黒キイチゴの茂みで
島本 葉
黒キイチゴの茂みで
えーん、えーんと何やら声がするので狐が草むらをかき分けて行くと、黒キイチゴが生い茂るそばでぽつんと一匹の子栗鼠が泣いていました。
「どうした、ぼうず。何が悲しいんだ」
狐が声を掛けると、子栗鼠はびくりと震えました。まだ子どもだったので、これ以上近づくのは怖いのかも知れないと、狐は足を止めました。
「迷子にでもなったのかい?」
周りをぐるりとみても他の栗鼠の姿が無かったので、仲間とはぐれたのだろうと思ったのです。
「お母さんがいないの」
少し経って落ち着いた子栗鼠が言うには、やはり母親とはぐれてしまったということでした。川向うの親戚のところに行く途中で、母親の姿を見失ってしまったのです。
子栗鼠の手元に握られた黒キイチゴを見て狐はピンと来ました。
「ははぁ。おまえさん、どうやら黒キイチゴに夢中になってはぐれたんだね」
「そんなに夢中になってないよ!」
子栗鼠は少し恥ずかしくなって大きな声をあげました。
「ははは。そうかいそうかい。でもこの黒キイチゴは美味いからなぁ」
小栗鼠は周りに茂っている黒キイチゴの木を見ました。粒の大きい、つやつやとした黒キイチゴがたくさん生っているのです。
「――ちょっと摘んでみるだけのつもりだったんだ。そうしたら、甘酸っぱくて、美味しくて。いくつか食べてるうちに、お母さんとはぐれちゃって……」
それを聞いた狐はハハッと笑って黒キイチゴを一粒取るとぱくりと自分の口に入れました。もう一粒取ると、今度は子栗鼠に渡しました。そして子栗鼠が美味しそうに食べるのを見て満足気にうなずきました。
実はこの狐も、ここで迷子になったことがあったのでした。この黒キイチゴを夢中で食べている間に兄弟とはぐれて、たまたま出会った鹿が助けてくれたのです。その時の鹿がしてくれたのと同じように、狐はこの小さな子栗鼠を送ってあげたくなりました。
「じゃあ、わかる所まで送ってやろう。川岸の一本杉はわかるかい」
「うん!」
狐と子栗鼠は連れ立って歩き出しました。
次の夏、また黒キイチゴの群生はつややかな実をつけていました。そのやぶの向こうでなにやら声が聞こえてきます。
栗鼠は黒キイチゴの茎のトゲをうまく避けながら、声のする方に近づいていきました。すると、小さなうさぎがぽつんと一匹で泣いていました。
「おや、どうしたんだい?」
栗鼠が尋ねると、うさぎはなにか喋ろうとしたのですが、涙と口いっぱいに頬張った黒キイチゴで何を言っているのかわかりません。
「泣くか食べるか、どっちかにしときなよ」
うさぎはポロポロと大きな涙をこぼしながらも、まだ黒キイチゴを頬張っていました。
「この黒キイチゴは美味しいからね。待ってあげるから落ち着くといいよ」
ひとしきり泣いて、ひとしきり食べたうさぎは恥ずかしそうに迷子になったことを話しました。栗鼠はどこかで聞いたような話だなとクスリと笑いました。
「それじゃあ、――そうだな、一本杉はわかるかい?」
栗鼠は黒キイチゴを二つ摘んで一粒をうさぎに差し出すと、連れ立って茂みの向こうへと歩き出しました。
了
黒キイチゴの茂みで 島本 葉 @shimapon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます