Gravity

天錺パルナ

♤♡♧♢


 講義室の隅っこ、猫背、謎めいた横顔、毎日同じパーカーの色違い。


 学生時代の君を思いだそうとする時、真っ先にそのイメージがよみがえる。もう五年前の話――


 誰かと交流を図ってる場面はほとんど見なかったし、学食やカフェテリアを利用することもなかった(だって君はいつも一人、がら空きの開放教室でお昼ごはんを食べていたから)。


 あー……いや、嘘。カフェテリアは一度だけ入ったことがあったね。



 とりあえず、入学当初のあたしら、同じ講義を受けているだけの“ほとんど他人”だった。


 キャンパス内ですれ違っても挨拶すら交わさなかったし、あたしに至っては君の名前もちゃんと知らなかったし。


 ホントごめんね。でも、それはちょっと仕方ないじゃん? あたしは見た目が明るいから割と賑やかなグループにいたし(ギャルって自覚はないけど、親しくなった女友達に「実は最初、怖くて話しかけにくかった」って打ち明けられること、たまにある)、君はひとりぼっちで「話しかけんなオーラ」すごかったし。


 きっと君は「そんなつもりなかったよ」って言うんだろうけど。心底不思議そうな顔で、小首を傾げて。


 いつも本ばっかり読んでたでしょ? 講義以外の休憩時間だろうと、どこだろうとお構いなく。……あははっ。ご存知のとおり、あたしは活字に一行目を通すだけで眠気に襲われる体質だからさ。ぶっちゃけ君のこと、“住む世界の違う変わり者”みたいに思ってた。


 みんなは君を、絶滅危惧種の動物でも見るような視線を向けていて。陰キャな“ガリ勉オタク”とかって呼んでる人もいて、なんかちょっと嫌だった。あまりにも失礼すぎるし、「どこが?」って、ずっと思ってた。


 だって、時々誰かに話しかけられる君、いつも相手の目を見て、誠実に寄り添って、優しく相槌を打って。とっても素敵な振る舞いだなって思ってた。


 それのどこが陰気なんだろう。そう感じるのってあたしだけ? みんなの目には、彼がどんなふうに映っていたんだろう……?



 そういえば、通学中に読書しているところも見かけたっけな。何回も道に迷ったことがあるの、知ってるよ。あははっ、もう才能だよね。最寄り駅から大学まで、歩いて十分もかからないのに。どうやったら迷えるの?


 あのね。一度だけ、あたしも見かけたことがあるんだ。君が正門の前を素通りして行っちゃうところ。けどさ……あの頃のあたしら、まだ全然面識がなくて。何て声をかけようか迷っていたら、他の子が君を呼びとめてくれて。


 その時の君の慌てふためきようったら、申し訳ないけど可愛すぎたかな。何度も頭を下げて、はにかみながら笑う君の表情カオ、今でも忘れてないよ。


 なぜか忘れられないんだよ。その感謝が、あたしに向けてもらえていたのかもって。君に伸ばしかけた手の切なさが、行き場のないもどかしさが、ふるえなかった一握りの勇気が、声になれなかった想いのことばが、もし全部、報われたバージョンの世界だったらよかったのになって。


 ふふ。……どうしても言葉にすると大袈裟になっちゃうな。めっちゃ後悔してしんどいってわけじゃないのに――あたしの胸の端っこ、傷まないヤケドの痕みたいに残りつづけてる。

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