第77話 SOS

『みんな、お疲れ様……ぐすっ……』


 ボスを倒してはしゃいでいたら、桜先生の涙声が聞こえてきた。


「え?桜先生?な!なにかあったんですか!」


 心配になり、通信デバイスに触れて、向こうの様子を伺う。


『ううん……みんなが無事で安心して……ぐすっ……ごめんね』


「あ、そうですか……ご心配をおかけしました」


『ううん。早くみんなの顔が見たいな。帰ってきて』


「はい!わかりました!よし!じゃあ、みんな!帰ろうぜ!」


「うん!」

「そうね。そうしましょ」

「ふふ、英雄の凱旋というやつですね」


 オレたちは、ニコニコしながらボス部屋から出ようと部屋から出ようとする。重そうな扉をくぐったところで、鈴が後ろを振り返って通信デバイスに向かって話しかけた。


「ねぇ、おっさん」


『……あ?俺のことじゃねぇだろうな』


「あんたよ。あんたの仲間って、双剣じゃやられなかったのよね?」


『あん?ああ、そうだが、それがどうしたんだ?』


「んー……あんたたち、ちょっと待ってて」


「おい?どうしたんだ?」


 鈴がタタタっとボス部屋に戻っていく。そして、双剣の神器が仕舞われているガラスケースの前まで行って、そのケースを開けた。


『咲守、双葉は何をやってる?』


 師匠が見てるロボットのカメラからは見えないようだ。


「いや、なんか神器を持ってこようとしてるっぽいですけど……」


『あ?……ボスを倒した後だから大丈夫、なのか?いや……双葉!やめろ!触るな!』


「は?なんでよ?あんたの仲間だって一つ持ち帰ったじゃない?」


 鈴が反抗的なセリフを発したときには、すでに鈴は双剣を握りしめていた。


 ギギ……


「ん?」


 扉の方から軋むような音が聞こえた気がして横を見る。


 バタン!!


 気づいたときにはボス部屋の扉が閉まっていた。


「え?あ……ちょっと!待て待て!まだ鈴が中に!」


 ダンダン!と扉を叩く。


「おい!鈴聞こえるか!」


『ええ!聞こえてる!』


 通信デバイス越しに会話する。


「師匠!扉が!」


『見えてる!咲守!嬢ちゃん叩っ斬れ!』


「はい!」

「はい!」


「鈴少し離れろ!」


「う、うん!」


 ジャキン!扉に向かって双剣を振るうが鈍い音が鳴る。栞先輩の方もだ。扉には小さな傷がつくだけだった。


「なんだこれ!木製じゃないのか!」


『こっちからも撃つわよ!』


「ああ!頼む!」


 向こうから射撃音が聞こえてくる。オレもそのまま双剣での攻撃を続けた。こんな、こんなのちょっとしたトラブルだ。大丈夫、大丈夫だ。不安をかき消すように心の中で反芻してしたが、その不安は更に膨れ上がっていく。


 ゴゴゴゴゴ……地面が揺れ出した。


「なんだよこれ……」


 そして、


 バゴン!バキ!バゴゴ!!突然空から何かが降ってきて、天井を突き破った。それは、空の上の天井に吊るされていた燭台だった。燭台には、巨大なロウソクが乗っていて、その先端は大きな炎を灯している。


 日本の城は、木造だ。


 すぐに火の手が回り出した。


「なんだよこれ!なんだよこれ!」


 オレは必死で扉を斬りつける。


「りっくん!どいて!爆弾矢を撃つから!」


「頼む!」


『待て!的場!半分は壁を狙え!』


「わかった!」


 ゆあちゃんが火薬入りの矢を撃ち込んでくれる。3発を扉に、もう半分を隣の壁に向かって。撃ち込み終わる。爆発。


 扉は焦げるだけで、ピクリともしなかった。壁には焦げ跡さえついていない。無傷だ。


「なんだよこれ!ふざけんな!鈴!鈴!」


 オレはドンドンと扉を叩く。焦りで、不安で、どうにかなりそうだった。


「オレが絶対助けるから!」


『うっさい!ゴホッ!ゴホゴホ!』


「鈴!?」


『うるさい!早く斬りなさいよ!』


「ああ!わかった!」


 オレはまた剣戟を再開した。無数の傷がつく。斬れる気がしない。


「クソ!」


 扉の隙間に刃を叩きつけ、テコの原理で開けようとする。開かない。金具を殴る。斬る。斬れない。


「そうだ!鈴!その部屋には天窓があったはずだ!上から出れないか!?」


『ちょっと待って!……さっきの燭台で塞がってるわ……』


「なんだよそれ!わかった!待ってろ!」


 オレは、手を止めず、扉を斬り続けた。隣の壁にも同じことをするが、ダメだ。まだ、扉の方が手ごたえがある。これを斬り裂くしかない。


 オレたちが必死に扉を斬りつけている間も、ダンジョンの崩落は止まらなかった。空から燭台に続き、巨木の梁や、木材が降り注いでくる。


「ごほっ!ゴホゴホ!鈴!オレが助けるから!」


 煙が回ってくるが、ガンガンと殴り続ける。


『……』


 鈴からの返答がない。


「おい!鈴!返事しろ!そっちの煙は大丈夫か!」


『……もう、いいわ』


「いいってなんだ!黙ってろ!」


『こほっ……陸人』


「なんだ!」


『妹のこと、ベルのこと、頼むわよ』


「頼むってなんだよ!おまえが助けるんだろ!一緒に!」


 両腕の感覚が無くなるほど扉を殴るように斬りつけていた。手のひらから血が滴ってきたが気にしない。


「頼むなんて言うな!」


「鈴ちゃん……いや……いやだよ……」


『ゆあ、陸人のこと、盗られるんじゃないわよ』


「いや!いやだ!いやだよ!」


『栞、そいつら引きずって行って。みんな死ぬわよ』


「……」


『桜せんせ。ごめんね。トラウマになったら、また、陸人に助けてもらって』


『鈴さん!諦めないで!私が!私が……なんで私はこんなところに!』


 バン!通信デバイスの向こうから机を叩く音が聞こえてくる。


「鈴!鈴!」


『ごめんね……みんな……』


 ブツン。


「おい!鈴!」


『……通信デバイスが壊されました……たぶん、鈴さんが自分で……』


「な、なんだよこれ……」


 オレは倒れそうになる。頭が働かない。


「……陸人くん、ゆあちゃん、行きましょう」


 栞先輩がオレたちの腕を掴んで立たせようとする。


「なん!何言って!!中にまだ鈴が!!」


 信じられないことを言われて、怒りを露わに顔を上げた。

 そこには、ボロボロと泣いている栞先輩がいた。栞先輩だって同じ気持ちなのに、こんな辛い選択を、この人に押し付けているのだと気づき、立とうとする。でも、足に力は入らない。


「……」


「鈴ちゃん……うう……いやだ……いやだよ……」


 ゆあちゃんも立てずにいた。へたり込んで、扉のことを見つけて泣き続けている。


 こんなとき、なんでオレは何もできないんだ。なんのために強くなったんだ。オレがもっと強ければ、こんなクソみたいな扉、余裕で斬れるくらい強かったら。師匠みたいに。強かったら。


 こんなときに思い浮かんだのは、オレが知る最強の男の姿だった。


「……師匠……助けて……」


『任せろ』

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