不思議

第1話

「ねえ萩原、なにしてるの?」

長くも短くもないきれいな髪が視界を邪魔する。


「近えよ」

「何照れちゃってんの?」

「うるせえ、別になんもしてねえよ」

あと何回このやり取りをすればこの女は満足するのだろうか。

「ふーん。じゃあ、今日はゲームセンターだね」

「今日もじゃねえか」

不思議なやり取りだ。

教室のみんなにも不思議な光景に映っているだろう。

俺が3か月間不登校している間にやってきた転校生、月野雪(つきのゆき)

容姿端麗で明るく活発な人間で、まあ3ヶ月もあればみんな彼女を好きになる。

男も女も彼女の気持ちのいいくらい素直な性格に心を惹かれ、すぐに学校中の人気者になったみたいだ。

「何ぼーっとしてんの?」

「ん?あー、月野ってなんで俺に絡んでくるんだろうって不思議に思ってさ」

「ひっどい!私が無理矢理絡んでるみたいに言わないでくれます?こんな美少女と仲良くできて内心喜んでるくせに!!」

「あー、そだな」

「なんだよ、ノリ悪いなぁ」

「今日はなんだか穏やかな気分なんだよ」

「はいはい、わかりましたよ。とりあえず終わったらゲームセンターね。」

「了解」

やっぱり不思議だ。


「お前、月野とばっかり遊んでないでたまには俺とも遊べよな。」

「友樹だって三木さんといつも一緒だろ。」

「お?なんだもう月野の彼氏気取りか?」

「うるせえそんなんじゃねえよ。」

幼馴染の友樹は先輩の三木春奈と付き合ってる。

「とりあえずだ、今日は俺も行くからな!」

「三木さんはどうすんだよ?」

「春奈さんは当然の如く付いてくるのだ」

「どんなメンバーだよ」

「うるせえ月野にも聞いとけよ一応」

「わかったよ」


まったく。男女4人でゲームセンターなんて、まるでダブルデートじゃないか。しかも月野と。

「なんで俺が月野と、、」

「ん?私がどうかした?」

「えっ!あぁ、なんでもない。

 そういえば今日植村がついてきたいんだって」

「えぇ〜まあいいけどぉ」

「なんだよ嫌なのか?」

「んー、別にいいよ」

「おっけー」

「やっぱり三木さんも来るのかな?」

「来るって言ってたよ」

「やっぱりかああああ」

「嫌いだったっけ?」

「そう言うわけじゃないんだけど、少し苦手って いうか」

「まぁ、仲良くしろってわけじゃないからさ」

「なんだよ彼氏ヅラしやがって、早いんじゃない の!?」

「してねぇよ!行かないでいいんなら行かねー  よ!」

「いつも萩原が1番楽しんでるくせに!もういいか ら、とにかく今日こそウサギのぬいぐるみとる からね!」

「わかったよ」

「じゃああとでね!」

やっぱり不思議だ。


「なんだよこれとれねー!!1回10円とはいえ取れる気がしねー!」

月野と良く来るゲームセンター【森の遊び場】

名前のとおり森に囲まれた客の少ない店だ。

「しかしよくこんなとこ見つけたな、人もほとんどいねえし」

「いつもこんな感じだよ」

「月野はこんなデートでいつも大丈夫なのか?」

「デートじゃねぇよ」

「私だったら毎日はやだなあ、たまになら楽しいけど」

「春奈さんはカフェとかが好きだもんね!」

なんで来たんだろう。

「そういや月野は?」

「ああ、ここ月野の親戚の店らしいんだよ」

「えっ、そうなの?」

「奥にいるおばちゃんと話してると思うよ、いつもこんな感じだし」

「まじで?お前1人でクレーンゲームやってんの?」

「月野からこのウサギ取るように言われてんだよ」

「デートでも何でもないな、」

「だからそう言ってる」

「何が楽しいんだよそれ」

「なにがって、、」

誰にも言えないけど、俺は月野の事が気になっている。好きかどうかという感情ではなく気になってるだけだ。月野といると、話してると、なぜかあの不思議な感じになる。それがどうしてか心地良いのだ。

