《連載中》波乱の黒騎士は我がまま聖女を甘く蕩かす〜やり直しの求愛は拒否します!

七瀬みお@配信中・コミカライズ進行中

Prologue(1)《2025.05.22/Prologue加筆》



ムーンライトノベルズにて

TL版『波乱の黒騎士は我がまま聖女を甘く蕩かす〜やり直しの求愛は拒否します!』連載に伴い、カクヨム版本編もR15感強め、改題のうえ加筆修正いたします。


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 地を埋め尽くしていた敵の騎士や兵士が一瞬のうちに吹き飛ばされ、まるで蜘蛛の子を散らすように大地に散った。

 或る者は枯葉のようにカラカラと宙を舞い、或る者は圧倒的な風圧によって顔面ごと身体を地表にを叩きつけられ身動きが取れずにいる。敵国の数多の馬が足を折って倒れた。


 漆黒の甲冑に身を包んだ長身のレオヴァルトが振り下ろしたばかりの大剣からは、鈍色の光が迸っている。

 敵は──アルハンメル王家の軍神と呼ばれるレオヴァルトの、圧倒的な魔力を前に大きく体勢を崩したように見えた。


「くそ、退避だ! 引け、引け────!!」


 敵国ランガンの将軍が叫び声に似た号令を上げれば、負傷した兵士たちが命からがら足を引き摺って地平線の向こう側に逃れていった。


「追いますか?」


 副将ゲオルクの問いかけに、レオヴァルトは涼しげに目元を細めて言う。


「いや、放っておけ。敵は虫の息、もはやランガンに戦う力あらず。それより……負傷者の数は?」


 表情を変えぬまま問いかけたレオヴァルトに、ゲオルクは伏した目元に暗い影を落とし、落胆のままに双眸を伏せて首を横に振った。


「死人の数も確実に増えております。ランガンですらこの有様。ザイールのような大国が相手だと、我が軍もどこまで持ち堪えられるか」


「……そうか」


 顔を覆う甲冑の下で苦々しげに眉間に皺を寄せたレオヴァルトだが、気持ちを切り替えるように一度ぐっと目を閉じた。

 眼裏に映るのは、聖女ユフィリアの少女のように無邪気な笑顔だ。


「案じるな、ゲオルク。は、まだ残されている」


 他の馬たちよりもひときわ身体の大きな黒馬の歩みを妨げぬよう、下っ端の騎士たちが左右に道を開ける。

 黒馬の背に揺られたレオヴァルトは、ゆったりと馬の足を止めると頭部を覆っていた兜を外して「はっ」と息を吐いた。


「ユフィリアは? 私の妃はどこだ」


 現れたのは、一振りの美しいやいばを連想させる鋭利さを備えた端正な面差しだ。

 滑らかな肌に切れ長の黄金の瞳、すっと通った高い鼻梁、薄い唇。背まで伸ばした黒灰色の髪をざっくりと首の後ろで纏めている。

 屈強な青年騎士であるのに余りある色気を漂わせているのは、無造作に靡く後れ毛の所為だろうか。


「オオオオ……!」


 アルハンメル軍の騎士たちが剣を振り翳しながら勝利の雄叫びを上げる──……が。


「レオヴァルト殿下、奥方様が」

「何だと……?」


 突然に後方から降ってきた叫び声に、大きく見開かれたレオヴァルトの琥珀色の怜悧な視線が振り返る。

 間髪を入れずに手綱が引かれ、彼を乗せた黒馬が嘶きとともにたてがみを黒々と靡かせ、血に染まった大地を蹴って駈け出した。





「ちょっと、変なとこ触んなっ、この馬鹿、カス! 放せ、放せってば……!」

 

 アルハンメル軍に背を向けて馬を走らせるのは、敵国ランガンの巨体の騎士。その片腕に抱えられ、戦慄の戦場にはおおよそ似つかわしくないそうな女が、聖衣から飛び出した手足をしこたまバタつかせている。


「夫にも指一本触れさせたこと無いんだぞ?! 変態!! 魔物に喰われろ、このバカデカカボチャっっ」


 あらゆる悪態をついて身体をくねらせるものの、大木のような敵兵はものともしない。むしろ呆れた顔をしている。


「やたら下品な女だな……お前ほんとに大陸に名を馳せる大聖女ユフィリア本人か?」

「あほ! 私の活躍を見てなかったの……ってどうでもいいけど、私をどこに連れてく気? とっとと離せ! 解放しろ! 死にたいのかっ」

「気張ってられるのも今のうちだ、お嬢ちゃん。なにせ意識低下を促す媚薬を嗅がせたからなぁ。すぐに効いてくると思うぜ?」

「お嬢ちゃん言うな! れっきとした成人女性だ、十八歳だ! お嬢様と呼べーっ」


 じたばた、じたばた。

 そんな危機に直面していても、ユフィリアの声色にはまだ余裕があった。

 その理由は彼女自身も心得ている、何故なら。


「一応、忠告はしたよ? あんたなんか、どうなったって知らないんだからっ」

「フハハ! 怖いのか? 震えているな。じゃじゃ馬聖女が可愛いじゃないか。将軍様の手にかかる前に可愛がってやるよ。アルハンメルの第二王子に嫁ぎながら生娘だと言う噂は嘘くさいが、真偽の程は今夜じっくり確かめてやろう、ウ……ン…………ッッ」

