第85話 YouTuberデビュー
鈴のアイディアを聞いてから3日後、朝、高校に登校して教室に入ると、師匠が鬼の形相で待ち構えていた。車椅子に座っているのに、猛獣に睨まれたかのような迫力だ。
「え?」
師匠の後ろには、鈴とゆあちゃん、桜先生が正座させられている。栞先輩だけが、気まずそうに椅子に座っていた。
「あの……」
「咲守……」
「はい!」
ただならぬ雰囲気に姿勢を正して大きな声で答える。
「てめぇ……あの動画はどういうことだ?」
「あの動画?あ!あれですか!池袋駅ダンジョン攻略のときの!いやー!あのときの師匠めちゃくちゃカッコよかったっすよね!まさか桜先生の操作してたロボに映像記録があるとは!見返してオレ鳥肌立ちましたよ!」
「てめぇ……なに笑ってやがる……」
師匠はワナワナと震えている。握りしめている木刀の柄がバキリと音を立てて握りつぶされる。
「えっと?……あ!そうだ師匠!知ってますか!あの動画!YouTubeで100万再生超えたんですよ!たった1日で!すごくないっすか!」
「誰が許可した!このクソガキども!」
師匠が木刀を投げつけてくる。目にも止まらぬ速さでオレの頬をかすめ、壁に突き刺さった。頬に血が流れる。それと同時に冷や汗も。この人は、なんでこんなに怒っているのだろうか……
「あ、あ、あの……師匠?」
「申開きはねぇんだな?」
「いや、えっと……」
「俺は、朝から街ゆく人に話しかけられたよ。〈あんた!見かけによらず生徒思いだったのねぇ!カッコよかったわよ!〉だとか〈自分を犠牲にしてまで!あんた男だよ!憧れるわ!マジで!〉とか〈あ、あのサインしてください!師匠!〉とかよぉ……顔もしらねぇガキにサインまで求められる始末だ……」
「あっ……」
そこで、やっと察することができた。この人はルーティーンを崩されることをなによりも嫌うということ、そして、変に目立つことやチャラチャラしたことも大嫌いだということに。
いやいや。それは知ってたよ?え?桜先生、鈴、あなたたち、師匠に許可とってなかったんすか?
チラリと2人を見るが目を逸らされた。
おいおい……
「咲守、戦いの最中に目を逸らすとは随分余裕だなぁ?」
「え?」
すごく近くで声が聞こえた。目の前に師匠が立っていたのだ。
「師匠!立って!?ぐぇ!?」
首を掴まれ、持ち上げられる。なんか、こんなこと、《クラス替え》スキルで勝手にクラスに入れたときにもあったような。
「ぐ、ぐるじいです……師匠……」
オレの身体は宙に浮いていた。
「俺の人生をめちゃくちゃにして楽しいか?クソガキ……」
「そんなこと……それよりもっ……た、だてて……ししょ〜……」
「……何泣いてやがる」
「嬉しくって……」
オレは、息ができない苦しみよりも、下半身不随の師匠が立っていることの嬉しさの方が勝っていた。
「……ちっ!クソガキが!」
師匠が手を離してから、車椅子に座り直す。
「ゴホッゴホッ!どうやって立ったんですか!まだ補助スーツ届いてないですよね!」
「気合いと鍛錬だ」
「すごい!」
「化け物で草w」
鈴が正座したまま草を生やしだす。
「双葉、おまえも首絞められてぇのか?」
「え〜?女の子にそんなことするんですか〜?YouTubeにアップして、悪者にするわよ?ヒーローから反転、ヴィランとして有名になるわね?」
「てめぇ……」
鈴と師匠が睨み合う。
「まぁまぁ、荻堂先生、落ち着いて?」
「小日向、てめぇが動画編集したことは、このクソガキどもから割れてんだ。おまえと発案者の双葉が特に罪が重い。覚悟はできてんだろうなぁ?」
「あー……なるほどです……ちょっと私は黙っておきますね」
やばい。このままだと師匠の手加減のない暴力が仲間たちにも!……さすがに女性に手は出さないですよね?いや、ワンチャンこの人ならあり得る。みんなを庇わなければ!
「でも!師匠!2人は良かれと思って!オレたちの目的のためにやってくれたんです!」
「ああ……だからリーダーのてめぇが全部責任を取れ……」
「へ?」
「俺が満足するまでサンドバッグになってもらおうか!」
「そんな!?絶対死にます!」
「ギリギリで勘弁してやるよ!」
「バイオレンスすぎて草」
「ぐぼぉ!?」
鈴のアホが草を生やしている間、オレの腹には風穴が開きそうなくらい拳が叩きこまれることになった。
何度も何度も身体の芯まで伝わってくる衝撃。耐えようと踏ん張るが、壁際まで追い込まれて追撃を食らう。
その日、校舎中に謎の打撃音が鳴り響いたと噂になった。
数分後。
「ピクピク……」
「りっくん……死んじゃった……」
「陸人くん!傷は浅いですよ!気を確かに!」
頭上から仲間たちの声が聞こえる。走馬灯だろうか……
「虫の息で草」
「荻堂さん!あんまりです!」
「あ?嬢ちゃん、師匠の娘だからって、あんま調子にのるなよ?今回の件にはあまり加担してないようだから見逃してやってるが、止めに入らなかった罪はあるんだからよぉ……」
「……あの人、酷すぎます。鈴ちゃん、撮影しましたか?」
「ええ、したわ。世間様に討伐してもらいましょ?ヴィランとしてね」
「これのことか?」
「は?え!?いつの間に!」
師匠が鈴の左手のデバイスを握りしめていた。撮影データはあの中にあるのだろう。
「破壊されるのと、データを消すの、どっちが良い?選ばせてやる」
「……消します……」
「いい子だな。いつもそれくらい素直でいろ。クソガキが」
「……ちっ!」
鈴が舌打ちしながらデータを消し、デバイスを返却してもらった。
「で?俺様の勇姿のおかげで、政府のクソ共からは良い返事がきたのか?」
「なんなのあいつ、マジでキモイんですけど?俺様って言ったわよ?」
「鈴ちゃん、もう静かにしてなよ。ホントに殺されちゃうよ?」
「……で?」
師匠が鈴を見逃して、桜先生の方を見る。
「まだ、政府からは何も回答はありませんが、世論では私たちを応援する声が沢山上がっています。こんな状況で、やっぱ東京駅ダンジョンを開放しない、なんて言えないと思います」
「なるほどな。なら、俺が恥をかいた甲斐はあったってわけだ?」
「恥だなんてそんな!師匠は誰よりもカッコよかったですよ!頭を撫でてるときの優しい顔とか!先陣を切って瓦礫を叩き斬る背中とか!マジでサイ!」
「咲守、殴られたりねぇのか?」
「……」
「あ、死んだふりした」
「草。ま、このまま動画が拡散されたら、いい感じにことが動くんじゃない?果報は寝て待て、よ」
「なにが寝て待てだ。眠れなくなるまでしごいてやるよ。訓練の時間を楽しみにしてな。クソガキども」
師匠は、恐ろしいセリフを言い残し、教室を出ていった。
残されたオレたちは、顔を見合わせ、放課後になる前に逃走すべきか真剣に話し合ったのだった。
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