フジツボユニットからの帰還

あまるん

第1話 

フジツボというのは貝に似た形をしているが、本当はエビやカニの仲間だ。幼い頃はエビやカニの子供みたいにプランクトンや半円の形をしているが、いい定着場所を見つけるとフジツボユニットのように岩にコンクリートを定着させる。

フジツボは便利なことに雌雄同体だが、基本的には結婚する。しかも、結婚するのは隣のフジツボという世間の狭さだ。

「それだったら最初から自分で子供作ればいいのに…!」

別部署の同期とボイスチャットで雑談していたKAITOは、フジツボユニットの照明モードがワークタイムに切り替わるのに気づくとマイクを切った。

部屋の中央のベッドから降りると、六面体の室内で尖った側というか、ワークチェアのあるスペースに動く。顔にフィットする仮面をつけて、VRモードに切り替えた。その一連の動きをして立ち上がるとワークチェアには座らず、慣れた仕草でモーニングの食べ残しと包装材を排出ポットに捨ててしまう。仕事はスタンディング派だ。

音楽を選び、仕事用の架空フォルダを開く。タスクを整理してると他のユニットのメンバーもポータルに自分のアバターを出している。何人かでかかるタイプのジョブがあれば仲間を呼び寄せる。基本的に処理力が高いフジツボユニット仲間と仕事をしたい。チームワークが高まると仕事の解決力が表示されてボーナスポイントが貰えるのだ。

仕事が終わるとディナーを取り、そこからはKAITOは反対の尖った側にある3点ユニットバスに赴く。湧水で丹念に全身を洗い、寝巻きに着替える。バスルームの外からモーター音がした。透明なパネル越しにロボットアームが出てきて、まずベッドに着地し、シーツを巻き取る。アームの先の爪が外れると室内に液体を満たして一気に洗い上げるとその液体をたちまち吸い込み、一気に温風で乾かす。それから先端はまたシーツを排出してベッドに広げてから出ていく。

掃除後は仮面も椅子も液体の勢いで壁に固着している。KAITOはバスルームを出て、二つを剥がして元の位置に戻した。室内は清潔な緑の匂いになっていた。

便利なロボットアームにはもちろん安全機能がついていてユニットの使用者がバスルームのパネルの中にいる時のみ機能する。

 しかしKAITOの保母は違うのよ…と、幼いKAITOたちを怖がらすフジツボユニット怪談をしていた。

「ときどきね、ロボットアームが誤作動してフジツボワーカーを刺しちゃうんだって…」

その話を聞くとKAITOは怖さのあまりおしっこを排出した。周りの園児たちも泣き出す。背の高い保母はそれを見て慈母の微笑みを浮かべる。それがKAITOの一番古い記憶だ。

たまに色々なフジツボユニット七不思議を聞くたびに、KAITOはフジツボユニット仲間に聞いてるがみんな知らない話だと首を横に振る。

 KAITOはそれ以来ベッドではよく寝られない。だからワークスペースチェアで寝落ちしてしまうことがよくあり、生活点がマイナスだった。

掃除が終わればKAITOの心臓は高鳴る。左右の壁のどちらかを開く時間になった。壁を開くのは女子からだ。フジツボユニットは異性で隣り合う構造になっている。昨日までいたMiaは一月のサイクルが終わる前にフジツボユニットを外されることになった。彼女はあまり仕事をこなすことに興味が持てないと言っていたので、やむを得ない。

KAITOは扉が開くのを待ったがいつまでも開く様子はない。女性は必ず扉を開くはずだし、開く前から濃厚なピンクの匂いがしてるはずだ。いつまで経っても緑の匂いのままだ。

 まさか、とKAITOは扉に近づいた。開く様子はないし、左右隣からは緑に少しピンクの匂いが混ざった香りが漏れている。間違いない。

「フジツボユニット怪談、左右が同性だ…!」

ユニットは基本的にロボットアームで上から積まれる。女性の異動サイクルは男性のより短く大体一ヶ月から半年でフジツボユニットを外れることになる。

その時にユニットの順番を入れ替えるのだが普通は左から男女男女と並べていくのをやっつけ仕事で左右から同時に並べ始めて、どこかで男女男男男女にしてしまったのだろう。

フジツボユニットでは、孤立ストレスを和らげるためお互いに話をしたり、それなりの接触をするが、肉体的接触が許されるのは異性だけだ。女性からしか開かない構造のため、ユニット構造が治るまでKAITOの扉が開くことはない。

