勇者として召喚された飼い犬、私の言うことは聞かないっ!
アメノヒセカイ
1 異世界転移!
「はあはあ、……、待って。待ってヴィネガーちゃん!」
茶髪の女性がリードに手を伸ばしながら走る。リードの先には一匹の柴犬がいる。黒い毛並みはよく整っていて目の上の白い毛が眉のようでかわいらしい。
女性の名前は
犬の名前はヴィネガー。メスである。三年前にお迎えした黒い毛の柴犬で頭がよく芸もいくつかできる。お利口で八雲の母の言うことはしっかり聞くし父の指示も餌さえ与えれば素直に聞く。八雲の弟に関しては見つけ次第しっぽを振りながら寄ってくる。その姿はまさに忠犬で、弟が中学から帰る時間になるとヴィネガーは玄関で待つのだ。
ではどうしてリードが八雲から離れていくか?
それは簡単である。八雲は母から散歩を任された。ヴィネガーにとって八雲は飼い主というより群れの下っ端的な存在だからである。ことあるごとに睨み吠えて、八雲が餌を与えるまで噛みつこうと牙を剥く。つまり舐められているのだ。完全に格下扱いである。よってヴィネガー自身が走りたいと思えば八雲が止めることはできない。
「ワン!」
ヴィネガーが道の突き当たりから向きを変えて曲がっていく。八雲は息を切らしながら追う。
「ほんとにヴィネガーちゃん見失っちゃう。あんたうちの家族なんだから、私がいないと家に帰れないくせに。大好きでしょ、弟のこと。ほら、私から離れたらもう二度と帰れないからっ」
八雲は曲がり角でバランスを崩す。右足のつま先立ち、親指に力を入れて、かかとで耐えて、左足を踏み出す。蹴るようにしてさらに追う。長距離走って筋肉の縮小が遅れている。足をつるのも時間の問題か? その前に捕まえるしかない。それから必死に追いつく。
「あと少し!」
その先には横断歩道。目の前に見えるヴィネガーは舌を出して一心不乱に駆け出している。犬は人間ほど視力が良くないがそれにしても周りが見えていない。
ヴィネガー?
信号は赤。
ヴィネガーは後ろ足をバネにして一気に進む。
乗用車が丁度直進して。
「駄目!」
あ。
ああ。
気づいたときにはもう遅い。八雲はヴィネガーを追うように飛び出した。それにヴィネガーを押し退ける余裕はない。でももし八雲が轢かれるならヴィネガーは軽症だろう。
八雲はヴィネガーを見る。ヴィネガーと一瞬目が合った気がした。
「ごめん」
八雲はそう言って。横断歩道に乗用車が通り抜ける。
しかしどうだろうか?
過ぎた後、横断歩道には誰もいない。
一匹の犬も姿を消していた。
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