第29.5話:銀の執念☑

黄金の平原サテライトの中心部、繁華街。その一角に佇む高級レストラン「ゴールデンハーベスト」の最上階。ここは、サテライト全体を見渡せる絶景と、極上の料理で知られている。


この日、ゴールデンハーベストの常連客の一人、マーカス・スミスは、いつもの席に腰を下ろしていた。マーカスは黄金の平原サテライトの有力企業、ゴールデンクロップス社の副社長である。彼の会社は、高度に改良された農作物の生産と輸出を主な事業としており、サテライトの経済を支える重要な存在だ。


マーカスは窓際の特等席から、黄金色に輝く広大な麦畑を眺めながら、グラスに注がれた琥珀色の液体を口に運んだ。それは、黄金の平原サテライト特産の高級ウイスキー「ゴールデンドロップ」だ。このウイスキーは、サテライト内で栽培された特殊な品種の大麦を使用し、独自の蒸留技術によって製造される。その味わいは、まるで液体の黄金のように濃厚だと評されている。


「やはり、この景色には飽きないな」


マーカスは独り言を呟いた。


彼の目の前に広がる風景は、まさに黄金の平原サテライトの象徴そのものだった。地平線まで続く黄金色の麦畑。その向こうには、最新鋭の農業設備を備えた巨大な温室群が見える。これらの温室は、「エバーハーベスト・ドーム」と呼ばれ、年間を通じて安定した作物の生産を可能にしている。ドームの表面には特殊なコーティングが施されており、太陽光を効率的に取り込みつつ、内部の温度と湿度を最適に保つ。


マーカスの視線は、麦畑の中を縫うように走る銀色の線に移った。それはゴールデンエクスプレスと呼ばれる高速モノレールだ。このモノレールは、サテライト内の主要地区を結ぶ重要な交通手段であると同時に、観光客に人気の乗り物でもある。車窓から眺める黄金色の大地は、まるで黄金の海を航海しているかのような錯覚を与える。


レストランのBGMが静かに流れる中、マーカスの耳に聞き覚えのある声が届いた。


「やあ、マーカス。今日も素晴らしい眺めだね」


振り返ると、そこにはシルバーホライゾン社のCEO、リチャード・シルバーの姿があった。リチャードは、黄金の平原サテライトの重要な顧客の一人だ。彼の会社は、サテライトの経営改善と発展のためのコンサルティングを行っている。


「ああ、リチャードさん。これは珍しい。お久しぶりです」


マーカスは立ち上がり、リチャードと固い握手を交わした。


リチャードは席に着くと、ウェイターに合図をして同じくゴールデンドロップを注文した。


「最近の黄金の平原の発展ぶりには目を見張るものがあるよ」


リチャードは感心したように言った。


「特に、あの観光ツアーの成功は素晴らしい。オルドサーヴィスの決断は正しかったようだ」


マーカスは頷きながら答えた。


「ああ、あのツアーのおかげで我々の農産物の需要も増えていますよ」


リチャードの目が輝いた。


「そうか、それは良かった。実は私も、観光ツアープロジェクトの成功を予測していたんだ。だが、残念ながらその提案を実行に移す機会はなかった」


マーカスは興味深そうに聞き入った。リチャードの言葉の裏には、何か深い思い――未練と執着が感じられた。


リチャードは続けた。


「マーカス、君はオルドサーヴィスと近い関係にあるようだね。彼らの最近の動向について、何か耳に入ることはないかい?」


マーカスは慎重に言葉を選びながら答えた。


「そうだね、確かに取引はあるけど、内部の事情までは詳しくないよ」


リチャードは諦めない様子で、さらに踏み込んだ。


「例えば、観光業の今後の拡張計画とか、新たな事業構想とか。そういった情報はないかな?」


マーカスは、リチャードの意図を察し、慎重に対応した。


「申し訳ない、リチャード。そういった機密事項は、私の立場では知り得ないんだ」


リチャードは一瞬失望の色を見せたが、すぐに取り繕った。


「そうか、無理を言ってすまない。ただ、黄金の平原には、まだまだ潜在的な可能性がある。例えば、君たちの農業技術と我々のコンサルティング能力を組み合わせれば、さらなる発展が見込めるはずだ」


マーカスは考え込むように目を細めた。


「それは面白い提案だね。具体的にどんなことを考えているんだい?」


リチャードは身を乗り出し、熱心に説明し始めた。


「例えば、エバーハーベスト・ドームの技術を応用して、他のサテライトでも安定した農業生産を可能にする。あるいは、ゴールデンエクスプレスのようなインフラ整備を他のサテライトで展開する。これらの事業展開によって、黄金の平原の影響力はさらに拡大するだろう」


マーカスは、リチャードの言葉に深く頷いた。確かに、黄金の平原サテライトの技術と知見は、他のサテライトにとっても大きな価値があるはずだ。それを事業化することで、サテライト全体の発展に寄与できる。それは同時に、シルバーホライゾン社の影響力拡大にもつながるだろう。


しかし、マーカスはリチャードの提案に興味を示しつつも、その背後にある野心を見抜いていた。リチャードは明らかに、黄金の平原サテライトの内部に食い込もうとしているのだ。


二人の会話は、表面上は友好的な事業提案の交換に見えたが、その実、駆け引きと探り合いの様相を呈していた。リチャードは巧みな言葉で情報を引き出そうとし、マーカスはそれを適度にかわしながら、相手の真意を探ろうとしていた。


窓の外では、夕陽に照らされた麦畑が黄金色に輝いていた。その光景は、二人の思惑と野望が交錯する様を象徴しているかのようだった。


この日の出来事は、黄金の平原サテライトを巡る新たな戦いの始まりを予感させるものだった。リチャードの執念と野心が、このサテライトにどのような影響をもたらすのか。その答えは、まだ誰にも分からない。しかし、黄金の平原の未来が、さらなる激動の時代を迎えることは間違いないだろう。

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