第72話 池袋駅ダンジョン

[池袋駅ダンジョン前]


「到着しましたね……ふぅ……」


 心配そうな顔の桜先生が、深呼吸をしてから脳波デバイスを頭につける。天使の輪っかのように頭の上に浮遊し、隣にボール型のロボットもぷかぷかと浮いている。


「私と荻堂先生は、この車からサポートします。みんな、頑張って」


「はい」

「任せて!ゆあたち強くなったんだから!」

「そんなに心配そうにしないでよ?こっちまで不安になるじゃない。桜せんせ」


「ふぅ……たしかに、そうですね。うん……みんな!みんなが半年間頑張ってきたのはずっと見てたから!きっとみんななら大丈夫!でも!絶対に命優先!危なくなったら撤退すること!これは約束してね!」


「はい!」

「うん!」

「はいはい」

「わかりました」


「よし、おまえらなら勝てる。行ってこい」


 最後に師匠からあっさりしたセリフを言われ、オレたちは車の外に出る。


「あのオッサン、弟子を送り出すくせに適当よね」


「そう?いつもあんな感じじゃん。鈴ちゃんが絡みすぎなんじゃない?」


「ふふ、荻堂さんは不器用ですから。たぶん、信じてくれてるんですよ」


『あの〜、ぜんぶ私たちに聞こえてますよ?もちろん荻堂先生にも』


 耳に取り付けたイヤーカフス型デバイスから桜先生の声が聞こえてくる。師匠は気まずいのか黙っているようだ。よし、例の熱いセリフをみんなにも聞かせてやろう!


「師匠!〈一番弟子〉のオレに任せておいてください!〈一番弟子〉のオレに!!」


「……」


 あれ?何も返答がないぞ?


「一番弟子ってなによ?」


「いや、まー、そう言ってくれたから……」


「へー、そういうことも言うのね。ツンデレ親父ね」


「鈴ちゃん、帰ってきたらまた荻堂先生にしごかれるよ?」


「うぇ〜」


 鈴が舌を出しているのを横目にエレベーターに乗り込む。そして、上空30メートルまで上がって、駅のホームまでやってきた。


 正面に、ダンジョンへの入り口、ゲートが佇んでいる。他のダンジョンと同じように紫色のモヤが長方形の形になって揺らいでいた。


「みんな、準備はいいな?」


 オレは後ろを振り返り、ゆあちゃん、鈴、栞先輩に順番に目配せする。全員が頷くのを確認してから、通信デバイスに向かって話しかける。


「桜先生、今からダンジョンに入ります」


『了解。見えてるよ。気をつけてね』


 オレの隣にボール型ロボットが近づいてきてコクコクと頷く。


「じゃあ、行こう」


 そしてオレたちはゲートに向けて一歩を踏み出した。


 モヤをくぐると、そこは池袋駅ダンジョンの中、師匠から聞いてた通り、そしてVR訓練で見た通りの風景が広がっていた。


「……事前に知っていたとはいえ、やはり本物は雰囲気がありますね……」


 栞先輩が隣にやってきて、ぽそりと呟く。緊張が伝わってきた。


「そうですね……」


 オレは、相槌を打ってから、ダンジョン全体を見渡すことにした。


 池袋駅ダンジョンは、戦国時代の城下町を再現したような場所だった。


 今いるのは、城下町の正門の前、町外れの畦道から、町に入る入り口の位置にあたる場所だ。正面には木製の柱が2本、そして木製の門が町側に向かって開け放たれている。門の向こうには一階建ての日本家屋が立ち並び、さらにその奥に大きな城が佇んでいた。


「師匠、あの城にボスがいるんですよね?」


『ああ、そうだ。もちろん城までの道中にも敵はいる。町に入る前に武器の用意をしておけ』


「はい!」


 オレたちは師匠のアドバイス通り武器を構える。


「それにしても、ダンジョンってなんでこうなのかしら。どこもかしも変な空間よね」


「そうだよね〜。このダンジョンは、巨人が作ったミニチュア?でもイメージしてるのかなぁ?」


 ゆあちゃんが空を見上げながら、そんなことを言う。


 オレもつられて空を見上げた。しかし、そこに空はない。天井があるのだ。その天井は、日本家屋のそれで、立派な太い梁と木の板によって構成されていた。ところどころ、でっかいロウソクが燭台にぶら下がって炎を灯している。〈炎〉と表現したのは比喩じゃない。ロウソクのサイズが巨大な木の幹くらいあるのだ。だから、そこに灯るものも、火ではなく炎、メラメラと燃えている。


 そして、左右、前後には白塗りの壁、四角い箱のような空間の中に、城と城下町を作ったかのような場所だった。


「柚愛ちゃんの表現はしっくりきますね。ミニチュアとは言っても、かなり危険なミニチュアです。気を引き締めていきましょう」


「う、うん!がんばる!」


「じゃあ、行くか。改めて」


 そしてオレたちは城下町の中に足を踏み入れた。

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