1-11. 嗤う矮小な悪
クレアは自分の腕を掴んでいる男の手を振りほどこうとして、腕をぶんぶんと大きく揺らしてみるもその甲斐虚しく振りほどけずに終わる。それどころか、彼女自身の胸が腕と一緒に揺れてしまったことで男たちの欲望をさらに掻き立ててしまっていた。
男たちのその厭らしい目つきによって、彼女は背筋を凍らせて、ぞわぞわとした嫌悪感を歪んだ表情で露わにする。
「…………」
ウィノーは機会を窺っている。暗がりの中で、そのオフホワイトの身体は目立つかと思われたが、周りに散らばっている骨の色と似ていたことで同化を果たし、薄闇に紛れることができた。
男たちがすっかりクレアに夢中になっていることもウィノーにとって好都合だった。
「そんなに暴れるなよ。俺たちが悪いみたいだろ? 俺たちは心細いだろうから一緒にいてやるって言っているだけだろ。調査って言うなら、地下の2階や3階にも行くんだろう? 俺たちが案内してやるからさ」
「いいですから! お気になさらなくて結構です!」
男が努めて優しい口調でクレアに言葉を掛けているが、男の力は彼女を決して離さず、その力を緩めることもない。
彼女は男たちの視線の気持ち悪さとリッドの言葉や注意と警告を信じて、頑なに男を拒み続けていた。
「まあまあ……落ち着いてさ」
「おいおい、どうした」
「大丈夫だよ、大丈夫だからさ」
「もう! しつこい! やめてください! ……きゃっ!」
「ちっ……優しくしてりゃ、つけあがりやがって! いいから黙って言うこと聞いてろよ!」
クレアはなるべく穏便に済ませようと自身の得物は引っ提げたままで使うことなく、ずっと自分の力だけで男の手を振り払おうとしていた。
一方、彼女の抵抗に苛立ちを覚え、男の顔と声色が怒りに染まって本性が露わになる。上等な獲物を前にした男が引き下がるわけもなく、彼女の手をぐいっと引っ張って自分の方へと引き寄せようとしていた。さらに、他の男も近付いていく。
「ふしゃっ!」
そのとき、短く発した鳴き声とともにウィノーが跳躍する。
「ってぇ! あぁ……ぐっ……うがあああああっ! いってえええええぇ!」
ウィノーは普段見せることもない鋭い爪をあらん限り引き出して、男の顔に深々とした三本線を描く。
男はあまりの痛みにクレアを掴んでいた手を緩めて、自身の顔を苦痛に歪ませながらひどく痛んでいるだろう傷跡に両手を添え始めた。
「ウィノーちゃん!」
「にゃあ!」
クレアがウィノーを見ると、ウィノーは頭をくいっと動かして、急いで逃げろと言外に伝えていた。
彼女はウィノーを連れて行きたい気持ちをグッとこらえて、ウィノーの攻撃と仲間の叫び声に驚く男たちをすり抜けるように走り出す。
「待て! うっ! 眩しい!」
咄嗟に男たちはクレアの身体を捕えようとするが、彼女と同時に近付いてきた【ライト】の明かりが目くらましにもなって、男たちの手は服すらも掠めることもなく彼女を逃してしまう。
この時、【ライト】がすべてクレアの方についてくれば、ウィノーは薄闇の中で目の利かない男たちをもっと長い時間撹乱することもできた。しかし、残念なことにたった1つだけだが、ウィノーのために【ライト】が用意されていた。
「こんの畜生がっ!」
ウィノーの姿が男たちにしっかりと捉えられてしまう。
「ふぎゃっ!」
ウィノーが男に蹴り上げられて壁に打ちつけられると、痛みに耐えかねた辛そうな鳴き声を上げる。
ただし不幸中の幸いか、骨の鋭い部分には当たらず、さらには屑になった骨がクッションになって深いダメージを負うまでに至らなかった。
「ウィノーちゃん!」
「ふしゃっ! にゃ!」
ウィノーがクレアに一度威嚇のような鳴き声を向けてから、普段通りの甲高い鳴き声を上げる。
そのウィノーの合図に、彼女はハッと気付いた様子で頷いた。
「っ! リッドさんを連れて戻ってきます!」
ウィノーの意図通りになったようで、ホッとしたような表情を少しだけこぼしてから痛みのためか倒れかける。サイアミィズは見た目通り、敏捷性や攻撃力は高いが、その反面、防御力がその体格なりの小動物に過ぎない。
「ちっ……逃げやがった。こんなやつに構ってられねえ、女を追うぞ! 場合によっては仲間の男にもこの痛みのツケを払ってもらうぞ!」
男たちがクレアを追いかけ、ウィノーは時折ふらついてしまう身体を必死に動かす。
クレアは鎖かたびらと棍棒の分だけ身体が重くなっており、また、運動能力も特別高いわけもなく人並みであるため、早々に息を荒げ始めた。だが、彼女は捕まらないため、リッドを呼ぶため、足を一生懸命に動かして少しでも前に進もうとする。
一方の男たちは出足が遅れたとしても軽量の革装備であり、運動能力も彼女に比べて十分に高いようで、息を上げることもなくあっという間に距離を詰めていく。しかし、まだ男たちは様子見をしているのか、彼女を捕まえようとしない。
「はぁ……はぁ……左、真っ直ぐ、右、右、左で地下2階……はぁ……はぁ……その後に真っ直ぐ、真っ直ぐ、右……はぁ……んくっ……左、真っ直ぐ、右、右、左で地下2階、その後に真っ直ぐ……はぁ……はぁ…………あった! 下へ続く道!」
