ようこそ不思議研究会へ!

小日向葵

第1話 七月・妖精の種

 伯父さんの雑貨屋で見つけたのは、妖精の種。


 「なにこれ?」


 私の問いに、伯父さんは困ったような笑顔を浮かべる。


 このお店は私の父の兄が経営している雑貨店で、伯父さんが若かりし頃に世界を回って見つけてきた色んなものが売られている。父に言わせれば、道楽者のがらくた商売なんだそうだ。


 「はて、そんなものいつ仕入れたかな?」

 「えええ、覚えてないの?」

 「たぶん南米で……違った、イギリスで……じゃない、ハワイだったかな?」


 透明な小袋に、謎の種がよっつ入っている。茶色で扁平で、涙の形をした長さ五ミリくらいの種。


 「いやいやんーとそれはえっと、確かイヌイットの族長から譲り受けたもので……そうだ、満月の晩に種を蒔くんだ。水も肥料も要らない、月の光だけで育つと聞いたな」

 「ふうん……値札が付いてないけど?」

 「時価ってこと」


 時価!回らない高いお寿司屋さんとかのあれか!


 「つまり、いつどこで仕入れたか判らないようなものだから、タダでいいってことね」

 「おいおい美代子」

 「今度クッキー焼いて持ってきてあげるから」

 「……仕方ないなぁ。チョコのも入れてよ」

 「えへへー、ありがとっ」


 月の半分くらいは日本国内をあちこち巡って、商売の品を仕入れる旅をしているというおじさんの店は、やっぱり月の半分以上は休業してる。こうやってお店が開いてることの方が珍しかったりする。


 昔から伯父さんに可愛がられていた私は、その立場を利用して店に入り浸り、こうやって変なものを見つけてはねだってせびって頂くのが当たり前になっていた。


 でも伯父さんの店の商品は、たいてい本当にろくでもない。



 恐竜の卵は、暖めたら亀が生まれた。亀は今、裏山の池ですくすく育っている。そりゃ亀も爬虫類だろうけどさ。


 不死鳥の羽根は、石の箱から出した途端に、みんなが見ている前で何も残さず燃え尽きた。突然発火したのよ?単なる危険物じゃないかって、その場面に立ち会った英美里えみりは怒っていた。


 一番素敵だったのは星の素で……暗くした部屋の中に振りまくと、天井がまるでプラネタリウムみたいに天の川と星の光で輝いた。ただこれは一時間も持たなくて、終わった後の掃除が大変だった。部屋じゅう煤だらけ。


 「あー美代子、僕明日からまた仕事で出かけるから。帰るのは、二週間くらい先になるかな」

 「はーい、じゃあクッキーはその頃ね?プレーンと抹茶とチョコ作るよ」

 「よろしく。美代子のクッキーは美味しいからね」


 小太りの伯父さんは、そう言ってチャーミングな笑顔を見せた。





 「どう思う?」


 私は小袋を学校に持って行って、仲間みんなに見せてみた。みんなと言っても、私を入れて三人しかいないけれど。


 「妖精の種?なんで妖精が種で生えるのよ」


 英美里はそうジト目でそう言った。ま、予想は出来てた反応だ。


 「満月の晩に植えてすぐ育つって本当かな」


 更科くんは、眼鏡の細い銀フレームを指で押し上げながら言う。ここだけの話、私は更科くんのことをちょっといいなと思っている。優しいし、背もちょっと高いし、落ち着いた雰囲気だし、私のドジも笑って許してくれる。英美里に言わせると、ただうすらでかいだけのぼーっとした奴、だそうなんだけど。


 「水はいらないって話だし、満月の晩にって言ってたから、すぐに育つんじゃないかな」

 「うーん、月の光が肥料っていうのは面白いね」


 どんなものを持ってきても、更科くんはいつもちゃんと見てくれる。伯父さんの帰りが待ち遠しいのは、そのせいもあったりするんだ。


 「来週の水曜が満月だから、その晩に植えてみようか」

 「えー、ほんとにやるの?その日観たいドラマが」

 「あら、無理に来なくてもいいのよ英美里」

 「あたし一応会長だし、行くわよ。若い男女を深夜に二人きりになんて出来ないしね」


 じろり、と私&更科くんを見る英美里。彼女が一応、この『不思議研究会』の四十七代目会長をしていたりする。私と更科くんは副会長。それ以外のメンバーは、いない。


 若い男女ですって?私と更科くんは思わず顔を見合わせて……赤くなってしまった。やだな、意識すると顔が赤くなっちゃうよ。


 「ま、今月の活動記録はそれで提出できそうね。来月は更科、あんたがネタを提供する番だから」

 「判ってますよ」


 あとは楽しい雑談タイム。不思議研究会の活動って、こんな感じで割といいかげんだったりするのです、あはは。





 青い月夜の下、私たち三人は近所の公園に集合した。あと二時間くらいで日付が変わる。小さな公園に照明はなくて、月明かりに小さな砂場と滑り台とブランコだけが、青白く照らされている。