KAITOは涙を拭う真似をしてVRを被りエラー報告をした。空いた時間ゲームを進めるうちにチェアで寝落ちしてしまった。

夜中に天井パネルが外れる音がした。ロボットアームが天井を開いたのだ。そのままベッドに爪を振り下ろし、シーツを巻き取る。シーツは破れ、そのまま爪の先から液体が抽出された。

オフィスチェアは壁に固着するが、そこで寝ていたKAITOは液体の中でもみくちゃにされる。不意に空気が手に触れたので、KAITOは慌てて天井に這い上がった。寝巻き一枚で、たまたまつけていたVRの仮面と共に。

仮面を外すとその勢いで隣のユニット上に滑ってしまった。自分のフジツボユニットに戻ろうとするが、KAITOのユニットはロボットアームに他のユニットから外されてしまった。代わりに他のユニットが取り付けられる。KAITOは息を吸い込んだ。新しいユニットはピンクの匂いがする。

(ロボットアームのエラー?それにしては取り付けがスムーズだ)

KAITOの保母の言葉が脳裏に蘇る。

(先生、どうやったらロボットアームは誤作動しないの?)

(誰よりもボーナスポイントをとること、それから生活点もちゃんととること。先生の言うことを聞かないとロボットアームが誤作動するよ)

KAITOは新しく嵌められたユニットを見て後退りする。ユニットを持ったアームは何台もあった。KAITOは自分のユニットを持ったロボットアームを追いかける。液体はすぐに乾き、裸足のままどこまでも続くフジツボユニットを歩いた。アームはユニットの端をめざしているようだ。

夜のサイクルが終わるまえになんとかユニットの端に追いついた。

KAITOは自分のユニットを持つロボットアームがしっかりとそれを握っているのを見てようやく諦めた。

(もう俺のユニットじゃないんだ)

ロボットアームたちが立ち並んで待機する壁の脇を通り過ぎる。いずれにせよ、ユニットが仕事はできない。

 ユニットにまた入れるのか?KAITOは他のユニットを持つロボットアームを見て、その甘い考えを捨てざるを得なかった。効率化をか高めてる中、空のユニットというものは本来存在しないのだ。

KAITOはこの部屋から出るための通路がずいぶん高い位置にあることに気づいた。ロボットアームたちはアームと液体が充填されているタンクとその下にある四枚のドローンの構造をしている。行儀良くしていると鷺に似ていた。並んでいる一台が動き出すと、みんな連なって高い位置にある入り口に飛び立つ。KAITOは一台のタンクに乗った。タンクは特にセンサーがない部位だったらしい。よろけながらそのロボットは飛び立ってくれて、アームは入り口を目指す。


入り口が開くと通路が続きロボットアームはドローンを縦にして車輪構造にすると滑らかに走り出した。

KAITOはそっと息を潜めてロボットアームに乗っていた。降りようにも顔に当たる風から速度は走る速度を超えてみえた。ロボットアームが止まると、その先に見たこともないほど顔の皮が弛んでいる背の高い人間がいた。

KAITOはその顔立ちを見ると身を縮めて隠れた。七不思議の一つ、顔弛みジジイに間違いない。ノロノロとした動きで歩き、何か入力してるようだがその道具も板状で恐ろしく遅い。マイナス点をつけられないかハラハラしてしまうほどだ。

 KAITOはジジイの脇を通る時はそっとロボットアームに隠れた。まさか体の一部が弛むまで生きている人間が本当にいるとは。

もしかするとフジツボユニット怪談や、仕事のテーマである「自立して災害で壊れる四角い家屋」や、「一日中ずっと一緒にいなくてはならないファミリー」も実在するのかもしれない。

KAITOはロボットアームに隠れて男の脇を抜ける。

ロボットアームの一台が不意に止まり、通路の扉を開けてくれる。そして走り去った。もしかすると女のロボットアームか?

 KAITOはロボットアームから離れて開けられた扉に入った。そこは緑の匂いがした。ピンクの匂いもする。天井は青く下は草が敷き詰められていた。光が壁からではなく一つの丸い光の球からさしている。

「あ、太陽だ」

KAITOは太陽を拡大してみようと空に向かって腕を開いた。

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