第18話 恋は一朝一夕にして成らず
俺が初めて、山敷 藍という人と出会ったのは。
まだ彼女が高校生で、彼女の叔父である社長に弁当や忘れ物を届けにきたりしていた時だったと思う。
制服姿で事務所に現れては、弾けるような明るさで笑っているのに、甲斐甲斐しく社長に弁当を作ってマメに届けたりして、妙に所帯じみたところがあるところもなんだか眩しいと感じていた。
そんな彼女が――。
大学生になり、インターンとして事務所に入り、自分の所属するグループの担当マネージャーとなることとなり。
こんなに可愛い子が、この業界で頑張っていけるのだろうか――と不安になった翌日。
どこのお局だ、というくらい地味で堅苦しい格好にイメージチェンジしてきた時には、正直度肝を抜かれた。
「藍……? その格好……」
「え? だって男性アイドルグループのマネージャーでしょ?」
ファンのことを考えると、これでもまだ大丈夫かなって思うんだけど、と。
驚愕する社長にケロリと答えるプロ根性に、感嘆したのを覚えている。
しかし、真に感嘆すべきだったのは、それからだった。
まだ20歳そこそこの彼女は、ベテランのマネージャーも舌を巻くほどのしたたかさで営業をしまくり、しかしそれでいて相手に不快な思いをさせないという稀有な能力を持っていた。
コミュニケーション能力にも長けていて、担当のタレントと一緒に現場入りしては、いつのまにか制作スタッフやプロデューサー、ディレクターと仲良くなり、気に入られている。
仕事に対するモチベーションが高く、メールや電話のレスポンスも早く、横のつながりも持っている。
そんな彼女が、周りから評価されないわけがなく。
「おたくのマネージャーさん、敏腕だよね」と言われることもしょっちゅうだった。
――そんな、一見するとスーパーウーマンのように見える彼女だが。
「はぁ!? なんで主演がこいつなん!? どう考えてもウチの
クソが! と、オーディション結果を見て叫び散らしながら、深夜の薄暗い事務所でエナジードリンクを飲み散らす姿や。
「う……、ううっ……。よかったぁ出演決まって……。神様仏様ユナイト様……」
ありがとうございます……! と、泣きながらひとりコーヒーで乾杯する姿。
「ううっ……、うええっ……」
時には、理不尽な叱責や忙しさゆえの凡ミスが続いて、事務所でひとり、こっそり涙を流している姿も目の当たりにしてきて。
気づいたら、彼女の姿を目で追うようになっている自分がいた。
■■
「なあなあ、ヤマっちってどういう男がタイプなん?」
それは確か、何かの歌番組でメンバー全員が同じ控室にどかっと入れられて、全員揃って大所帯で待機していた時のことだったと思う。
「え〜……? タイプ……?」
「え、じゃあさ、ユナのメンバーの中だったら誰?」
「礼央……、お前ほんとそういう小学生みたいな話好きな」
話を振ってきた礼央に、メンバーの悠真が呆れたように苦笑しながらツッコミを入れる。
「いいじゃん別にー。ね、ね、誰々?」
くだらないと思いつつも、その回答に俺は、じっと耳をそば立てる。
「え、ないよないない。だって私、ずっとみんなのこと商品だって目線でしか見てきてないわ」
「つまんなーい! はいヤマっちつまんないですー!」
「いや私君たちを面白がらせるためにここにいるわけじゃないからね」
礼央の非難にピシャリとツッコミを返しているヤマのやりとりを聞きながら、ほっとした自分と、どこか残念に思っている自分がいて。
■■
また別の日にも。
「ここ、縁結びも有名なんだって」
「へー」
地方のコンサートに行った時、ご利益のある神社にみんなでお参りに行こうとなった時のことだ。
みんなで神前に立ち参拝した後、ヤマが絵馬を二枚も買ってやる気満々で願い事を書こうとしていたので、ふと気になって覗き込むと。
「何書いたんだ?」
「あっ」
――大きい仕事を取って取って取れまくりますように!
――ユナイト! のみんなが、最高のパフォーマンスができますように!
「……仕事のことしか書いてねえじゃねえか」
笑いを堪えきれずにヤマにツッコみ、しかもなんで二枚に分けてんだよ、と指摘すると「こっちは私ので、こっちはみんなの分のお願いですから」と拗ねたような顔で主張された。
しかもそれを、意気揚々と絵馬掛所にかけている姿を見て、ただただ可愛いとしか思えなくて。
――ヤマがいると、自分でもテンションが上がるのがわかるし、ちょっとしたことでも会話できるだけで胸がときめいた。
彼女の努力に応えられる自分でいたいと思った。
どう見ても、それくらい彼女の頑張りや熱意は他の誰よりも抜きん出ていた。
そして、今だからこそ思う。
――『ユナイト!』は、山敷 藍というマネージャーがいなければ、きっとここまで来れなかったのだと。
――――――――――――――――――
すみません!
体調不良で昨日は更新をできませんでした……!
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