琥珀の森
第1話
「森と言っても、木があるわけじゃない。神殿の地下にある、神官たちの居住区のことなんだ」
「神殿の地下に住んでいるの」
「代々の王も住んでる。眠ってるってのが、正しいけど」
「それって、もしかして」
ノアは口ごもった。
「そう。代々の王のすまいは墓とも言うね。神官は、王に仕えているわけだから、起居をともにするのは自然なことだよ」
「あなたも、神官なの」
「ボクはそう思ってるけど」
「カストリウム、どういうつもりなんだ」
呼び止められ振り返ると、そこには、澄んだ冷ややかな声にふさわしい、すらりとした美しい人が立っていた。
銀色の髪が腰の辺りまで滑らかに流れ、薄暗い通路の中でもきらめいている。
髪そのものが微光を発する生きもののようだった。
ノアは息をのんで彼を見つめた。
「異界の人。時空双子として、ここへまいられたか」
瞬きを感じさせぬほど凍りついた瞳。
ノアは口がこわばり、声を発することができない。
かろうじてうなずくだけだった。
「ならば、そなたの時空双子の元へ、はやく行くがよい」
「ボクの時空双子なんだけどな、ロータス」
「おまえの時空双子のはずはないであろう。まるで共鳴しておらぬ」
「あ、言っちゃったね、ボク、これでも傷つきやすいんだよね」
「異界の人、そのものにかかずらわっていると、ろくなことはない」
表情を変えぬままのその人物に、ノアはどう答えたらよいか詰まってしまった。
その様子から察したのか、ロータスと呼ばれた人物は言葉をやわらげた。
「もし、お迷いならば、私のところへまいられるがよい。私は、ロータス。この神殿に仕える副神官。神殿の地下の月の庭の世話をしている」
「あ、はじめまして、わたし、ノアです」
「ボクはアラバスター、ノアの時空双子候補かな」
「カストリウム。彼は私の付き人見習いだ」
ロータスはカストリウムと呼んだ少年に厳しい視線を送った。
「見習いはひどいな。はたらきは、じゅうぶんだと思うんだけれど」
「そのものにはかまわず、さあ、まいられよ」
ロータスは、カストリウムにはもうかまわずに歩き出した。
ノアは後に続いた。
カストリウムと呼ばれた少年は、鼻歌を歌いながらついてくる。
それにしても、ロータスは、なんと優雅で麗しい人であろう。
なによりその長い髪から漂ってくる香りは、心の底の沈殿物をも溶かしてしまいそうな、清らかで強い聖なる力を感じさせる。
同じ長い髪をしていても、夢惣おじさんとはえらい違いだわ、と、くすりと笑ってから、ふいに夢惣の顔を思い出してノアは胸が痛んだ。
――まだぜんぜん未熟なのに、一人で来てしまって、ごめんなさい。
でも、わたしの時空双子は、わたしでなければ、助けられないんだもの。
とにかく、話だけでも聞かないことには、動きようがないんだもの――
ノアは、今、随分と大胆なことをしてるのだということに、自分ながら改めて驚いていた。
普段目立たぬように過ごしているのは、自分を知っている人たちに囲まれた日常では、人目を気にしてしまうから。
でも、ここは、ノアの日常ではない。
誰もノアのことを知らない。
だから、自分を出せる。
それは、自分にとってよいことなのだろうか。
わからない。
ただ、時空双子の世界を体験して、その体験を自分のものとして取り込めた人は、その後ちゃんと自分を保って出せるようになる、というのは叔父からきいていた。
取り込めなかった人がどうなっているのかは、怖くてきけなかった。
「そうした人は、そのこと全てと関わるのをいやがるんだ。科学的に証明できないから信じられない、その時ストレスが強くて心身の状態が普通ではなかったからそんな体験を勝手にしてしまったんだ、と言って決して認めようとしない」
夢惣は穏やかにけれど少し声のトーンを落として話し続ける。
「なかったことにしたいんだよ。アロマダウザーの存在自体も。気持ちはわかるけどね」
夢惣はノアの不安げな様子を察してくれていたものの、マイナスのことも伝えることはたいせつだからとそんな話をしてくれたのだ。
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