4-13. 尽き果てぬ傲慢

 一瞬で空気が変わる。


 特別小隊とリッドたちの力量差が歴然として離れていても、多少なりとも熱を帯びていた戦場が次の瞬間にはすっかりと冷え切ってしまった。半分以下にまで減った特別小隊は低級の亡霊でありながらもその表情に恐怖や怯えを滲ませ震えている。


 リッドもまた震えていた。


「……ジュイオ、どうして味方を斬った?」


「我の名を軽々しく——」


「どうして味方を斬った!」


 ただし、リッドの震えは憤りによるものだ。


 拳を震わせ、眉間にシワを寄せながら睨みつけるようにジュイオを真っ直ぐに見つめ、怒声のない静かなる怒りを身に纏い、感情を昂らせないように奥歯を噛みしめて口を真一文字にしている。


「リッドさ——」


 空気に耐えられず声を掛けようとするクレアの言葉は、途中でイライドの制止を受ける。イライドは静かにしていなさいと言わんばかりにクレアを見つめて首を小さく横に振った。


 ウィノーやハトオロもまた無言でリッドの出方を窺っている。


 ジュイオの怒りと意味は異なれど、リッドの発する怒りもまた彼の仲間たちに息を呑ませるに十分だった。


「使えないからだ」


 さも当然とした様子で、ジュイオが怒気混じりにそう短く答えた。


 その言葉を聞いた瞬間に、残った特別小隊の亡霊たちがビクンと1度身体を大きく跳ねさせる。逆らうことのできない完全なる隷属と化した彼らは、命や尊厳さえもジュイオに握られて、いとも簡単に躊躇も何もなく壊され潰されてしまう。


「上下関係はあるだろうが、仲間だろう?」


 リッドが分かりきっている顔で最後の確認とでも言いたげにその言葉を口にすると、ジュイオは口の端を小さく上げて笑った。


「そうか、お前は消耗品も仲間と呼ぶのだな?」


 ジュイオは足元に転がっていたボロボロの騎士剣を手に取り、こともなげにへし折ってそのまま足元に放り捨てた。騎士剣が無慈悲を嘆く叫びのように、カランカランカランと甲高い音を立てて地面に横たわった。


 彼なりの比喩表現だったのだろう。


 彼からすれば、特別小隊というものは味方であるものの、仲間ではないただの道具だった。使えなくなれば、折ろうが捨てようが一向にかまわないと言う代わりに、先ほどの騎士剣を折るパフォーマンスを見せつけたのだ。


 消耗品だと吐き捨てるように呼ばれて俯く特別小隊の亡霊たちに、クレアやエミハマスは唇を噛み涙が出そうになるほど同情を禁じ得なかった。


「よかった」


 リッドがフッと眉間のシワを戻した。彼は無表情のまま、少し視線を落として息を深く吸って、そして、吐いた。


 いまだに誰もが動けない膠着状態だが、張り詰めていたはずの空気が少しだけ緩くなる。


「ふむ?」


 ジュイオの目が不思議なものでも見ているかのようにリッドを品定めしている。ジュイオは口元に手を当て、リッドの言葉の意味を探っていた。


 リッドはニヤリとしてから、両腕の金属籠手ガントレットを打ち合わせてガンガンガンと音を鳴らし、静かになったところで再び戦闘の構えを取る。


「お前を気兼ねなく殴り倒せそうだからな」


 リッドの言葉によって、仲間たちの士気が上がる。ウィノーが姿勢を低くし、オティアンも構え始め、ハトオロも弦を何本か弾いて、クレアも【屍霊浄化ターン・アンデッド】の準備が整い、イライドもさらに魔力を高め、エミハマスはニコニコニコと笑顔で胸の前で両手を祈るように重ね合わせている。


 一方の特別小隊は戦意喪失気味でうな垂れているようにさえ見えてしまう。


 さすがのジュイオもこの状況には懸念を覚えるかと思いきや、彼のリッドを見る目が不思議なものを見る目から侮蔑に満ちた冷ややかな目へと移り変わっていった。


「くくっ……ははははは! 不遜! 実に不遜! 我を倒すだと? どこぞの名もなき拳闘士風情が! 雑魚を難なく倒せるだけで思い上がるな!」


 ジュイオが自らの腰に携えていた剣を引き抜いた。その剣は刀身こそ騎士剣と同じだが、幅と厚みが騎士剣の数倍ほどブロードソードだ。その大きさに伴って重さもあるはずだが、彼は小枝を振り回すかのように難なく片手で扱っていた。


「UUU……」

「AAA……」

「GUUU……」


 主君ジュイオの出陣。


 その姿に特別小隊の亡霊たちも騎士剣を再び握って構え始める。たとえ、主君から消耗品扱いされようと、護衛騎士としての矜持に変わりがないようだ。先ほどまでの重苦しい空気は消えうせて、再び熱のこもった雰囲気が部屋中に立ち込める。


