第69話 鳴神栞の妄想
《栞視点》
「こ、こんばんは……」
「こんばんは!昨日はすみません!突然メールしちゃって!」
「い、いえいえ……全然大丈夫ですよ?」
私は、平静を装って、彼に笑顔を返す。薄暗い道場の中にロウソクだけを灯して、私は正座して彼を待っていた。
今は、みんなに陸人くんとのことについて詰められた翌日の夜。訓練が終わった後のプライベートの時間だ。
「それにしても、なんで栞先輩の道場なんですか?あ、失礼します」
陸人くんが私の正面にやってきて、あぐらをかいて座る。
「それに、なんで巫女服を?それにその布団は一体?道場に呼び出されたので、修行なのかなって思ったんですが……」
彼は私のことを見て不思議そうに首を傾げていた。それはそうだろう。私は実家の巫女服に身を包み、布団の上に座っているのだから。
隣にはロウソクの灯り、きっと私の頬が赤いことに、彼は気づけていないだろう。
「きょ、今日は……すぅ……昨日相談してもらった好感度のことでお呼びしました」
「あ!なるほど!栞先輩の好感度をどうやってカンストさせるかって話ですよね!」
「ええ。陸人くんは、どうやったらカンストすると思いますか?」
「え?オレですか?うーん……やっぱり、もっと栞先輩に信頼してもらう必要がありますよね?もっと一緒に戦うとか。いや、でも、ゆあちゃんのときは違ったな……」
彼が照れた顔でポリポリと頬をかく。それを見て、私は何故かムッとしてしまった。私といるのに、柚愛ちゃんのことを考えないで欲しい。
「り、陸人くん!」
「へ?あ、はい」
「わ、私にも……柚愛ちゃんと同じことをしてください!」
「ゆ、ゆあちゃんと?な、なんのことでしょう?」
むむ、誤魔化すんですね。そうですか。陸人くん、やっぱりやましいことを……
「ゆあちゃんのことは抱きしめたって聞きました!私にもしてください!」
「……え?」
彼が座ったまま、身体を後ろに下げる。嫌、だったのだろうか?
「……嫌、でしたか……」
私は下を向く。予想していなかった反応を見て、すごく悲しくなった。彼の顔が見れない。拒絶されたのだと理解したくなかった。
「ああ!いや!嫌とかじゃなくて!」
「そ、そうですか?」
チラリと顔をあげる。彼はまた、ポリポリ頬をかいていた。恥ずかしそうに。
「……では、していただけますか?」
「し、栞先輩が嫌じゃないなら……」
「嫌じゃ、ないです……して欲しいです……」
「でも、あの……それで好感度上がるんですかね?」
「わ、わかりません……でも、あがるような気がします……し、してください……」
私は勇気を出して両手を広げた。プルプル震えていたと思う。恥ずかしくなって、目をつむった。彼のことを、もう見てはいられなかった。
「じゃ、じゃあ……」
彼が布団の上にあがってくる音が、聞こえてくる。そして、目の前に大きな男の子の気配を感じる。心臓が飛び出しそうだ。
「い、いきます……」
「はい……」
ゆっくりと、正面から、身体が重なる。胸に彼の胸板が当たり、背中に触れるか触れないかわからないくらいの腕の感触が伝わってくる。
「だ、抱きしめました……」
「は、はい……」
私はまだ目を開けることはできず、プルプル震えたまま、自分も両手を動かす。彼の大きな背中を触って、自分の方にもっと近づけるように抱き寄せた。
ゆっくりと目を開ける。顎の下に彼の肩があって、右頬の隣には、彼の顔が触れそうな位置にあった。
ドキドキ、ドキドキ。心臓がどんどんうるさくなっていく。
「も、もう上がりましたかね?」
「……え?な、なにが?」
「あの……好感度……」
「好感度……まだ、だと思います……」
「そ、そうですか……」
「はい……」
「……」
黙ってしまった陸人くん。でも抱きしめ続けてくれる。
私は顎を彼の肩に乗せてみた。なんだか落ち着く。彼の匂いがする。男の人の匂いだ。彼の背中をすこしさすってみる。逞しくて筋肉質な身体だった。
「し、栞先輩……」
彼が悶えるような声を上げる。どうしたんだろう?
少し顔を離し、下を向くと、私の胸が彼の身体に当たってギュッと潰れていることに気づく。
陸人くんも他の男子同様、私の胸のことを見ていたことを思い出す。今も恥ずかしそうにしているってことは、意識してくれてるのかな?私のこと、女の子として。
「……陸人くんも男の子ですね?」
「ええ?な、なんですかそれ……」
「ふふ、どういう意味だと思いますか?」
「えっと?あ、あれ?栞先輩?あ!あの!」
私は体重を後ろにかけて、倒れるように誘導する。もちろん、彼も私について倒れ込んだ。
ポフっ、身体が布団に沈む。
彼は私の顔を見て、驚いた表情をむけていた。私は真っ直ぐに彼を見る。
「ゆあちゃんにしたこと……してください……」
私は、何を言ってるのだろう。ゆあちゃんは、何をされたのだろう。このあと、どんなことをされたのだろうか。ドキドキ……
「……へ?あ……はい……」
彼が近づいてくる。押し倒される形でギュッと抱きしめられた。
あったかい。ううん。熱い。身体がほてっているのがバレてるだろうか。恥ずかしい。
でも、もっと密着したくなって、私は、気づいたら両足を彼の腰に絡み付けていた。そういえば、つばめちゃんがこんな格好のことを、〈だいしゅきホールドって言うんですって!〉と嬉しそうに見せてきたことを思い出す。つばめちゃんのバカ、エッチ……
「し、栞先輩?あ、あの!」
「まだ……しないんですか?」
「し、しない、とは??えっと、ゆあちゃんとは何日間かハグしてたらカンストしたんですけど……」
「?」
ハグ?ボーっとした頭で考える。
柚愛ちゃんは、〈手を繋いだり、抱き合ったり〉なんて言ってた思う。私はそれをどう解釈した?
……急速に頭が回転しはじめる。あれ?勘違いだった?
「り、陸人くん……」
「はい……」
「好感度、確認してみましょうか……」
「へ?あ!はい!そうっすね!」
彼がばっと私から離れて正座する。私も服装を整えて同じように座り直した。平静を装う。装わなければ。なんて勘違いを私ったら……
「お?おお!カンストしてる!してますよ!先輩!ほら!」
「そ、そうですか……」
彼が嬉しそうにカンストした私の好感度を見せてくる。ステータス画面の好感度は、たしかに100になっていた。
ねぇ、それどういう意味か、わかってるの?ううん、わかってない。この笑顔、無邪気な子どもそのものだもの。
「で、では、今日はこれくらいで……明日にでも荻堂さんと相談してステータスを割り振りましょう……」
「そうですね!今日はありがとうございました!こんな遅い時間に!助かりました!」
「いえ……こちらこそ……」
「ではまた明日!」
「はい……」
嬉しそうに手を振って帰っていく彼に手を振りかえし、私はその場にとどまる。
薄暗い室内、敷かれた綺麗な布団。昨日洗濯して、干したばかりのものだ。
私……なにを期待してたの……つばめちゃんのこと、えっちだって……もう言えないかも……
私は今更すごく恥ずかしくなって、自分の顔を両手で覆うのだった。
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