魔王の調べと勇者譚
にゃめたけ
プロローグ①
「あーあー聞こえてる? 画面はどうかな?」
》聞こえてる
》見えてるよー
》来ちゃ!
》おおおおお待ってた!!!
》マジで行ってんの?
》流石すぎ
ドローンの液晶に映し出された文字列を見て、男は柔和な笑みを浮かべる。
告知して間もなく始まった配信は既に同接者一万人を超えていた。それもそのはず。彼がいるそこは世界で初めて映し出される場所となるのだから。
彼––
「さて、告知にあった通り僕は今、新たに生まれたダンジョンにいる」
ダンジョン。五十年ほど前、突如として現れたソレは人々に多くの絶望と恐怖、そして神秘を与えた。当初はその脅威に手を焼いていたが、人々は次第にダンジョンへと適応していった。
今では皇の様にダンジョン探索を配信する者まで現れている。
どんな環境にも適応できる様に作られた超高性能配信用ドローンを見て、皇は高らかに叫ぶ。
「さあ見ろ人類! いつか見たあの景色は今再びここにある!」
そうドローンを彼と同じ視線の先へと振り向かせる。そしてそこに映る––
》は?
》……
》ん?
》んんん?
》これは…
》ただの、部屋?
》なんか変に広くね?
》なんもないじゃん
》皇騙したか?
》いやそれはない
「みんなが困惑するのも無理ないよ。なにせ僕らも同じ気持ちだからね。できる限りの準備を整え、覚悟を決めて飛び込んだ先にこれがあったんだから」
彼らが見たのはただ広いだけの空間だった。壁や床はこれまでダンジョンでよく見られた土によってできた物だ。しかし、それ以外“広い”という特徴以外のない空間が待ち受けていた。
皇がいるのは先日『天の声』によって宣告された新ダンジョン。名称はまだ付けられていない生まれたばかりのもの。しかし、その難度は今までに類を見ないSSランク。これまでの傾向から一階層目の時点で凶悪な環境や強大な魔獣が待ち構えていてもおかしくないはずだったのだが、入ってまず見たのがそんな空間だった。
とはいえ、全くなにもないわけではない。
彼はドローンのズーム機能を使用する。
「ただ本当に何もないわけじゃない。奥にはほら、ゲートがある」
》たしかに
》ならこの空間いらなくね?
》それな
「まあこの空間がなんなのかはまだ分からない。とにかく進まない事には始まらないだろう?」
「話は終わったのか? 皇」
「うん。待たせて悪かったよ。ああそうだみんな、僕はここに一人で来たわけじゃないんだ。告知には載せなかったがゲストを呼んでいる」
「よお、野郎ども。この馬鹿に呼ばれてきた」
皇から少し離れて立っていた女、
》狼凪じゃん!
》マジ!? あの一匹狼が!?
》うわクソ熱い展開
》やばっw
》相変わらずの軽装備で
》腹筋すげえなぁ
》叩っ斬られたい
》変な奴湧いたな
》いつもだろww
「うーん、配信を始めた時よりもコメントの速さがずっと違うなあ。なんでかなあ」
「はっ。どうせ馬鹿に見飽きたんだろうよ」
「牙さん。僕泣くよ?」
「お前みてえな馬鹿の泣くとこなんざ誰が見たいんだ」
「一応これから一緒に潜るパートナーなんだけど……」
舌打ちをして扉の方へ顎をやる彼女に、肩をすくめて見せる皇。配信では稀な組み合わせとそのやり取りにコメント欄は沸き立つが、すでに皇の視界にそれは入っていなかった。
浅く呼吸を繰り返し、速まる心臓の鼓動を落ち着かせる。二人の間には確かな緊張感と、未知への期待が満ち始める。
ゆっくりと慎重に、けれど強く確かに彼らは歩みを進めてゲートを潜っていく。
▼ ▼ ▼
「「……っ!」」
二人の視界に収まったのはダンジョンでは見慣れない景色。一面に広がる草原と雄大に広がる青い空だった。
思わず息を呑んでしまう二人と、同じ様に動きを止めるコメント欄。そんな中、先に状況を飲み込んだのは狼凪だった。
「皇」
静かに告げられたそれに皇は彼女に倣って周囲を警戒する。
多くの者がダンジョンへと足を踏み入れる今日、死亡事故は後を絶えないが、その要因として数えられる一つに次の階層へ足を踏み入れた瞬間の警戒不足が挙げられる。その階層を突破した達成感や安堵から気の緩みを抱えたままゲートを潜り、周囲への警戒を怠った結果不意打ちに対処しきれないまま……。というのが時折発生している。
周囲の気配を魔法的にも探った皇は改めて呼吸を整えた。
「どうやら周辺に魔獣はいないようだね」
「ああ」
「ん? どうかしたかい?」
「……いや」
なおも注意深く警戒を続ける狼凪に、皇も追従し周辺へ目をやる。本来ならあり得ない風に靡かれる草は、決して彼らの視界を遮るものではない。長くとも膝下ほどの草は、よほど小型の魔獣でなければ接近に気づかないなどあり得ないだろう。
だからこそ緊張の色が見える狼凪に一抹の不安を覚える皇だった。
あの何もない階層でもそうだった様にこの草原も進まなければ意味はない。そのために皇は再度狼凪へ声をかける。
「この環境ではあまり僕の魔法は有効じゃない。メインアタッカーを君に頼みたい」
「それは問題ねえよ。だが最悪は使え」
「ああ。それじゃあ先へ進もう」
》行くのか
》ここダンジョンなんだよな?
