第4話:別離の庭園☑

初夏の陽光が、年月を刻んだ石畳を優しく照らし出す黄金の平原サテライト。そのやや外れに位置するオルドサーヴィス本部の広大な闘技場は、卒院を迎えた若者たちの集いの場と化していた。壮麗な建築様式を誇るこの場所は、平時は秩序行使業者の訓練場として使用されていたが、今日ばかりは別の目的で賑わっていた。


闘技場の周囲には、古代ローマを思わせる円形の観覧席が広がり、その最上段には緑濃い樹々が植えられ、自然と人工の調和を象徴していた。聳え立つ石柱の間を縫うように、そよ風が吹き抜け、若葉のざわめきと共に、鳥のさえずりが微かに聞こえてくる。


人々の声が交錯する中、喜びと悲しみが入り混じった複雑な空気が漂っていた。その光景の中心に佇む一人の少女、リリア・ハーヴェイの心中は、まさに矛盾する感情の渦であった。彼女の身に纏うオルドサーヴィスの紋章が刻まれた新しい制服は、深緑色の生地に金糸で精巧に刺繍された組織の象徴であり、未来への希望を表すと同時に、これまでの生活との決別を意味するものでもあった。


リリアの澄んだ緑色の瞳には、オルドサーヴィスへの加入を許可された喜びと、築き上げてきた絆との別れを告げる悲しみが映し出されていた。彼女の長い黒髪は、緊張と興奮で僅かに湿り気を帯び、頬には淡い紅潮が浮かんでいた。


「リリア、元気でね。」


その声に振り向くと、幼馴染のカルロス・モンテスの姿があった。カルロスは、リリアと同じく孤児院で育った少年で、心優しい性格と聡明さで知られていた。彼の褐色の肌は、屋外での活動を好む性格を物語り、優しげな茶色の瞳には、別れの寂しさと新たな未来への期待が入り混じっていた。


カルロスもまた、リリアとは別の道を歩むこととなった一人だ。武の才にこそ恵まれなかったものの、彼の知性は周囲の大人たちからも一目置かれるほどだった。しかし、オルドサーヴィスの孤児院には実学に関する教育体制が整っておらず、それらの時間は全て身体づくりに充てられていた。


この教育方針は、オルドサーヴィスの創設者であるヘクター・グリムウォルドが定めたものだった。彼は、孤児たちを純粋な戦力として育成することを目的とし、余計な知識は不要だと考えていた。「教育は組織に入ることを許された者にだけ与えればよい」というのが、オルドサーヴィスの揺るぎない伝統となっていた。当時のオルドサーヴィスは秩序行使業者としての活動がその事業の殆どを占めており、如何にして武力を充実させるかが最優先課題であった。オルドサーヴィスの事業展開が進む現在では状況に変化が見られるものの、現状では伝統が維持されていたのである。


リリアは目の前のカルロスの顔をじっと見つめた。「カルロス、あなたも元気で。」彼女の声は僅かに震えたが、それでも微笑みを浮かべた。


カルロスの肩越しに、遠く孤児院の中庭が見えた。「希望の園」と呼ばれるその場所では、他の孤児たちが無邪気に遊んでいた。中央には、オルドサーヴィスの創設者ヘクターの銅像が立ち、その周りを取り囲むように色とりどりの花壇が配されている。子供たちの笑い声が響き、彼らの純粋な楽しさが広がっていたが、その背後には見えない重圧が存在していた。


カルロスは拳を握りしめ、決意を込めてリリアに言った。「俺、ここを出てもっと大きな世界を見てくるよ。そしていつか、みんなを助けられるような存在になるんだ。」


リリアはカルロスの言葉に力を得て、彼の決意を信じた。「そうね、カルロスならできるわ。あなたの知恵と優しさで、きっと大勢の人を救えるはずよ。」


カルロスは少しだけ恥ずかしそうに笑ったが、その目には確固たる意思が宿っていた。「ありがとう、リリア。君も、ここで強く生きて。俺たちの夢は、いつか必ず実現するから。」


二人はしばしの間、無言のまま見つめ合い、互いの未来を祈った。カルロスが去った後、リリアは次々と別れを告げる仲間たちの元へ歩み寄った。


「またね、リリア。オルドサーヴィスでの成功を祈ってる。」

「ありがとう、君も元気でね。」


一つ一つの言葉が、リリアの心に深く刻まれていく。別れの瞬間は、たとえ短くとも永遠のように感じられた。


オルドサーヴィスの孤児院「希望の家」は、黄金の平原サテライトの市街地に位置する巨大な建造物だった。その威厳ある外観は、まるで中世の城塞のようであり、高い塀と堅牢な門扉が、内部の子供たちを外界から守っているかのようだった。


この場所は、リリアたちにとっての出発点であり、試練の場であった。厳しい訓練と規律正しい生活の中で、彼らは心身ともに鍛えられてきた。「希望の家」の標語である「強さは慈しみから生まれる」の精神のもと、孤児たちは互いに支え合い、成長してきたのだ。


リリアとカルロス、そして他の孤児たちは、それぞれの未来に向かって進むべく、この厳しい環境で育ってきた。彼らの前には、未知の世界が広がっている。オルドサーヴィスの一員として秩序の維持に尽力するか、あるいは全く別の道を選ぶか。その選択は、彼らの人生を大きく左右することになるだろう。


リリアの胸中では、新生活への期待と別れの寂しさが拮抗していた。しかし、その複雑な思いを抱えながらも、彼女は前進する決意を新たにした。その背中を押すかのように、柔らかな風が吹き抜け、未来への道を照らしているかのようであった。


全ての別れを終えた彼女は、静かにその場を後にした。闘技場の出口に立つリリアの姿は、夕陽に照らされて長く伸び、その影は未来へと続く道を指し示しているかのようだった。彼女の瞳には、決意と覚悟が宿っている。これから始まる新しい人生に向けて、リリアは一歩を踏み出した。その先に広がる未知の世界に向かって。

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