第17話:権力の均衡☑

黄金の平原サテライトの中心部、オルドサーヴィス本部の最上階に位置する来賓室。その空間は、権力と威厳を体現するかのように、重厚な木材と冷たい金属が絶妙に調和した内装で彩られていた。窓から差し込む夕陽の光が、室内に静かな緊張感を醸し出している。


この場所で、オルフィウスとダリオンの視線が交錯した。二人の間に漂う緊張感は、まるで実体を持つかのように濃密で、空気そのものが凝固したかのようだった。この瞬間こそが、黄金の平原サテライト、そしてその周辺地域の運命を左右する重要な転換点となることを、両者ともに痛感していた。


オルフィウスは、内に秘めた揺るぎない決意を胸に、静かに口を開いた。彼の声は、落ち着きと威厳に満ちていた。「ダリオン様、このように貴重なお時間を割いていただき、心より感謝申し上げます」


ダリオンは、鋭い眼差しでオルフィウスを見据えながら、簡潔に返した。その声音には、長年の経験から培われた冷静さと警戒心が滲んでいた。「話を聞こう、オルフィウス。我々の前に立ちはだかる問題について、詳しく説明してくれ」


一瞬の間を置き、オルフィウスは慎重に言葉を選びながら語り始めた。彼の表情には、サテライトの未来を左右する重大な情報を伝える者特有の緊張感が浮かんでいた。「セレフィナ様が、オルドサーヴィスをこのサテライトにとっての癌と見なし、その排除を計画していることが判明しました。その計画では、エメラルドヘイヴンの直轄軍である翠嶺の守護者が実行部隊として指名され、既に協力する意向を示しているようです」


ダリオンの眉が僅かに動いた。その微細な表情の変化は、彼の内なる動揺を物語っていた。「セレフィナがそこまで言い切ったというのか」その声には、驚きと深い懸念が滲んでいた。


オルフィウスは躊躇することなく続けた。彼の言葉には、現状を冷静に分析し、その危機的状況を的確に伝えようとする意図が込められていた。「しかし、現実を直視すれば、オルドサーヴィスは既に黄金の平原にとって不可欠な存在となっています。特に、貴組織が運営する風俗街は、我々の主要な産業となっており、そこに流入する観光客の資金なくしては、黄金の平原の経済は成り立ちません」


ダリオンは目を細め、オルフィウスの言葉の真意を探るように見つめた。その鋭い眼差しは、長年の権力闘争で培われた洞察力を感じさせるものだった。「つまり、お前としてもセレフィナの計画が実行されれば、この地全体が危機に瀕することで困る、ということか」


「その通りです」オルフィウスは力強く頷いた。彼の声には、確信と切迫感が混ざり合っていた。「我々の運命は、もはや密接に結びついています。セレフィナ様の行動は、この地の繁栄を根本から揺るがすことになるでしょう。それは、単にオルドサーヴィスの問題だけではなく、黄金の平原全体の存続にも関わる重大事なのです」


深い静寂が会議室を支配した。窓外には、金色に輝く草原が果てしなく広がり、その景色は部屋の緊張感とは対照的な穏やかさを湛えていた。


ダリオンは、長年使い込まれた革張りの椅子にゆったりと身を沈めた。その姿勢からは、オルドサーヴィスのヘッドとしての威厳と、数々の危機を乗り越えてきた経験が滲み出ていた。彼の鋭い眼差しは、目の前に広がる状況を冷静に分析しているようだった。


「理解した」ダリオンの低く落ち着いた声が、静寂を破った。「しかし、我々にはセレフィナの意図を阻止する具体的な方策が必要だろう。単なる危機感の共有だけでは不十分だ」


その言葉には、長年の経験に裏打ちされた洞察力と、未来を見据える先見性が込められていた。ダリオンの目は、一瞬、窓外の黄金の草原に向けられた。ダリオンは、自身が単独でサテライト全体を救えるとは微塵も考えていないし、そのつもりもなかった。彼はいつも庇護するものと切り捨てるものを冷静に峻別してきたのだ。しかし、それで守りたいものが守れるというのなら、サテライトと共闘することに吝かではなかった。