》ゲートから出てきたわけだし
》てか空どうなってんの?太陽とかあるわけ?
》いやそれよりも二人だけでいいのか?
》まあA級だし大丈夫だろ
やっと見ることのできたドローンの液晶では多くの視聴者が様々な意見を交わし合っていた。その中には二人を心配するものが見られるものの、ほとんどはこのダンジョンに対するものだった。
その中のいくつかについて皇は答えていく。
「まず空は地上で見るものとほとんど同じだよ。ただ太陽はない。どんな原理かは正しいことは分からないけど、通常のダンジョンにある照鉱石と似たものがあると思うよ。あと、周囲は見渡す限り草原。多少の隆起だったり窪地がある様だから完全な平坦ってわけじゃないみたい」
》なるほど
》見晴らしは適度にいいのか
》でも魔獣いないんでしょ?
》やっぱりこれまでのダンジョンとは異質な感じなのか
》さっきの部屋?もそうだけど意味ある?ここ
「はは。確かに異質だしどういった意図。まあダンジョンの意図なんて僕らには理解できないけど、何かあるとは思うんだ」
》意図とかまた変なの沸くぞw
》アイツらまた活動激しくなったよな
》天の声が数十年ぶりに聞こえたわけだし
》神とかよく分かんねえけど俺はいると思うね
》なにお前そっち?
》いやそうじゃねーよ
》そこ噛み付くなよw
》何かっていつもの勘?
「そんなところ。みんなも––」
「走るぞ皇」
視聴者とやりとりを続けていた皇に、狼凪は淡々と告げ走り出す。突然のことだったが、皇も実力でA級にまで上り詰めた探索者だ。すぐに彼女の後を追い駆ける。
なぜ彼女がそんな行動に出たのか、その答えは簡単に示される。
二人が走り出して十数秒、微かな地面の揺れが起きたかと思えば二人が元いた場所が土煙を高く上げ爆ぜた。
「皇っ!」
「〈ラウンドシールド〉」
皇はそれと同時に盾魔法を自身らの周囲に展開する。対象を囲む様にして対物理障壁を張る魔法である〈ラウンドシールド〉は、こうした咄嗟の使用でもその効果を期待できるため普段から愛用する魔法だった。故にその発動に淀みはなく、強度も充分なはずだった。
たった一度の瞬きの間に、彼らの眼前には巨木が迫っていた。そしてそれはそのまま障壁へとぶつかり、破砕音を立てて打ち砕いた。
咄嗟に発動した身体強化の魔法と障壁によって勢いが減った事により吹き飛ばされながらも、二人に致命的なダメージは入らなかった。
着地と同時に体制を立て直し、魔法を、剣を構える二人。彼らが見つめる先で土煙は晴れていく。そして巨木……いや長大な尾の持ち主が姿を現した。十数メーメルもの巨体とそれを覆う色褪せた鱗。地を掴む爪は鋭く、口の端からはいくつもの牙が覗いている。
「フラグ回収には早すぎるよ」
––––竜種。
それはダンジョンにおいて最強格の一つに数えられる魔獣だった。通常Bランク以上の下層でのみ姿を現すが、まだ二階層という浅さで見るのをイレギュラーもいいところだ。
並の探索者であれば接敵した時点で死を覚悟するが、そんな“絶望”の前には幾度となくそれを超えた者たちが立っている。
▼ ▼ ▼
》これ地竜?
》見た目はそうじゃね?
》あれってノロいって話では?