「何でもねえよ」


「ごめんごめんみんな!萩原取れた?」

「取れた?じゃねえよ取れねえよこれ」

「アーム弱すぎるもんなあ」

「また取れないかあ、いつになったらとってくれ るの?」

「自分で取れよ」

「だめ、萩原がとったやつが欲しいの」

「なんだよそれ」

変な奴だ。こんな事言うからバカが反応する。

「えっ、それってつまりそう言う事か萩原ぁ!」

ほらな。

「ちげえよからかってるだけだこいつは」

絶対そうに違いない。

「てか月野、おばちゃんと何話してたの?」

「ないしょー!萩原がいない時に話すね!」

「なんでだよ今話せよ。」

「ウサギ取れたら教えてあげる!」

意味がわからない。

「意味わかんねえよ。」

思った事がそのまま出てしまった。

「まあまあ、あ、今日は何回やったの?」

「20回くらいかな」

「200円分か、おばちゃんが使った額の半額分駄菓 子コーナーから取ってけってさ!残念賞だって!よかったね萩原!」

「よくねえって、品揃え悪りぃじゃん」

「まじかよ!俺も100円分使ったんだけど、もらっ ていいんかな!?」

「クレーンゲームやった人はみんなだよ!三木さ んは?」

「私はこーゆうのやらない。」

「そ、そっか。」

「春奈さん、これからどこ行こっか!」

いつもどこか余裕のある友樹が焦ってる姿は珍しくて面白い。

「駅前のカフェいこ。喉乾いたし」

「わかった!お前らもどうだ?」

「んー、俺はいいかな。月野はどうする?」

「私も帰ろっかなー」

「じゃあ解散で。また明日」

「連れねーなあ。行こっか、春奈さん!」

「うん」


「三木さん何あの言い方!冷たくない!?」

そうだねと賛同してやりたいところだが、正直俺が同じ状況ならわからない。言い方は良くないと思うけど。

「まあ、しょうがないよな」

「なんで!?もう、委員会でもあんな感じなんだよ!?もっと暖かみを持って人に接してほしいよね!」

「そうか委員会では一緒なのか。大変そうだな」

「大変なんてもんじゃないよ!すぐ否定ばっかりで困ってるの!」

実は月野がこうやって帰り道に愚痴を漏らすのは珍しいことじゃない。

愚痴や不満ばかりってわけでもないけど、とにかく珍しくはない。

ただ、学校で見せないこの一面が、実は心地よかったりもする。

「その割に向こうは月野によく絡んでくるよな」

「んー、どうしてなんだろ。話すといっても業務的なことだけだし、趣味とかもまったく合わないのに」

確かに月野には不思議と人を引き付ける何かがあると思う。

「月野が仲良くなろうと思えば三木さんも嬉しいんじゃないか?」

「無理!合わないよ絶対」

俺もそんな気はするが、それでもそんなそぶりを一切見せないのが月野のすごいところだ。

「とにかく!明日も付き合ってもらうからね!今日私に窮屈な思いをさせた罰!」

俺は毎日窮屈なわけだけど。そんなこといったら怒るだろうな。

「俺は毎日窮屈なわけだけど。」

「は!?こんなかわいい子と一緒に入れて楽しくないってこと!?最低!」

まずい。つい口に出てしまった。

「冗談だって。それにいやなら毎日付き合わないって」

「素直でよろしい。ごめんなさいまで言えてたなら、ご褒美あげてたのになあ」

「ご褒美ってなに?クレーンゲームからの解放?」

「んーん。ご褒美のキッス」

「は?」

「なんちゃって!本気にした?ねえ期待した!?かわいいとこあんじゃん!」

「お前をどう懲らしめてやろうか考えているから話しかけるな」

「照れないでいいんだよ?」

「うるせえよ。じゃあ俺ここだから、また明日な」

「うん!明日ね!」


家についてベットに包まれながらあの瞬間の映像が頭を何周も回っている。

まるで心を見透かされたような笑い、頭は真っ白なのに鼓動が早くなって頭と体が離れてしまったような感覚。

彼女に心を奪われたことを認めないようにするので精一杯だった。

あの心地の良い不思議な時間、それが終わらないように。

あのウサギが取られてしまわないように祈っていることを、その気持ちを否定することで自らの想いを認識してしまった。

「どうしよ、これ」

この不思議な関係が始まって1ヶ月が経っただろうか。

ただ恥ずかしくなるくらいに月野雪という人間に魅了されていく日々だ。

なぜなんだろう、あの帰り道、あの不思議な時間に引き込まれてしまう。


ただ意味も分からずに困惑したままの気持ちを抱えながら、時間だけが過ぎた。

「ねえ萩原、今日はどうする?」

いったい何回目だろうか。

「いくよ」

「おお、今日は素直だね。いい加減観念したかな?」

「無駄な問答をやめただけだよ」

「そんなめんどくさそうに、いやなら明日でもいいんだよ?」

「明日は結局行くんじゃねえかよ。なら今日でも同じだろ」

「あったり!じゃあ終わったら待ち合わせね!」

「了解」

「お前、ウサギは取れそうか?」

「なんだよ友樹」

「どうなんだよ?」

「あのクレーン、わたあめも取れないって多分」

「やっぱりな」

「なんだよ」

「迷える子羊に、助言を与えてやろうと思ってな」

「なんだよ」

「おまえなあ」

「いいよどうせまた動画で見たインチキ情報だろ」

「ふふん、今回は違うんだぞ、いとこのプロクレーンゲーマーからの情報だ」

「なんだよプロクレーンゲーマーって」

「そのままだよ。その情報ってのがな、こうやって」ーーーーーー


ーーーーガタン

ほんとに取れてしまった。

どうしよう。隠すか?終わるのか?

