第3話

「抽出が難しいので、たいては精度の低いものが一般的な万能薬として流通している。人のみならず、植物にも、動物にも、細胞でつくられているもの全てに効く。これは、よそへは出さぬが、求めてわれらの国へ来たものには、神殿への捧げものと引き換えに、治癒の術を施す際に使われる」


 なるほど、とノアは思った。

 その捧げものというのが、この国の運営に必要な財宝であったり、技術であったり、時にはそれらを持った人であったりするのだなと見当がついた。


「琥珀、アンバーは、この国の支え。人目につかぬところで、しっかりとこの国を支えている。ゆえに神官長は、代々アンバーを名乗ることになっている」


 そう言ったロータスの表情が、心なしか曇ってみえた。


「アンバーとは、役職名なのですか」


 ロータスがうなづく。


「では、あの、ほかにも、本名ではなくて、そうした名を名のっている場合もあるのですね」

「この神殿に仕えるものは、みな、」


 と、ロータスが立ち止まった。


「ご覧になられよ。月光を養分とし、枯れることなく、恵みを授けてくださる」


 ロータスは愛おしそうに蜜色の瘤をまとった樹の幹を撫でさすった。

 と、ぶるぶると樹は震え、ごぼり、と音をたてて、琥珀の瘡蓋がはがれ落ちた。

 ねっとりと流動しているその塊は、それそのものが一つの生命体であるようにも見える。


「りっぱな恵みを、授けてくださった。早速、神殿に報告を」


 ロータスに命じられて、カストリウムは、ふん、と鼻を鳴らして、さっと姿をくらました。


「あの、ありがとうございます。どうして、わたしにいろいろ話してくれるのですか」


 ロータスは微笑んで、白い細い手をノアの頬に当てた。

 ノアは、その冷たさにびくりとした。


「あなたは、あたたかい」


 返す言葉が見当たらずノアは黙ってしまった。


「ここで生きていく神官は、自分の肉体の時間を遅く進める鍛錬をしている。少しでも長く、王に御仕えできるように」

「王って、とても、だいじな人なんですね」

「そう。ここでは、王が安寧なお気持ちであれば、全ての生けるものがその気を受けて、安らかに過ごすことができる。ゆえに、王の時空双子である存在も、また、たいせつにされねばならない。あなたの世界では、王はそのような存在ではないのか」

「わたしの国では、王様って、ちょっとこちらとは意味が違うみたい。他の国でも、現代ではそんなに自分を犠牲にしてまでお仕えするってことは、あるにはあるけど」


 ロータスはノアが言葉を選びながら一生懸命に喋っているのにじっと耳を傾けている。


「わたし、本当に、その、ここの王になる人の時空双子、なのかな」

「その首飾り、それが何よりの証。ただし、今は、まだ王を継ぐもの、王子、であるが」

「……」


 考えこんだノアに向って、ロータスが言葉を続ける。


「とにかく一度おもどりになられよ。アラバスターさまは現在行方知れず。もしやあなたの世界に迷いこんでいるのではないか」

「あ、実は、うちの猫に仮住まいしたことがあって、少し話したんです。でも、長くはこちらにいられないからってもどったはずなんです、こちらに。それで、わたし、探しにきたんです」

「だが、アラバスターさまは、ここにはおられぬ」


 ロータスの言葉にノアは言葉を失った。


 そんな馬鹿な。


 ノアは、香りを辿ってここに来たのだ。


 少なくとも、一度彼はここにもどったに違いない。


 それから再び何処かへ行ったのだろうか。


 もしくは自らの気配を封じて身を潜めているのだろうか。


「最後におわしたのがあなたの世界であれば、手がかりはそこにあるはず。その残り香を手がかりに、あなたの世界の座標から辿るしか、すべはない」            

「でも、彼はもどると言っていたので、最後にいたのはここだと思います」

「……」


 ロータスはしばし黙考し、それから口を開いた。


「時空双子である存在がここにいないとなると、あなたは危険な目にあいやすい状態となる。私といるかぎりはだいじょうぶだが、ずっといっしょにいるわけにもいかぬ。ここは、ひとまずあなたの世界へもどられるがよい。もどられてから、もう一度、そちらの世界での痕跡を探されるがよい」


 声は穏やかだが有無を言わせぬ威厳に、ノアはうなずくしかなかった。


「では、今、ここで」


 ロータスに促されノアは目を閉じて手順を思い出す。


 香り。


 そう、自分の香りの記憶さえ呼び覚ませば確実にもどることはできるはずだった。


「再びあいまみえるまで、息災に」


 ロータスの声を遠くに聞きながら、ノアはアロマダウジングに入っていった。




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