第75話 鎧武者
オレたちは、池袋駅ダンジョンのボス部屋の前まで到達していた。
「ついにですね」
「はい。緊張してます?」
隣の栞先輩に笑いかける。
「ええ、少し。でも、大丈夫です。訓練通りにやれば勝てるって確信しています」
「オレもです。じゃあ、ゆあちゃん、鈴、2人も大丈夫か?」
「うん!大丈夫!いつでもいいよ!」
「いいから、さっさと倒しちゃいましょ。わたしたちの目的はここじゃないんだから」
「そうだな。うん。そうだ。ここはただの通過点だ」
『おい、咲守』
「油断はしてませんよ。師匠」
『……ならいい。おまえらなら倒せる。自信を持っていけ』
『みんな、本当に危なかったら撤退してね?』
「はい!了解です!」
オレは2人の言葉を聞いてから扉に手をかけた、観音開きの重い扉だ。木製のように見えるが鉄の装飾が施されていて、赤く塗られているので材質はよくわからない。
力を込めて押すと、ギィィ、と音を立てて向こう側に開き切った。
扉を開けた先は、小さい道場くらいの大きさの部屋だった。内装は城の廊下と変わり映えはせず、木の床に、白塗りの壁、そして、左右に大黒柱のように太い柱が数本立っていた。天井は高い。梁が複雑に絡み合って、天守閣の形に吹き抜けている。高い位置にある天窓から、外のロウソクの灯りが差し込んできていた。
「あれが、全部、神器なんだよね?」
ゆあちゃんが見ているのは、左右の壁だ。壁越しにガラスのケースに納められた様々な武器が陳列していた。全部で6つのケースがある。中身は全て、師匠が言っていた武器と一致する。
ただ一つ、右の壁沿いの真ん中のケースの中身は空になっていた。
「なるほどな。一度持ち出した神器は復活しないらしい。僥倖だ」
「そうみたいですね」
空になっているあのケースには、もともと栞先輩が持っている神器が納められていたらしい。だから、師匠の仲間が持ち出してくれたおかげで空になったというわけだ。
一応、この件については3パターンの想定をしていた。
①全く同じ神器が復活している。
②復活せず空になっている。
③見たことがない神器に変わっている。
この3つだ。一番厄介だったのは、対策できていない武器がある③のパターンだったのだが、一番楽な②のパターンだった。まずは一つ目の賭けに勝ったと言えるだろう。
「あとは、あいつに勝つだけですね」
『ああ』
オレたちは真っ直ぐに正面に座っている影を見据えた。師匠も、ロボットのカメラ越しに見ているのだろう。憎しみのこもった暗い声が聞こえた。
オレたちの目線の先には、甲冑を全身に纏った武者が正座していた。正座と言っても、股を開き、腿の上に両手をのせている。殿様に謁見するときの武士のような風体だ。
真っ黒な甲冑、そして、兜には太い2本の角。
「クワガタみたいね。あんたの仲間じゃない」
「お?オレがカブトムシだからってか?やっと虫スタイルって言うのはやめてくれるんだな」
「なに嬉しそうにしてんのよ」
「別に」
オレは双剣を構えて、やつが動くのを待ち構える。みんなも臨戦体制を整えた。
鎧武者がピクリと動くと、左右の壁や天井に吊るされているロウソクに火が灯った。そして、あいつのすぐ横の燭台にも火が灯る。
暗くて見えなかった顔には、鬼のような、真っ赤な顔の仮面が隠れていた。
「VR訓練で見てたけど……怖いかも……」
「ま、あんなの余裕だ。師匠と比べればな」
「はは、そうかも」
『おい』
鎧武者がゆっくりと立ち上がる。
『……あんときは、俺のダチが神器に触れたら襲ってきた。不意打ちだった。その一撃で、2人死んだ。今回はそんなことはしねー。正々堂々、正面から俺たちが勝つ』
「はい!いざ!尋常に勝負!」
オレの言葉に呼応するように、鎧武者が左手を横に差し出した。
ガラスケースの一つが開き、武器が吸い寄せられる。やつの手の中に弓がおさまった。そして、背中には矢筒が現れ、そこから3本の矢を取り出し、オレたちに向かって構える。
『的場、やれ』
「はい!」
ゆあちゃんも同じように3本の矢を構えた。
パシュシュ!同時に矢が発射される。
ヤツの矢は、オレたちに届く前に、ゆあちゃんの矢にぶつかった。3本ともだ。空中でぶつかった3本の矢は、先端から凍りついて、地面に落ちパリンと割れる。
「やった!」
『まだだ!次!』
「はい!」
やつが次弾を装填していた。ゆあちゃんとの攻防が続く。次も3本の矢を放つ鎧武者。ゆあちゃんも同じように返り討ちにした。矢は氷となって砕ける。
そして、さらにもう一度矢を打ち終わると、ヤツの矢筒は空になる。
やつは、それを確認せずに弓を放り投げた。
右手をガラスケースにかざす。次は槍だ。
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