第16話:紡がれる謀略の糸☑

黄金の平原サテライトの中枢、オルフィウスのオフィスへと続く廊下は、静謐な空気に包まれていた。その薄暗い通路に、リリアの足音が静かに、しかし確かに響き渡る。数日前の会談から僅かな時が経過したに過ぎないが、その間にも事態は刻一刻と変化を続けていた。


リリアの胸中では、これから始まる対話への緊張と、事態の進展に対する期待が複雑に絡み合っていた。彼女の瞳には、決意と不安が交錯する光が宿っていた。オルフィウスの執務室の扉の前に立つと、彼女は深く息を吸い込み、心を落ち着かせた。そして、慎重に、しかし確かな音を立てて、三度ノックをした。


「入りたまえ」


オルフィウスの低く落ち着いた声が、扉越しに響いてきた。その声音には、長年の経験と威厳が滲み出ていた。リリアは静かに扉を開け、部屋に足を踏み入れた。


オフィス内部は、前回の訪問時と変わらぬ厳かな雰囲気に包まれていた。大きな窓からは、黄金の平原サテライトの特徴的な光景が広がっていた。黄金色に輝く草原が遠くまで続き、別の方角には整然と並ぶビル群が立ち並んでいる。この景色は、サテライトの繁栄と、その繁栄を支える自然の調和を象徴するかのようだった。窓から差し込む柔らかな光が、部屋全体を優しく照らしていた。


「お時間をいただき、ありがとうございます」リリアは丁寧に一礼し、慎重に言葉を選んだ。彼女の声には、緊張と決意が滲んでいた。「早速ですが、事情を説明させていただきます」


オルフィウスは無言で頷き、彼女の言葉に耳を傾ける準備をした。彼の鋭い眼差しがリリアを捉え、その表情からは真剣さが滲み出ていた。サテライトリーダーとしての長年の経験が、その眼差しに深い洞察力を宿らせている。オルフィウスは優雅な動作で、アンティークの木製椅子に腰を下ろすと、「何があったのか、話してくれ」と促した。


リリアは心を落ち着かせるため、再び深呼吸をした。彼女の声は、静かではあるが確固たるものだった。「ダリオン様には、セレフィナ様がオルドサーヴィスを一掃する意向を示している、という噓の報告をしました」


彼女は慎重に言葉を紡いだ。その一言一言には、事態の重大さと、自身の行動の意味を十分に理解している者の覚悟が込められていた。「その結果、切羽詰まったオルドサーヴィスは、オルフィウス様と連携しつつセレフィナ様に対抗できるよう、私にオルフィウス様を説得するという任務を命じました」


オルフィウスの表情が一瞬にして変化し、眉間にしわが寄った。彼の瞳に、驚きと深い思考の色が浮かぶ。長い沈黙の後、オルフィウスはゆっくりと口を開いた。「危険な橋を渡ったな、リリア」彼の声には、懸念と評価が混ざり合っていた。その口調には、リリアの行動の危険性を指摘しつつも、その勇気を認める複雑な感情が込められていた。「だが、よくやった」


「ありがとうございます」リリアの顔に安堵の表情が浮かんだが、その目には依然として不安の色が残っていた。彼女の心は、自らの行動の正当性と、その結果もたらされる可能性のある危険との間で揺れ動いていた。「これからどのように進めればよいでしょうか」


オルフィウスの口元に、かすかな微笑みが浮かんだ。その表情には、長年の政治経験から得た知恵と、リリアへの信頼が滲んでいた。「心配するな」彼の声は温かく、リリアを安心させるものだった。「話の辻褄は私が合わせる。仮にオルドサーヴィスが君の言葉を疑って事情を探ったとしても問題ない。セレフィナ様は巧妙に動きを隠しているはず、とでも言っておけば嘘が露見することはないだろう」


彼は一息つき、続けた。その言葉には、今後の具体的な行動指針が示されていた。「君の役目は、ダリオンとの会談を手配することだ。その場で、我々の協力体制を示したい」


リリアは静かに頷いた。彼女の瞳には、新たな決意の光が宿っていた。オルフィウスの言葉に、彼女の心は確かな方向性を見出したのだ。「承知いたしました。責任を持って手配いたします」


オルフィウスはゆっくりと立ち上がり、リリアに近づいた。彼は優しく、しかし力強く彼女の肩に手を置いた。その仕草には、リリアへの信頼と期待が込められていた。「君の勇気と決断力に感謝する。君なくして、この危機は乗り越えられないだろう」


リリアはオルフィウスの言葉に心を打たれ、新たな勇気が湧き上がるのを感じた。彼女は、自分がサテライトの運命を左右する重要な局面に立っていることを、今まで以上に痛感していた。その認識は、彼女の心に重い責任感と同時に、使命感をもたらした。


統治機構の建物を出ると、サテライトの冷たい風が、リリアの頬を優しく撫でた。黄金の平原サテライトの乾燥した空気が、彼女の肌を刺すように感じられた。リリアは一歩ずつ、確かな足取りで未来へと歩みを進めた。彼女の背後には、統治機構の扉が静かに閉じられる音が響いた。


リリアの心の中で、オルドサーヴィスへの忠誠と、サテライトの未来への希望が交錯していた。彼女は、自らの行動が引き起こす可能性のある結果を想像しながら、運命の会談に向けた準備を進めるべく、オルドサーヴィスの本部へと向かったのであった。


黄金の平原の上空では、夕陽が地平線に沈みゆく。その光景は、まるでリリアたちが今まさに歩み出そうとしている、未知なる未来への道程を象徴しているかのようだった。サテライトの運命は、今や彼女の手の中にあった。そして、その運命がどのような形を取るかは、これからの彼女の行動にかかっているのだ。

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