 

 ──シュッ


 と、ユフィリアの頭上で何かが擦れるような音がした。

 見れば馬の前方に向かって黄金の光が真一文字に伸びている。


 ドッ、と鈍い音が続く。一瞬の間があった。


「ひあっっ?!」


 見上げた騎士の首から上には、血飛沫と、澄み渡った空があった。

 馬の背後に丸っこい石のような何かが転がっていく。けれど、ユフィリアの身体は硬直した騎士の腕に抱えられたままだ。


「ユフィリア!」


 聞き慣れた声が背後から追ってくる。切羽詰まった、どこか不安そうな声。

 刹那、彼は今こんな表情かおをしているだろう、なんて想像してしまう……声色と同じの、不安と心配でいっぱいな顔だ。


「レオ……?」


 反射的に振り返る。

 魔力がジリジリと帯電するように帯びる長剣を、腰元の鞘に収めながら突進してくるレオヴァルトの姿を確かに認めた、その時。

 ユフィリアを抱えていた首なしの騎士の腕の力がずるりと弛緩した。


 あっ、と声を上げる間も無く、身体が堕ちていく──。

 馬の足音が消える。まるで時が止まったような静寂に包まれている、とても不思議な感覚だ。


 研ぎ澄まされた静寂のなか、青白く輝く光に包まれたユフィリアの身体は、虚空に留まっていた。

 ガガッ、と唐突に轟音が戻る。ユフィリアの好きな筋肉質の力強い二の腕が、浮いた身体をしっかりと捕まえてくれたのがわかる。


 そう言えば、と思い出す。


 前にもこんなことがあったっけ。

 木から落ちた鳥の雛を助けて、今度は私が木から降りられなくなってた時。レオが私を木の下で受け止めてくれて──。

 思えば、互いの身体に触れたのは、あれが初めてだった。


「ユフィリア、無事か?!」


 レオヴァルトが素早く敵側の背後に結界を張ったのがわかる。相変わらず抜かりが無い。

 敵兵に背を向けて走る馬の背に揺られながら、ぎゅうっと閉じていた目を開けた。

 ほら、やっぱり。

 

「レオったら、心配そうな、顔してる」

「心配してるんだから当然だ……!」

「と言うか……やりすぎだよ……また一つの命を奪った」

「いや、あなたに触れた輩は切り刻んで魔獣の餌にしたって生ぬるい」


 なぜだかとてもぼうっとしていて、目の前にある端正な顔がぼやけて見える。

 そういえば、あのくそったれ騎士が媚薬を嗅がせたとか何とかほざいていたっけ。


「放せって、忠告……したんだよ? レオは私を攫った奴を……きっと許さないから」

 

 ──これは妄言? それとも、ちゃんと言葉にできていたのかな。

 黒馬が賭ける大地には無数の屍が転がっている。つい数時間前まで、温かな血の通った生身の人間として息をしていた者たちだ。

 死と隣り合わせの戦場で、どんな危険が迫った時もレオが盾となって必ず私を守ってくれた。だからこそ私は、こうして脆く儚い命を今日まで繋いで来られたのだ。


 そう……レオヴァルトはユフィリアに手を触れようとする者を決して許さなかった。


「どうした、奴に何かされたのか?!」


 遠のく意識の中であっても、ユフィリアの指先はレオヴァルトの柔らかな頬を求めて彷徨っている。

 その指先を裏切る事なく大きな手のひらが捕まえて、望むまま自分の頬にあてがってくれる。


「ううん……たぶん平気……薬を……盛られただけ、だから」

「すまなかったな、私としたことがあなたから目を離してしまった。すぐ解毒してやるから、抗え! できるだけ意識を保て、ユフィリア!」


 ああ、遠のいてしまう彼の声の代わりに、波のように押し寄せるこの幸福感はどこから来るのだろう。

 レオヴァルトが身を案じてくれている。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しい。


 ──聖女である私が、人を殺める行為を黙認する罪深さに気付いている。私は、もう知っている。レオヴァルト、つまりは夫に対するこの気持ちが、恋心だと。


「私はスペアを望まぬ。よって、私があなたを抱くことはない」


 レオヴァルトに宣言された初夜。

 互いに望まぬ結婚を強いられたあの日から、怒涛の一年が過ぎようとしていた。


 


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