》うーんでもこれは…
》動けるデブじゃんww
どこかのんびりとしたコメント欄とは裏腹に地竜と相対する二人は、当初持っていた焦りを少しずつ落ち着かせていた。
「––––っし」
自身に身体強化の魔法をかけた狼凪は、男性でも持つ事すらやっとであろうという大剣を軽く扱っている。地竜から振るわれる爪は、通常のそれからすれば速いものの、奴以上に素早い魔獣はいくらでもいる。冷静に見極め避ければ、手にした大剣を構え振り落とす。
「〈グラビド〉っ!」
彼女の持つ魔法の一つ、重力魔法の熟練度はLV1だが、それでも質量に更なる加重を施す魔法は扱える。剛腕から放たれる斬撃は、それ以上の重み、速さ、鋭さを持って地竜の腕を切り裂いた。刀身の問題から切り落とすまではいかないが、それでも半分以上を斬っていた。
「gyruuuuuaaaa!」
劈くような雄叫びを上げ、地竜は身を引く。しかし魔獣の頂点に立つ種族は、ただでは引かない。身を引いた勢いを利用し半回、現れた時に見せた尾による薙ぎ払いを狼凪に振るう。
それに大剣を構えて迎え撃とうとするが、目の前に張られた障壁が両者を止める。
「真正面から迎え撃とうなんて君は何を考えてるんだ!」
「ああ? やつは所詮図体だけが取り柄の木偶の坊だろうが。叩き切ってやりゃあいい話だろ」
「いかに君の剣が優れていても、あの攻撃に合わせたら何があるか分からない」
「いや分かるね。オレが勝つ」
「はあ、どうして僕はこの人を呼んだんだ」
脚の一つの機能をほぼ失った地竜は足踏みをし、目の前に立つ“敵”の出方を伺っている。
皇たちも無駄口を挟みつつ地竜への警戒を怠ってはいなかった。
》まあ流石にか
》竜種とはいえ地竜だしね
》Aランク二人なら行ける
》いやコイツらがその中でも上澄みなだけだろ
》それw
コメント欄も流れ始めた空気感に盛り上がりを落ち着かせ始めた。
竜種に数えられる地竜だが、そのランクは彼らの中で唯一Bである。これは地竜に飛行能力がなく、その巨体が脅威なだけである点が挙げられる。それは極端な話、機敏性のあるトラックを相手にしているだけだからだ。一般人からすれば十分な脅威だが、物理的な破壊力しかないそれは探索者にとっていくらでもやりようのある相手だ。
また地竜には他の竜種に見られる『ブレス』がないのも特徴であり、それが脅威度を大きく下げてしまっている。
彼らが立つ周囲は、攻防によって大きく姿を変えていた。草は禿げ、土が所々掘り返されている。あの図体が動けばそうなる事は想像に容易く、皇の狙い通りであった。得意とする魔法を放ちやすくなったからだ。
「〈フレアランス〉」
彼の頭上に煌めく蒼炎が生まれ槍の形に成形される。そして、待機時間もないままに打ち出され地竜の前脚を貫く。炎槍の刺さった周囲は焼き爛れ、肉を焦がす臭いが充満する。再びの絶叫、動きを止め上半身にあたる部分を地に着ける。
「〈グラビド〉」
そこへ狼凪は遥か頭上から脳天へ大剣を突き立てた。
地竜の咆哮は次第に弱まり、完全に消える。
狼凪も大剣を引き抜くと、皇の元まで戻っていく。
「お疲れ様」
「あんま歯ごたえのねえ奴だったな」
「少し変わった個体のようだったけれど、地竜に変わりはないようだしね」
》いや一階層から地竜ですよ?
》想像はしてたけど並の探索者じゃそこも厳しくない?
》改めてトップ層なんだなって
》時間かかってなくて感覚狂いそう
》警戒大丈夫そ?
大剣などの装備を確認する狼凪の傍ら、皇は魔素を回復させるための薬品、ポーションを手に視聴者へと向いていた。
「警戒はしているよ。とはいえ知ってる人もいると思うけど竜種のいる周辺はほとんど魔獣がいないんだ」
魔獣というこれまでとは異なる生態系を確立した存在ではあるが、その習性には既存の生物に似た部分もある。その傾向は竜種などよりも狼や鳥などに似た魔獣の方が顕著に現れる。
つまり、魔獣という生態系における絶対的捕食者である彼らに狙われぬようにほとんどの魔獣は近づかないのだ。
とはいえ、物事に絶対はなく、警戒心をゼロにするという愚行は犯してはならない。
緊張感は解きつつ、皇は続ける。
「一階層から地竜というのは他のダンジョンでは聞いた事がない。SSランクダンジョンとはどんな物かと考えていたけど、想定以上にこの先は厳しそうだ」
ポーションを飲みつつ、苦笑いを浮かべる彼に視聴者の多くが賛同する。
ダンジョンでは下の階層に行けば行くほど魔獣や環境の危険度が増していく。これまでダンジョンの主という立場にあった竜種が最初に待ち構えているとあれば、その先にある場所は想像を絶する脅威がある事になる。
》これ『氾濫』とか大丈夫なの?