 「植木鉢、持ってきたよ」

 「土はそのへんのでいいわよね?スコップは持って来たわ」

 「ありがと」


 植木鉢とスコップを受け取って、私は公園の隅の方から少し、土をもらって植木鉢に入れる。半分くらい入れたところで妖精の種を蒔いて、また少し土をかぶせる。


 「どこに置こうか」

 「滑り台の上がいいんじゃない?」


 英美里がそう言うので、私は植木鉢を持って滑り台の階段を登った。子供向けの遊具って、なんかこんなに小さかったっけ?てっぺんに植木鉢を置いて、あとは滑るところを駆け下りる。


 「じゃ、ちょっと見ていようか」


 私は英美里はブランコに座って、更科くんは半分埋まったタイヤに腰掛けて、じっと植木鉢を眺める。静かに、静かに時が流れていく。満月の光が公園に降り注ぐ。しん、と耳が痛くなるような沈黙。


 こういう時の、英美里の集中力はすごい。じっと黙って一点を見つめて、身じろぎ一つしない。普段はなんだかんだと文句が多いけど、流石だなぁと思う。更科くんもじっと黙って滑り台の上の植木鉢を見つめていると思う。彼の眼鏡のレンズに月の光が反射していて。細かいところまで判らない。


 「来た」


 英美里が呟いた。植木鉢からひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。蒔いた種の数の光がゆっくりと浮き上がって行く。一メートルほど浮いた光は、光同士距離を取ってから、その輝きを強める。野球のボールくらいになった光は尾を曳いて、ゆっくりと公園の中を飛び回り始めた。


 すごい。あの光そのものが妖精なんだろうか?それとも光の中に妖精がいるんだろうか?英美里を見ると、彼女はスマホを出して撮影している。更科くんもだ。あっ、私も撮ろう!


 私も慌ててスマホを取り出して、動画撮影モードにして録画ボタンを押す。露出がどうとかエラーがいっぱい出てるけど、よく判らないのでとりあえず全部OKを押しちゃえ。



 それから大体十分くらい、光のショーは続いた。音も何もなかったけれど、私には何か素敵な音楽や、居るはずもない観衆の拍手なんかが聞こえたような気もした。




 最後に光は四つ重なって、天高く満月に昇って行った。




 「すごかったわね」

 「ね!本物だったでしょ」

 「ま、たまにはこういうこともないと困るし」


 英美里の口調もいつもの通りに戻った。更科くんは植木鉢の中に残った土を公園の隅に戻して微笑む。


 「いいもの見られたね」

 「綺麗だったねー」


 蛍でも、花火でもない光のショー。たった三人だけで独占した、素敵な蒼い夜の一幕。夜に見る更科くんもまたりりしくていいな、なんて今さら思ったりもして。伯父さんも毎回、こういうものをくれたらいいのに。




 ちなみに、撮影した動画には何も映っていませんでした。私のは単にエラーで録画できてなかっただけなんくだけど、事前に色々準備していた二人のスマホにも、あの光の乱舞は映っていなかった。


 「あんたはただのドジで映らなかっただけでしょ。あたしなんてちゃんと夜間撮影の設定とか色々準備してたのに全然映ってないんだから!きー悔しい!」

 「まあまあ、あの光はそもそもカメラには映らなかったのかも知れないよ」

 「そうだよね更科くん、きっとそういう不思議な種類の光なんだよね」

 「ちぇ、動画投稿で賞金取れりゃ、会の予算の足しになると思ったのにな……」

 「あはは……」


 でもまあいいのかな。きっとあれは、直に見ないと色々物足りないようにも思うかも知れないから。

 夜の少しひんやりした空気、満月の光、そして音のない世界。どれが欠けても、きっとあの感動には届かないんじゃないかな。



 今度伯父さんが帰ってきたら、クッキーを手土産にまた妙なものを探しに行こう。そう、固く……はないけど、適度に心へ誓う私でした。




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