第9話 幼馴染とトレーニング

「ゆあもこれ着ないとダメなの?」


「そりゃそうだよ」


 翌日の日曜日、朝からゆあちゃんとランニングをこなし、一度解散してから訓練場に再集合したところだった。

 今はお昼ご飯のすぐ後で、まずは軽くトレーニングをしようと準備をしている。オレ自身はさっさと戦闘服に着替え、ゆあちゃんに予備の戦闘服を渡したら、なぜか嫌そうな顔をされていた。


「早く着てよ。これ着るとめっちゃ強くなるんだよ!ゆあちゃんでもマシになるよ!」


「……ほんと、りっくんって戦闘狂だよね……あと、ノンデリ……」


「なにが?いいから、早く着て」


「はいはい……何見てるのよ?」


「なにが?」


「あっち向いててよ!バカりっくん!エッチ!」


「あー、はいはい……」


 オレはやれやれ、という顔をして背中を向ける。昔はお風呂も一緒に入ってたのに今更何を気にしてるのだろう。

 背中越しにしゅるしゅると着替える音が聞こえてくる。少し待っていると、後ろから声をかけられる。


「ねぇ、着たけど。これ、どうすればいいの?」


「んー?キャリブレーションオンって言えばくっつくよ」


 オレは言いながら振り返る。


「ふーん。キャリブレーションオン」


 ゆあちゃんがそう呟くと、戦闘服がゆあちゃんの身体にピチッとくっつく。


「わわ!?なにこれ!?」


「だから戦闘服だってば」


「なんかくっつきすぎじゃない!?」


 ゆあちゃんはなぜかあたふたしていた。着心地が悪いのだろうか?

 うーむ、こんなに動きやすいんだけどなー……

 自分の身体を見て戦闘服の着心地を確認してから、もう一度ゆあちゃんを見る。


「んー?」


 身体にちゃんと密着してるし大丈夫そうに見える。オレとは違って、女の人らしい身体のラインをしているけど。


「……」


 そのときなぜか、昨日、ゆあちゃんのお母さんに言われたことを思い出した。

 〈ゆあだって大人になりつつあるんだから〉


「……」


 たしかに、昔は無かったものがゆあちゃんにはある。胸部の膨らみだ。黒いぴちぴちの戦闘服に包まれたゆあちゃんの身体は、体型がハッキリとわかるので、胸の膨らみも協調されていた。ゆあちゃんが大人の女性らしくなってきているのがわかってしまったのだ。


「なに見てるの!」


「へ?」


 胸を両腕で隠された。


「えっち!りっくんのえっち!」


「は?なな!なんだよそれ!いいから訓練するぞ!」


「ゆあ!上から服着るからね!えっち!」


「別にいいけど!勝手にしろよ!」


 オレはなぜだか気まずくなって目を逸らす。〈えっち、えっち〉ってなんのことだよ。恥ずかしいなぁもう……


 それから、戦闘服の上にTシャツを羽織ったゆあちゃんと軽く準備運動をして、ゆあちゃんのアーチェリーの腕前を見せてもらうことにした。


 パシュ!静かな射出音と共に矢が飛んでいく。まっすぐ飛んだ矢は、30メートルほど離れた的のど真ん中に突き刺さった。


「やった!ほらね!ゆあだって戦えるでしょ!」


「んー、まぁ、一応……」


「なにその反応。ムカつくんだけど」


「弓が上手くても、ゆあちゃんノロマだから、敵にかじられてすぐ死にそう」


「こ、怖いこと言わないでよ……」


「いや、ダンジョンだと全然あることだよ……」


「そ、そうだよね……」


 ゆあちゃんもニュースを見ているので知っているだろう。毎年、多くの人がダンジョン攻略で犠牲になっていることを。


「だから、まずは回避力とか身のこなしを覚えた方がいいかな」


「わ、わかった……」


 物騒なことを言ったせいで、ゆあちゃんが不安そうな顔になってしまう。


「……大丈夫!ゆあちゃんのことはオレが絶対守るから!」


「りっくん……ほんとに?」


「うん!任せとけ!うみねぇちゃんとも約束したし、ゆあちゃんのことだけは、オレが絶対に守り通す!約束だ!」


 空気を変えようと思って、小指を差し出した。


「……うん」


 ゆあちゃんも右手を出して小指を重ねてくれる。昔から、オレとゆあちゃんと、うみねぇちゃんでやってきた約束のおまじないだった。


「こうしてると……うーねぇのこと、思い出すね……」


「そうだね……」


「うーねぇ……元気、なのかな……」


「眠ってるだけだって、ニュースでも言ってただろ?それに、ダンジョンさえ攻略すれば、その駅にいた人たちは解放されるじゃん」


 それは、攻略された唯一の前例で証明されている。攻略されたダンジョンは、その駅だけではあるが、解放されるのだ。ダンジョンが攻略されると、ゲートが消え、その駅の周囲だけ白い幕が消える。そして、駅構内に囚われていた人たちは、当時の姿のまま、姿を現すのだ。


 つまり、今すぐに東京駅ダンジョンを攻略しても、うみねぇちゃんは、小学四年生の姿で動き出すことになる。オレの方が年上になってしまったが、そんなことは些細な問題だ。うみねぇちゃんが生きて自由になれるなら、何歳だって関係ない。


「そう……だよね……うん!ゆあ頑張るね!」


 オレの言葉を聞いて、ゆあちゃんが元気を取り戻し、前向きになってくれる。


「おう!ビシビシいくからな!」


 そしてオレたちは訓練を再開する。東京駅ダンジョンで眠り続けるオレたちの大切な人を助けるために。

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