》政府も日本だけの対応とかしてる場合じゃなくね?
》でも他の国が協力してくれるか微妙だろ
》向こうも自国のことあるしな
》“記録者”《レコーダー》ならワンチャン
》要請とかの前に自分から来るでしょw
「その辺りはまた協会に任せるとして。狼凪君、君の方は––––」
そう言葉を投げかけ、
「それがドローンって機械か」
何者かの声が割り込む。
》誰?
》王子たち以外に誰か来てんの?
》それなら皇と一緒に来てた方がよくね?
ハプニングにコメント欄がざわつき始めるが、その場にいる皇と狼凪は動けずにいた。
警戒は怠っていなかった。自分たちの探知を潜り抜け何の気配も音もせずに近づくなど容易ではない事は彼らがもっともわかっている。だからこそ、乱入者がいる事に驚きを隠せないでいた。何よりも、第六感とも呼ぶべき警鐘が二人の中で最大級に鳴り響いている。
「あ? 違うのか? 頭が見せてくれたヤツと似てると思うんだがなあ。……お?」
そんな中、呑気に話す男(?)はドローンの液晶に映る文字列を見つける。
》なにコイツ?
》見た事ないけど探索者?
》知らねえ
》てか肌めっちゃ赤い
》王子たちどうしたん?
》反応ないな
》ん?
》あれ
》コイツの額…
次第に加速するコメント欄だが、画面に映る存在の異質さにも気づき始める。乱入者の肌はおよそ人とは思えない色をしており、何よりその額には天へ伸びる角が生えていた。
止まらないコメントに乱入者は獰猛な笑みを浮かべ言う。
「で、あんたらで強えのはどっちだ?」
「ああああああああっ!」
硬直を振り解いたのはまたも狼凪だった。身体強化の魔法を自身の魔素量など考慮せずにかけ肉薄し、まさに全身全霊の一閃を放たんと大剣を振り抜いた。
だが、何の衝撃もないまま空を斬るような感覚に彼女は襲われる。
「いい動きだが足りねえな。にしても中々の逸品だなこりゃあ。向こうでもそう見ねえ剣だ」
唇の端を吊り上げて、彼女の持っていた大剣をその腕ごと男は持っていた。
いつ、どうやって、なぜ背後にいるのか、それよりもあそこにあるのは自分の腕なのか、狼凪はその事実を数瞬遅れて認識し叫ぶ。肘から引きちぎられた思しき腕からは血が滴り、彼女の残った腕も地面を赤く染める。
すでに十分な回復魔法をかける魔素も残っておらず、身体強化の魔法もまた効力を失い始めていた。
それでも彼女は男へと駆ける。極端な魔素量低下によって意識が朦朧とするばすだが、獲物を見つけた獅子の如き歪んだ笑みだった。
それに男は目の色を変える。
「いい顔だ。テメェが辿り着くのを待つ」
「狼凪君!」
男が消えたかと思えば、大剣を振り下ろした姿勢のまま狼凪の目の前に現れる。
彼女の左肩から右脇腹にかけて赤い線が入り、そのままズルりと半身がズレ落ちる。
男は転がる死体を一瞥し、そのまま皇へ意識を向ける。
「さて、後はテメェだな」
「ははっ、君は、いったい」
「んだよ、テメェも満身創痍か」
皇は鼻血を出し、顔色も酷く悪い。膝を地につけ何とか倒れないではいた。先の男による斬撃に彼もまた抵抗を見せたが、紙切れのように障壁ごと斬られてしまった。
彼女と同様に残存魔素など気にしない魔法だったが、現実はそう甘くなかった。地竜とはいえ竜種の攻撃にも耐えて見せた、その何倍もの強度を誇るであろう障壁は何の意味もなさなかった。
男は先ほどまで見せていた笑みを消し、退屈そうな表情を皇に向けている。息も絶え絶えで自身を見る皇を無視して大剣を地面に突き刺し、ドローンへと歩みを進める。
高速で流れていく文字列とその内容に込み上げる笑いを抑え、男は意気揚々と告げる。
「魔王配下、“六魔”が『一番槍』ノイド。テメェら俺を退屈させてくれるなよ。あの女みてえな気概を見せろ。……頭風に言やぁ『待っているぞ勇者たち』ってな」
そこで配信は切れる。
男が一瞬自分の事を見たかと思えば、そこで皇の意識もぶつりと途切れた。
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