見のいい男であった。

 二人きりの時、コナミ王女はイアンにベタベタに甘えた。

 イアンはコナミ王女を甘やかすだけでなく、魔法の師として接した。


 何で美少女の姫に甘えられてるんだ。

 ぽっちゃりのクセに。

 イアン爆発しろ、と考える者は多かったが、爆発しなかった。

 気の合う二人はとっても仲良しだったから。

 ネキアサラン王国の未来は明るい。

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