オルフィウスは、この瞬間を待っていたかのように、即座に応じた。彼の姿勢は真っ直ぐで、その目には周到に準備された計画への自信が宿っていた。黄金の平原サテライトの現リーダーとしての風格と、危機に立ち向かう決意が、彼の全身から滲み出ていた。


「私に一つの提案があります」オルフィウスの声は、静かでありながら力強かった。「それは、このサテライトリーダーの座をダリオン様に譲り渡す、という策です」


この予想外の提案に、ダリオンの目が驚きで見開かれた。長年の経験を持つ彼でさえ、一瞬の戸惑いを隠せなかった。


オルフィウスは、ダリオンの反応を見逃さず、さらに説明を続けた。


「リーダーの座に就かれた暁には、ダリオン様にはサテライトリーダーの各種権利と義務が生じます。こちらで試算した限り、オルドサーヴィスの状況を踏まえれば、際立った問題は生じない見込みです。ですが、サテライト運営の実務には既存職員の活用が欠かせず、彼らとの信頼関係や保有するノウハウの関係上、私が継続して担うことが効率的です。それらの実務を担えるだけのポジションを私に与えていただくことを、リーダーの座移譲の条件とさせてもらえればと考えています」


彼の言葉には、緻密に練り上げられた戦略と、サテライトの未来を守ろうとする強い意志が込められていた。


「セレフィナ様の目的は、サテライトの立て直しにあります。現状、セレフィナ様はオルドサーヴィスを黄金の平原サテライトから取り除くことで統治機構の収益性が向上すると考えておられます」


オルフィウスは一瞬言葉を切り、ダリオンの反応を確認した。ダリオンの表情には、深い思索の色が浮かんでいた。


「しかし」オルフィウスは続けた。「オルドサーヴィスによってサテライトが支配されるようにすることでその前提を覆してしまえば、セレフィナ様にはオルドサーヴィスを排除する動機がなくなります。サテライト運営の実務については、私が実質的な運用を代行します。これにより、表面上はオルドサーヴィスの支配下にありながら、実質的には現状を維持できるのです」


オルフィウスの説明が終わると、会議室には再び深い沈黙が訪れた。ダリオンは、眉間にしわを寄せ、オルフィウスの提案を慎重に検討しているようだった。その表情からは、長年培ってきた政治的洞察力と、サテライトの未来を案ずる真摯な思いが読み取れた。


やがて、ダリオンが口を開いた。「興味深い提案だ、オルフィウス。しかし、この計画にはリスクも大きい。エメラルドヘイヴンの反応次第では、我々の立場が一層危うくなる可能性もある」


オルフィウスは頷いた。「その通りです。しかし、現状のままでは我々の未来はないに等しい。この策は、確かに賭けではありますが、我々にとっての最後の切り札となり得るのです」


二人の間で、激しい議論が交わされた。それは単なる権力の移譲を巡る交渉ではなく、黄金の平原サテライト全体の運命を左右する重要な対話だった。会議室の空気は、緊張と期待が入り混じったものへと変化していった。


時間が経つにつれ、二人の間に共通の理解と新たな協力関係が生まれていった。ダリオンとオルフィウスの目には、かつてない決意の色が宿っていた。彼らは、この大胆な計画が、黄金の平原サテライトの存続と繁栄のための唯一の道であることを悟ったのだ。


窓外では、夕陽が黄金の草原を赤く染め始めていた。その光景は、まるで新たな時代の幕開けを告げるかのようだった。ダリオンとオルフィウスは、静かに頷き合い、握手を交わした。黄金の平原サテライトの歴史に、新たな一章が刻まれたのだった。


この瞬間、黄金の平原サテライトの未来は、新たな軌道を描き始めた。権力の均衡が変わり、未知の領域へと踏み出す一歩が、ここに記された。会議室の窓から差し込む夕陽の光が、二人の姿を赤く染めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る