 数の上では半分以下に落ちたものの、気迫だけなら戦闘開始時よりもずっと大きくなっていた。


「特別小隊よ、眼前の不届き者たちに構うな、エミハマスを捕えることに終始せよ。その者どもは、我が直々に相手してやろう」


 その言葉とともにジュイオが駆けた。


 先ほどまで最後尾にいたはずの彼が特別小隊の中をすり抜けて、黒色のマントをはためかせながらあっという間にリッドたちの前まで現れた。


「速っ!?」


 ウィノーは素直にその言葉を口にした。


「我の動きに反応はできるようだな」


 先ほどまで最奥から声を出していたはずのジュイオが今、警戒していたリッドにブロードソードを力任せに振るおうとしている。


 リッドが左腕を斜めに突き出して、ブロードソードの刀身を受け流そうとした。


「ぐっ!」


 リッドは左腕の金属籠手ガントレットでブロードソードを滑らしていくも、その重たい一撃に思わず膝が屈しそうになっている。


「今私の歌で強化を——」


 ハトオロが再び【吟遊詩人のバーディク・知る城壁プロテクション】を奏でようとした矢先、そのリッドの前にいたはずのジュイオが音もなく消えていて、次の瞬間にはハトオロの前に立ちはだかっている。


「ハトオロ!」


 リッドの叫びとほぼ同時に、ジュイオは楽器を構えてがら空きになっていたハトオロの脇腹を抉るような回し蹴りを放った。


「がっ!?」


 ブロードソードの切っ先に気を取られていて蹴りまで警戒できていなかったハトオロは、不意の攻撃でまるでゴムボールのように簡単に吹き飛ばされて、壁に激しく打ちつけられてめりこんでいった。


「静まれ雑音、耳障りだ」


 ジュイオの酷く冷たい声が侮蔑の気配とともにハトオロへと突き刺さっていく。


「がはっ……ぐっ……ぎっ……はあ……はあ……」


 ハトオロは美形の顔を痛みでぐしゃぐしゃに歪ませながら、脇腹を押さえて静かにのたうち回っている。楽器を傷つかないように大事そうに抱えているが、とても演奏ができるような状態ではなかった。


 リッドがとっさにハトオロへ待機の合図を出した直後、オティアンがジュイオへと魔法剣で斬りかかった。


「ずええええいっ! ぬぬぐっ!?」


 ジュイオのブロードソードが若干の魔力を帯びてオティアンの魔法剣を真っ向から受け止めた。


 2人は真っ直ぐにお互いを見据える。


 何度か切り結んだ後に、再び時が止まったように数秒の鍔迫り合いとなって次の一手を出せない中、ジュイオが不意に笑った。


「さすが『白銀狼』と言わざるを得ない。が、こんなものか?」


「ぬぐぐぐぐぐっ……」


 剣の重量か、はたまた、年齢による腕力差か。


 拮抗していたはずのジュイオとオティアンは今、ジュイオが押す形で徐々に形勢が移り変わっていく。


「特別小隊に比べて、段違いに強いニャ!」


 ウィノーが思わず叫んでしまったように、ジュイオは強かった。


 リッドやオティアンを相手取っても不足のない動きと力を有し、強者としての大立ち回りを披露している。特別小隊がC級冒険者クラスの寄せ集めだとすれば、ジュイオは間違いなくA級冒険者の力量である。


「オティアン! くっ、亡霊たちが——」


 リッドがオティアンの劣勢を知りつつも視線をエミハマスやクレア、イライドの方へと亡霊たちに向けると、突如としてジュイオがリッドの目の前に現れる。


 リッドは咄嗟にバックステップを使って後退した。


 リッドのいた場所にはブロードソードの一太刀が振り下ろされている。一瞬でも遅かったら、リッドが真っ二つに切り裂かれていたと思わせるほどの強く早い攻撃だった。


「貴様に人に構う余裕などない」


 リッドが再度バックステップで下がると、切り上げ攻撃がリッドの鼻先から数センチ離れた程度のところで軌跡を描いていた。


 ジュイオの「よそ見をしている暇などない」という物言いは何も間違っていない。


 油断すればリッドもただでは済まされないほどに、ジュイオは強すぎた。


「くっ!」


 ジュイオの振り下ろしと切り上げの連続攻撃に、リッドはバックステップとサイドステップを駆使してすんでのところですべてを避けていく。


「我を前にして、助けに行けると思うな」


 ジュイオのそのセリフに、リッドが意趣返しとばかりに不敵な笑みを浮かべている。


「何か勘違いしているな?」


「……なに?」


 ジュイオの疑問に、リッドとクレアが目配せしてから、答え合わせをするように2人が頷きあう。


「俺は仲間を信じている。クレア、頼むぞ!」


「はい! 【屍霊浄化ターン・アンデッド】!」


 先行して迫りくる数体の亡霊たちを前に、クレアの身体が仄かに光って【屍霊浄化ターン・アンデッド】を発動させた。

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