第16話 知らぬは本人ばかりなり

「しっかしヤマっち、見違えたなあ! 一瞬誰だかわかんなかったわ」


 

『ユナイト!』の中でも陽キャで賑やかしメンバーである礼央は、そう言って私の姿を見てケラケラと笑う。



「……ヤマさんはずっと控えめにしてたけど、実は美人だってみんな知ってたでしょ」



 クールなのに癒し系という稀有な属性の朔くんが、ケラケラと笑うレオに向かって静かにツッコミを入れる。

 この二人、属性が真逆そうに見えて実は結構仲が良いのだ。

 まあそもそも、『ユナイト!』自体メンバー全員仲が良いのだけど。

 陽キャでカラッとボケをかます礼央に対して朔くんがツッコミを入れる、という図式はお茶の間の受けも良く、セットでバラエティに出ることも結構多い二人組なのだった。



「それにしてもさあ。なんでマネージャー辞めちゃったんだよヤマっち。ヤマっちがいなくて俺らほんと困ってんだけど」

「そうだよ、僕らヤマさんがいなくなって大変なんだから」



 ふたりから口を揃えてそう言われたので、思わず「……何がそんなに大変なの」と尋ねた。



「新しく入ってきたマネージャーは全然仕事できなくて、森本さん(※チーフマネ)に怒られたら入って数日で飛ぶしさあ」

「現場入りがひとりとか、最近普通だからね。スケジュールとかもめちゃくちゃだよ」



 仕事のメールもちゃんと捌けてるのか心配だし、と朔くんが言う。



「え、で? 今日社長と話したのって、復帰の話じゃないの?」

「う……、違うよ。ごめんけど」



 まじか……!

 そんな大変なことになっているとは知らず、ふたりから聞かされた話で罪悪感がいや増す。

 柊生さんも叔父さんもそんなことひとっことも言わなかったけど。

 私のことを思って言わないでいてくれたんだろうな、と思うと、ますます申し訳なさが募った。



「で、結局、ヤマさんは今何してるの?」

「ベンチャー企業に就職して営業してる」

「俺らを捨ててえ?」



 ぶー、と文句を垂れながら言葉を返してくる礼央に、朔くんが「礼央」と窘める。



「……しゅうくんには会ってるの?」



 遠慮がちにそう尋ねられ。

 突然、柊生さんの名前が出たことにぎくりとする。

 多分、面には出てなかった、と、思う。



 だけど、勘のいい朔くんには、このわずかな間だけでバレてしまったかもな、とも思い。



「柊生さん? なんで――」

「ヤマさんが辞めたのって、柊くんに関係があるのかなって思って」



 とりあえずそらっとぼけようとする私に、朔くんの追求は鋭くて。



「柊生さんは関係ないよ。私が、私の事情で辞めただけ」



 これは本当のことだ。

 結果、柊生さんの介入によって辞めた後の目的は果たせなくなってはいるが、辞めたきっかけは柊生さんではない。



「なんだ。てっきり、柊くんに告白でもされたのかと思った」



 ぶふぉっ。



 朔くんの発言を聞いた礼央が、朔くんの隣で飲み物を噴き出す。



「礼央、汚い」

「いや、あのな……」

「なんだよ。礼央だってそう思ってただろ」

「……」



 朔くんにそう問われて、「あー……」と鈍い返事を返す礼央。



 え?

 ……まじ?



「え、ごめん。どういうことか私がついていけてない」

「つまり。柊くんの気持ちに気づいてなかったのは、ヤマさんくらいだって話だよ」

「………………えー………………」



 朔くんの発言に、思わず礼央の顔を見るが、目があった瞬間さっと気まずそうにそらされた。



 ………………。

 えー!



「え、なんで?」

「逆にこっちが聞きたいよ。なんであれでヤマさんが気づかなかったのか」



 えっ、そうは言われましても……。

 確かに、柊生さんいつも紳士でやさしーなーとは思ってはいたけど。



「まあ、そんなヤマさんだから好きになったのかもしれないけどさ」



 でもじゃあ、ヤマさんが辞めたのは、柊くんといるのが気まずくなったからとかじゃないんだ、と朔くんに聞かれる。



「あ、うん。辞めた理由はべつにそこじゃないけど」

「結局柊くんとはどうなったの? 告白されたんでしょ?」

「…………」



 朔くんの問いにうんともすんとも答えられなくて黙ることしかできなかったが、しかし最早それだけでバレてしまうわけで……。

 うう……、顔が熱い……!



「……付き合ってるの?」

「……友達としてね」



 間違ったことは言っていない。

 友達以上の気持ちを抱いていたとしても、現状はあくまでも【お友達のお付き合い】なのだから。



「好きじゃないの? 柊くんのこと」

「……好きだよ。人として」



 尊敬してるし、と。

 嘘じゃないけど、嘘だった。

 ただ、誤魔化しただけの言葉。



 私の言葉に、朔くんは疑わしげに半眼で私を見つめ、「……まあいいけど」とそこで追求の手を止めてくれた。



「僕らとしては正直、切実にヤマさんに戻ってきて欲しいと思ってるけど。でもそれは別にしても、柊くんのこと、支えてあげてよ」



 多分いま、僕らの中で一番大変なの、柊くんだから、と。



 私はそれに「わかった」と短く答え。



 後はまた、元の空気に戻してくれて、礼央の最近の現場での面白話なんかを聞かせてもらって、食事を終えてからふたりと別れた。

 そうしてまた、今日も柊生さんの家に帰るのだと思うと、気持ちがぐちゃぐちゃになってわけがわからなくなりそうだった。




 ◇




「お前……! 相当突っ込んだな! 隣で聞いててひやっひやしたわ!」

「礼央だって言ってたじゃん。ヤマっち帰ってきてくれないかなって」

「そりゃ言ったけどさあ……!」



 藍と別れて。

 家まで帰るタクシーの中で、礼央が朔にぎゃあぎゃあと文句を垂れる。



「柊ちゃんのことまで突っ込み出すとは思わんかったわ!」



 人の恋路やんか! と言う礼央に、言われた朔の方は涼しげで。



「いい加減、あそこも決着つけた方がいいんだよ。結末なんてもうとっくにわかってるんだから」



 結局、僕らも振り回される側に回ってるでしょ、と言う朔の言葉に。



「そうだけどさあ……!」と文句を言いつつも、気持ちとしては同意せざるを得ない礼央なのではあったが。


 

 それはまた別の話。

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