森の王子様
紅茶ガイデン
起 婚約解消
昔々、ある国に悪い王子様がいました。
気に入った人間は側に置いて可愛がり、逆にいらない人間はどんどん捨てていく非情な人だったのです。
贅沢三昧で傲慢な王子様は、とうとう父親である王様を怒らせました。それは許婚である公爵家のお嬢様を死に追いやったからです。
「何を考えておる! お前の後ろ盾ともなる公爵を敵に回すとはなんたることか!」
「いいえ、父上。私は何もしておりません。彼女は知らぬうちに自害していただけなのです」
王様は顔を真っ赤にして激怒しました。
王子様は恋人を作り許婚を身勝手に捨ててしまったことで、彼女が自ら死を選んでしまったのです。
「お前が嘘を並べ立て、勝手に婚約破棄などと言い放ったからだろう! おかげで今は宮廷が混乱に陥っておる。その責任はとってもらわねばならんからな」
王様は国と自分を守るため、王子様に流刑を言い渡しました。
王太子の身分だった王子様は、その座を降ろされ深く暗い森の中に捨てられてしまったのでした。
********
「アリアンナ。私は君との婚約を解消して、君の妹リーシャと結婚をすることにした」
婚約者であるエドワードからそう告げられ、アリアンナはしばらく声を失った。
ウィンリー子爵家の嫡男エドワードとバレン男爵家の長女であるアリアンナは、二年前から正式に婚約を結んでいる。そろそろ結婚を間近に控えていたところで、このように契約を翻されるなど思いもしていなかった。
「……突然の言葉に驚いております。それは私の両親も承諾していることなのですか?」
アリアンナは震える声を必死に抑え、彼らに尋ねた。
エドワードから、重要な話があると呼び出されて訪れたウィンリー子爵邸。神妙な顔をした彼らに迎えられたところで、前置きもなくそう告げられた。
バレン家にはアリアンナの一つ下に、リーシャという妹がいる。甘え上手でしたたかなところはあるが、今まで姉妹仲が悪かったわけでもない。
どうして?と混乱するが、思い当たる節もなくはない。今になって思えば、エドワードが会いに来た時によく顔を見せていたことを思い出す。
二人の間に割って入ることにあまり良い気はしなかったが、きっと義理の兄との関係を良好にするためだろうと嫌な考えを振り払った。
しかし、まさかこんな事になるとは想像もしていなかった。
「このことは君のお父上であるバレン男爵にも話を通し合意してもらっている。この婚約は両家によって決められたものだが、皮肉にも君との交流を通してリーシャに心惹かれてしまった。……だから最後のけじめとして、私の口から君に伝えたかったんだ」
どういう理屈でその答えに辿り着いたのだろうと、呆然とエドワードを見つめながら思った。
わざわざ家に呼び出し、聞きたくもない妹リーシャへの恋心を語り、けじめと称してアリアンナの心に止めを刺す。目の前にいるこの男は、今まで交流してきた彼なのかと疑いたくなるほどだ。
「君に何も言わずに婚約解消を決めたことを謝りたい。私も悩んだ末の決断で、ずっと迷っていた。……今回の事は我儘を通した私が悪いのであって、リーシャに罪はない。どうか彼女を責めないでやってほしい」
エドワードの言葉一つ一つにアリアンナは打ちのめされる。
(リーシャに罪はないと本気で思っているの?)
(あなたをその気にさせたのは、あの娘のせいではないの?)
絶望と不信感に苛まれて気が遠くなる。しかし、そんな醜い部分を晒したくなくて、必死に取り繕い気持ちを隠した。
「……わかりました。夫婦は愛し合うもの同士が一緒になる方がよろしいですものね。この度は残念に思いますが、リーシェは私の大切の妹でもあります。どうか彼女を大切になさってください」
砕かれたプライドを掻き集めて、どうにか体のいい言葉を口にした。せめて彼の前で無様な姿を晒したくないという思いがあったからだ。
アリアンナの物分かりのいい言葉に、エドワードの表情はほっと和らいだ。
「君からそんな言葉を貰えるなんて思わなかった。もちろんリーシャのことは大切にするつもりだ。それから、君を何年も縛りつけてしまったお詫びとして……」
「お詫びなど必要ありませんわ」
アリアンナはぎこちない笑みを浮かべて、エドワードの言葉を遮った。
この場を立ち去るまで絶対に涙など見せるものか、そう心に誓い自分の気持ちを奮い立たせる。
「妹を大切にしてくださるというお言葉を聞けただけで十分です。妹を愛する姉として、それ以上のことは何も望みません」
そうしてアリアンナはウィンリー子爵邸を後にするまで、その笑顔を崩すことはなかった。
彼女を見送り、やっかいな問題を解決したとエドワードとその家族が安堵していた頃。
アリアンナの送迎をしていた馬車がバレン男爵邸に到着した。そして慌てたように御者が屋敷に駆け込み、一大事を知らせる。
「緊急のご報告です。ウィンリー邸から帰る途中で、アリアンナ様の行方がわからなくなってしまいました!」
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