どうすればいいのか。

「まじか」

とりあえず取り出すか。

「なんだ?」

突然目も開けていられないくらい強い風が吹いた。

「萩原!?もしかして」

「お、おう。やっととれた」

「やった、やっとだ」

「まあ俺にかかればこんなもんよ」

「ありがとう、萩原」

「なんだよ改まって、別にいいよぬいぐるみくらい」

「違うの、ほんとにうれしいの」

「そっか、大事にしろよ」

月野が消えてしまいそうなくらい儚く見えるのは、月野の持つ不思議な魅力のせいだろうか。

それとも、月野との不思議な時間の終わりを感じて焦りを隠せないこの気持ちのせいだろうか。

「うん、絶対大事にするね」

このぬいぐるみが月野にとってどれほどのものなのか、思い入れのある物なのか。

そんなことどうでもよくなるほどにただ受け入れたくなかった。

次の繋がりを探せ探せと脳だけが回転しているのがわかる。

頭だけが熱くなって、体からは熱が逃げていく。

「月野、カフェいかね?」

溶けそうな頭でやっとひねり出せたのが、友樹たちの会話に出てきたカフェだった。

「カフェ?なんで?」

そりゃそうだ。俺たちはそういう関係ではない。

「ほら、今日は暑いし、こないだご褒美くれるっていっただろ?」

我ながら見苦しい言い訳しか出てこない。

「んー、そうだね」

「ずっと付き合ってもらってばっかりだし、たまには私が付き合ってあげる!」

意外にも食いついてきた。

が、生憎俺の頭はこの時間を一秒でも伸ばす方法を探すのに精一杯だ。

「そうそう、パフェでいいからさ」

「私がおごるのかよ!」

「当たり前だろ?」

「こんなかわいい子とカフェデートするだけでも罪なのに、奢らせる気?」

「だからご褒美だって」

「ご褒美は後日私が決めるから、今日は萩原持ちって事で!」

「おい最悪だな」

後日という言葉を聞いて胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。

冷静になってから、月野とカフェに行く事実に今度は心拍数が上がり始めた。

「で、どこのカフェなの?」

まずい。考えてなかった。カフェの場所なんて知らない。

「とにかく歩くか。」

頭が回らない中とりあえずいつもの帰り道を歩きながら考える。

大丈夫。帰り道をそのまま抜ければ商店街に出る。カフェの一つや二つはあるだろう。

「てかさ、どうやって取ったのこれ?」

「ん?友樹がプロクレーンゲーマーの知り合いがいるって教えてくれたんだよ」

「プロクレーンゲーマーってなんだよ」

「知らねえよ」

「合計いくらくらいつかったかなあ」

「わからんぞ、パフェの一つや二つじゃ足りないかもな」

「だから、ご褒美はパフェじゃないですー!」

不思議な時間を噛み締めながらいつもの道を歩く。

俺の家が見えてきたのでそろそろカフェを見つけなければいけないのだが、頭が回らない。

「え?萩原?」

「あれ?」

突然視界が歪んだ。


「んー」

「あ、起きた」

「月野なにしてんの?」

「あんたが熱中症で倒れたから看病してたの!」

「倒れたのか、なんか暑かったもんな」

「ごめんね、この暑さの中私がクレーンゲームずっとさせちゃったから」

「熱中症なんていつなるかわからないし、月野のせいじゃないよ」

俺の部屋に月野がいるからなのか少し頭がぼーっとする。

「ありがとね、萩原」

「おう、パフェ今度おごれよ」

「やだ、パフェは萩原の役目!」

「じゃあ今度リベンジだな」

「うん、私からのご褒美はこれ」

長くも短くもない綺麗な髪が視界を覆った。

「え」

「じゃあ、よくなったみたいだし私行くね!」

「いや待てよ」

「待ちません!今日はありがとう!じゃあね!」

「早く良くなれよ!」

嵐が去ったと言いたいけれど、頭の中では暴風雨が続いている。

顔が熱いし頭も熱い。

頭の中ですら言語化できない感情でパンクしてしまいそうだ。

「今日はもう寝るか」

考えるのをやめて寝るのが今は最善だ。

きっと熱中症が治ればこの嵐は落ち着くだろう。

とにかく今は思考を止めて休みたい気分だ。

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