みぎてだけ

遠部右喬

第1話―枕―

 皆さん、どうも。そんでもって、一見いちげんのお客様、初めまして。「てやんでい 今竹松こんちくしょう」でございます。まだまだ初心うぶな噺家でございます、皆さん、どうぞご贔屓にして下さいまし。


 未だひよっこではございますが、実はここん処、何かとお声がけいただく機会が増えまして。本当にありがたいことに、毎日まいんち忙しくさせて頂いてます。

 そのせいでしょうか、よく、歳取ると一年なんてあっという間だ、なんて言いますが、近頃は一日一日いちんちいちんちはやけに短いのに、時の流れ自体はえらくゆっくりに思えましてね。こうして高座で自分の拵えた噺を披露させていただけるようになってから、随分と時間が経ったような気がしてましたが、実際は季節が一巡りもしてないってんだから驚きです。

 もしかして、これが「相対性理論」ってやつなんでしょうか。いつの間にかあたしの周りだけ重力が増してて、皆さんの時間軸から置いてけぼりになってんだったらどうしましょ。このまんまじゃ、「よっ、名人芸!」なーんてお声掛け頂くまでに、何千年かかることやら……。


 そんなもんですから、日々の雑事がどうにも億劫だったらありません。買い物やら炊事なんて、あたしも未だに師匠ん家に世話になってる身じゃなきゃ、出来りゃあやりたくない。

 特に嫌なのが掃除です。折角エアコンでいい塩梅になった空気が、窓の開け閉めであっという間に冷えたり温まっちまったりしますからね。しかも、ウチの師匠ったら五月蠅いんですよ。


「おめえは掃除一つ真面に出来ねえのか。どうしていっつも、四角い所を丸く掃くようなやり方すんだヨ」


 つってね。つい、掃除なんてしなくたって死にゃしませんよ、ってぼやきましたら、鬼瓦みたいな顔で睨まれまして。


「もう一遍言ってみろ。その減らず口、俺の黄金の右手で捩じ切ってやろうか」


 なーんて言いながら、右手をゴキゴキ鳴らして凄むんです。

 あのジジ……敬愛する我が師匠は、某有名ジムに日参してるお陰か、還暦越えた今でも握力50㎏以上あるらしいですから、おっかないったらありません。っとい腕に、グローブみたいにでかくて肉厚の手。あんなんで顎でも掴まれた日にゃ、あたしのこのウルトラセクシーイケメンフェイスが台無しです……え? 誰がオニオコゼですって?


 まあ、その時は速攻「すいませんでした」と頭を下げて掃除をやり直したんですけど、その間も後ろで師匠がずっと見張ってるんですよ、右手をゴリゴリ言わせながら。


 ああせめて、こんなオーガみたいなおっさんじゃなく、嫋やかな美女が相手だったら……掃除中はそんな妄想で、面倒臭さとおっさんの暑苦しさを乗り切りました。

 色っぽい声で叱られて、すんなりとした白い綺麗な指で頬っぺたなんか抓まれたりしたら、折檻されるのも悪くないのに。いや寧ろ、して欲しい……くー、堪りません。なんなら、わざと叱られるような事をしちまいそうです。

 あたしは、どうにも手の綺麗なお嬢さんに弱いんです。こういうのを「手フェチ」って言うんですかね。

 人にいうのがちょいと憚られるような、ニッチでキッチュな拘り……皆さんにも、何かしらそういうツボがおありじゃございませんか?


 本日は、そんな噺をひとつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る