クズ侯爵という呼び名を欲しいままにしていた俺が、実は『希代の英雄』であることが世間にバレてしまった

西本猫髭

賢者の理不尽

 プロローグ



 11月の中旬、秋風が穏やかに吹き、オレンジ色の沈みかけの太陽が青いはずの空を夕焼け色に染める。そのような空の下で砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを嗜む。


 彼――ファレオール・シュリーブスは自身に与えられた部屋のバルコニーで沈鬱な気分を隠そうともせずにコーヒーの苦味を受け入れる。とても鬱々とした表情だ。


 ロストディア王国


 この国は大陸の中でも随一とされる程の発展国の一つであり、この世界では最も面積が多い国なので食料の自給率は世界で最高峰。

 他国に食料や資源を多く輸出することで戦争を回避し、この大陸の列強の一つとして大きく発展してきたのである。


 そんなロストディア王国だが、今から2代前の国王、つまりファレオールの曽祖父にあたる人のいた時代の王が他国との数多くの外交により、技術的革新を果たしたことで軍事や研究といったこれまでのロストディア王国とは無縁といっても差し支えなかった技術を進歩させることに成功したのだ。


 そんな大国に生まれたのにも関わらず、何故ファルオールはこの様な暗い雰囲気を纏っているのか。それは彼の置かれた立場が瀬戸際とも言えるような状況だからだ。


 人には隠し事の1つや2つはある。これはどこでも聞くような言葉だが、正にファレオールはこの言葉に合致していると言えるだろう。

 そんな隠し事が世間に晒されてしまった。本来なら人生最大の大失態とも言えるような場合が多い中、ファレオールにとってはあまり不利益ではない――というよりかは世間的に見たら英雄的行動をしていたことが知られただけなのでむしろ良い印象しか抱かれない。


 だがしかし、ファレオール本人は目立つことを避けて行動していた。その秘密を知られては確実に目立ってしまうとわかっているため今まで隠し通してきたのである。


 そんな重要な秘密がバレた。それは彼にとっては大問題なわけで……。


 そんな理由から今彼は普段は飲まないコーヒーを無理矢理胃に流し込んでいるのだ。


「にげぇ…」

「砂糖5杯は入れたわよ」

「それでも苦い。やっぱり慣れないものを飲むのはよくないな」

「入れた人の気持ちも考えてくれない?」

「それはすまんかった。……まぁ、そのなんだ……俺は今、ひじょーに落ち込んでいる…。何故だかわかるか?」

「そういえば新聞で貴方の事が大々的に書かれていたわね。なんだっけ?『希代の英雄の正体はクズで名高いシュリーブス家嫡男のファレオール・シュリーブス』っていう見出しだったわね」

「もう答え言ってるんだよな…。はぁ」


 吐露するように大きな溜息をファレオールがつく。彼の表情は未だに優れず、テンションもいつもよりも元気がない。何よりも彼はもっとツッコミに覇気がある。


「それで、話を聞いてほしいの?」

「聞いてほしいような…、聞いてほしくないような…」

「どっちなのよ」

「どっちかって言うと聞いてほしい。だけど真実を知ったお前は俺を小馬鹿にするだろう」

「一体どんな内容なんでしょうね。まさか、酒によった勢いで『ジェネシスの外套』を人前で晒したわけがないわよね?そんなことをする程バカなわけがないわよね?」

「…………」


 ファレオールの心は最早崩壊寸前だった。自分の人間関係の中で一番近い距離にいる少女にもバカにされて、なんと哀れなことだろう。


 悔しいが、彼女が言った通りだ。


 先日、ファレオールは暇潰しと噂作りのためにシュリーブス侯爵家の領地の一つ、シュリーブス領内の中では最も栄えているアルネイルの酒場で見世物のように酒を飲んでいた。


 この見世物にされているという事実は自身でも当然想定していたことであり、むしろ狙ったまでもある。


 ファレオールは世間にクズ侯爵として名高い評価を受けている。それはファレオールの長い奮闘の末に獲得した名誉ある称号だ。


 もちろん、罵倒されたいドMでもなければ、目的があってクズに変装しなければいけないというわけでもない。

 ただ単に目立ちたくないのだ。この状況は見方を変えれば悪目立ちという風に捉えることもできよう。ただ称賛されるような評価が面倒臭いだけなので、高潔な理由があるわけでは一切ない。


 まぁ結局のところ、クズの評判を高めるために酒場に行った所存である。ただ、問題はそこではない。


 ファレオールが来たせいで酒場の客が皆席を立って出ていってしまったのである。それに申し訳なく思ったファレオールが十人分の食事と酒を注文して酔い潰れたのだ。


 その酔い潰れた勢いで普段活動している時の『ジェネシスの外套』を記者たちに見せびらかしてしまったのである。


 もちろんこの酔った勢いでやらかした内容も新聞に載せられていた。


 朝の朝刊を見たリールミシア・ヨルフェイクはすべての真実を後になって知ったのである。


「まったく…、何であんなアホみたいなことを…」

「お前メイドだろ」

「黙りなさい」

「グギャッ」


 突如、メイド服を着たメイドに主であるファレオールの首が絞められる。


 とても雇い主にするような事ではない態度を取る彼女はリールミシア・ヨルフェイク。愛称はリールだ。


 リールの容姿は水色の髪、紺碧の瞳、女神の彫像のような顔立ち、と、この世の美を集めたかのような容貌をしている。シミやニキビ一つない肌、スラッとした長いモデル体型の肢体、どこを取っても完璧の文字が入ってしまう。


 そのような絶世の美女がメイド服を着て自分に仕えてくれている。

 なんとも燃えるシチュエーションであろうか。


 最初はドギマギとすることなど日常茶飯事だった日々はもう既に昔の事。

 こうやって後ろから首を絞められて背中に胸が当たっていたとしても…。


 ムニュムニュ


「…………」

「?」


 もがいていたファレオールが急に大人しくなった事にリールはクエスチョンマークを頭に浮かべる。困惑が混じったせいで首に回されている腕の力が抜ける。


(この様なけしからん事を無意識で……)


「キュー」


 死にかけの鳥の鳴き声を上げたファレオールは、そのままぐったりとリールの胸にもたれるのだった。

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