クレアは全力疾走に心臓をバクバクとさせて、息も荒々しいままに、ウィノーの言っていたことを口に出して復唱を続けながら、すべてを振り絞って走っている。
幸いなことに【
しかし、それは不幸なことに男たちにとっても障害がないことを意味している。
彼女は安堵の表情を浮かべるが、それと同時に彼女の腕が再び強引に掴まれた。
「つーかまえた。ほら、休憩所も近いからさ」
「痛っ! っあ……はぁ……はぁ……嫌! やめてっ!」
「うるせぇ……大人しくしてろよっ! ぐっがあああああっ!」
クレアは咄嗟に掴んだ棍棒を男の側頭部に目掛けて、必死な思いで勢いよく殴りつけた。
耳のわずか上を殴られた男は、その衝撃に握力を失って彼女の腕から手を離す。その後、そのまま壁に全身を打ち付けて、ずるりと力なく倒れていく。男の傷からは血が流れ、ビクビクと身体を痙攣で震わせていた。
「はぁ……はぁ……あ……あぁ……」
クレアは恐ろしいものでも見たような、あるいは、何かひどく後悔しているような、ゾッとした表情で自分の持つ棍棒と両手を見つめる。彼女は魔物を倒す覚悟ができていても、人間を殴る覚悟を今まで持っていなかったのだ。
だが、彼女が逡巡していられる時間は短く、残りの男たちの足音が彼女のすぐそこまで近付いてきていた。
「あーあ、ひでぇなあ……気絶? 重傷? 死んだ? あーあ、ひでぇ」
「ひでぇ、ひでぇ。俺たちは魔物かよ」
男2人はクレアに罪悪感を植え付けるかのように非難の声を浴びせかける。
どちらが悪いかは言うまでもない。しかし、この場に彼女を擁護してくれるような人がいない。
クレアは棍棒を持っていない手を自身の胸に当てた後、キッとした怒りもこもった表情で男たちを睨み付けて、幾粒もの涙をぽろぽろと頬を伝えて顔の輪郭からこぼしていく。
「……はぁ……はぁ……私だって……こんなことしたくなかった! っ……ふっ……ふぅ……でも、あなたたちがそうさせたんじゃない! あなたたちが私を捕まえたり、追いかけたり、変なことをしようとしたりしなければ、私だってこんなことはしなかったのに!」
「うるせぇなあ……大人しくヤられてりゃいいんだ!」
「くっ……やあああああっ!」
クレアは逃げられないと悟って2人目に向かって棍棒を振るうも、男が用意していたベルト状の武器に棍棒を絡めとられてしまった。
彼女は丸腰になってしまったために、近くにあった骨を棍棒代わりにして、まるでリッドの真似をするかのように構える。
「おいおい……」
「っ! ……あなたたちの思うようにはさせない」
「はぁ……いい加減諦めてヤられちまえばいいんだよ!」
クレアはたとえ男が2人がかりで迫ってこようと諦めなかった。彼女は骨を振り回し、男を近づけさせないようにして、必死に抵抗する。
しかし、抵抗も長く続かずに、やがて彼女の振り回していた骨が男の1人に掴まれて取り上げられ、彼女はそのまま男に羽交い絞めにされてしまう。
「やっとだよ。傷付けないように捕まえるのは面倒臭えなあ」
「そう言うなよ、血や怪我で汚れた顔じゃ萎えるからよ」
「くっ……ひっ……」
クレアの身体が男2人にまさぐられていく。男の手が指をいやらしく動かしながら、彼女の胸や下腹部、尻を這うように動き回り、彼女の身体を味わおうとしていた。
彼女はその動きに気持ち悪さと恥ずかしさを覚えたのか、全身に鳥肌を立たせつつ、頬を赤らめ、身を男の手から逃れるために捩り、羽交い絞めにされた腕を一生懸命に動かしている。
次第に男たちは嬉々とした表情から面倒だと言わんばかりの残念そうな表情へと切り替わっていった。
「ちっ……なんだよ……服の中に上下とも鎖かたびらかよ……これじゃ分からねえ。つっても、ここで脱がすのはスケルトンとかが出るかもしれないからやめとくか……だりぃ……」
「まあ、仕方ねえさ……休憩所に行ってから、でけえ胸や尻をゆっくり楽しむとするか」
クレアは鎖かたびらのおかげで、今この場で純潔を失うこともなく貞操が守られる。しかし、彼女は両手を後ろ手にされてからベルトで縛られ、そのベルトの先を男にしっかりと握られていた。
「…………」
クレアは諦めていないが、この状況を打破できる手立てもない。せいぜい時間稼ぎをするために牛歩で抵抗するくらいで、それ以上の抵抗は状況を悪化させかねないと判断したのか、ある程度従うような素振りも見せている。
「やっと大人しくなったか……そんな顔をするなよ、後でたっぷり楽しませてやるから。おっと、あいつはどうする?」
「あ? 担ぐのは面倒くせえな。まあ、こいつと楽しんだ後に、まだ生きていたら回収してやるか」
「ははっ……ひでぇやつだなあ」
男の発言に別の男が非難めいた言葉を発するも、形だけの非難であって、同意するかのように倒れている男を助けようともしなかった。
男たちの仲間を仲間とも思わない言動に、クレアは露骨に嫌な顔をする。
「
どこからか甲高い声が響き、その声が特殊な呪文を唱えた。
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