第40話:翠玉の策謀☑

エメラルドヘイヴンの中枢、情報統括会議場。その空間は、古代の叡智と現代の技術が見事に融合した独特の雰囲気を醸し出していた。重厚な石造りの壁面には、幾何学的な模様が精緻に刻まれ、その溝に沿ってミリスリアの痕跡が微かに輝いている。この痕跡はアステールが占いに凝っていた時に作製されたものであり、発光鉱石の粉末を溶かし込んだ塗料で描かれた古代の魔法陣の名残である。アステールによると、この魔法陣にはサテライトの安定と繁栄を守護する力を秘めているとされていた。


天井に埋め込まれた発光鉱石からは、周期的に淡い緑色の光が射し、まるで生命の鼓動のように会議室全体を包み込んでいた。この発光鉱石は、エメラルドヘイヴン特産の「翠玉石」と呼ばれる希少な鉱物で、その光は単なる照明としての役割だけでなく、会議に参加する者たちの精神を鎮め、冷静な判断を促す効果があるとされていた。


この神秘的な光景の中心に立つのは、エメラルドヘイヴンの指導者、アステール。彼の深い緑色の瞳には計算された冷静さが宿り、その鋭い眼差しは室内を隈なく観察していた。アステールの体には、世界に4つしか存在しないというミリスリアの源泉としての力が宿っており、その存在自体が周囲をミリスリアに満ちたものへと変える力を持っていた。


アステールの周囲には、副官セレフィナを筆頭とする枢密会のメンバーが半円を描くように並んでいた。彼らの表情には緊張感が漂い、まるで嵐の前の静けさのように、重要な決断が下される瞬間を待ち構えているかのようだった。枢密会は、エメラルドヘイヴンの最高意思決定機関であり、その構成員たちはそれぞれの分野で卓越した能力を持つエリートたちであった。


アステールは喉を軽く鳴らし、静かに口を開いた。その声には、長年の経験と深い洞察に裏打ちされた威厳が感じられた。


「ミリスリア擬製生物の出現は、労働市場に予想以上の衝撃を与えている。急激な変化を緩和するため、少なくとも一時的に擬製生物の競争力を削ぐ必要がある」


彼の言葉は、重力のように会議室全体に降り注いだ。ミリスリア擬製生物とは、レヴァンティスサテライトが開発した革新的な人工生命体であり、その高い能力と効率性によって、従来の労働市場を根底から覆す可能性を秘めていた。


セレフィナが一歩前に踏み出し、アステールの意図を汲み取るかのように発言を続けた。彼女の姿には、鋭い知性と冷徹な計算能力が滲み出ていた。


「恐らくナディアは魔鉱石の需要増加を見越して行動を開始しているはずです。我々も手を打つべきです。具体的には、治安悪化を名目として税関での調査を強化し、魔鉱石の流通を阻害。需給をタイトにすることを提案します」


アステールは僅かに頷き、セレフィナの提案を受け止めた。


「さらに、エメラルドヘイヴン内での魔鉱石保管に対する新税の導入も検討している。魔鉱石へのミリスリア充填税という名目だ。これらにより擬製生物の運用コストを上昇させる」


この言葉に、枢密会のメンバーたちは一斉に頷いた。しかし、経済主席トリスタンの表情には僅かな懸念の色が浮かんだ。彼は経済の専門家として、この政策がもたらす広範な影響を懸念していた。


「擬製生物以外のミリスリア利用テクノロジーへの影響も不可避でしょうな。影響は絶大なものになるでしょう」


セレフィナは、さらなる策を提示した。彼女の声には、冷徹な計算と戦略的思考が滲み出ていた。


「擬製生物を狙い撃ちするという意味では、擬製生物の製造に不可欠な素材をコモディティ市場で買い占めることで、製造コストを急激に上昇させることもできます。複合的な対策を行うことで、ミリスリア擬製生物の運用そのものが経済的に割に合わなくなるでしょう」


医療主席エリサーネが、慎重に意見を述べる。彼女の言葉には、医療の専門家としての深い洞察が込められていた。


「擬製生物の原料にも他の用途があることに留意してください。特にエッセンシャルマテリアルの価格変動は可能な限り抑えるべきです」


エッセンシャルマテリアルとは、医療や生活必需品の製造に欠かせない材料のことを指し、その安定供給はサテライトの社会基盤を支える重要な要素であった。


防衛主席ガーランドは、無骨な表情を崩さずに同意を示した。彼の言葉には、長年の軍事経験に基づく洞察が込められていた。


「これらは経済戦略的に重要な手だ。他方、防衛の観点からも、ミリスリア擬製生物がもたらす潜在的脅威に対する対策を並行して進めるべきだろう」


アステールは全員の意見を聞き終えると、決意に満ちた声で締めくくった。その言葉には、エメラルドヘイヴンの未来を左右する重大な決断の重みが込められていた。


「了解した。これより具体的な実行手順に移ろう。この決断が、我々の生態系の未来を守るための重要な一歩となる」


会議は更なる詳細な計画の討議へと進み、エメラルドヘイヴンの各部門の責任者たちは、次々と具体的な対策案を提示し始めた。アステールの指揮の下、緻密に練られた計画が即座に実行に移されていく。その様子は、まさに精密な機械の歯車が噛み合うかのようであった。


会議場の窓の外には、ミリスリアの力によって育まれた豊かな緑が広がっていた。エメラルドヘイヴンの象徴とも言える「翠玉の森」は、その鮮やかな緑と壮麗な樹々の姿で知られ、サテライトの繁栄と調和を体現していた。


しかし、その美しさの陰に潜む冷徹な戦略と計算の存在を知る者は、ごく僅かである。エメラルドヘイヴンは、その調和を維持するために、今日もまた新たな闘いの一歩を踏み出す。アステールの瞳に宿る決意の光は、未知なる未来への道を照らし出すかのように、静かに、しかし力強く輝いていた。

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