ダンジョン仕舞いのリッド
茉莉多 真遊人
第1話 墓場は鎮魂歌を願う
1-1. 現れる元A級冒険者
「崩壊しそうなダンジョンはどこかにあるか?」
抑揚の少ない男の声が大した声量もなく、彼の目の前にいる綺麗な女性へとぶっきらぼうに話しかける。
男は長身にほどよい筋肉質で精悍な顔つきをしていた。彼の服装は厚布の長袖長ズボンの上に、皮のベスト、マント、ニーブーツを身に着け、赤い鉢金と前腕までしっかりと覆う赤い金属籠手(ガントレット)が印象的な冒険者然としたものだった。
それに対して、女性は布地の真っ白なシャツにタイトなひざ丈のスカートを穿き、背の低いヒールで事務職然とした姿をしている。
女性はにこりと微笑みながらその茶色い瞳で、鉢金と似た赤色をした男の瞳を見つめ返した。
「おはようございます、リッドさん」
「あ……おはよう……ございます、レセさん」
「ふふふ……前にも言ったように、レセでいいですし、気軽な言い方でいいですよ」
「分かった」
リッドと呼ばれた男は、レセと呼んだ女性の朗らかな挨拶に今までの調子が狂ったのか、右手で自身の灰褐色をした髪を雑に掻きながら挨拶を返した。
ここは人が住む大陸の中央に位置する国にある冒険者ギルドの建物の中である。
ギルドとは同業者の集まり、互助会または組合を意味し、つまり、冒険者ギルドとは冒険者が相互に助け合うための同業者団体であり、冒険者の利益を守り支援をすることで運営資金となる手数料を受け取る半営利組織でもある。
その出で立ちから、レセはギルドの職員であり、リッドは冒険者ということである。
「にゃあ」
その彼の足元から愛くるしい動物がひょっこりと顔を出して元気に鳴く。
鳴き声の主は、特徴的なサファイアブルーの瞳をして、オフホワイトの身体に、凛々しい顔とツンと尖った耳とスラっと伸びた手足や尻尾の先にチョコレート色のポインテッドカラーを持ち、全体的に短毛であるサイアミィズと呼ばれる種類の動物だった。細長く美しい四肢を軽やかに動かし、細長い尻尾を優雅にくねらせており、喉元には首輪に備わっている小さなポーチが目立っていた。
レセはしゃがみ込んで嬉しそうな笑みを隠さずに鳴き声の主を撫で回していた。
「あら、うふふ、ウィノーちゃんもおはようございます。今日もかわいいですね。リッドさん、お久しぶりですね、南の方から帰って来たのですか?」
「あぁ……まとめて受けた依頼が終わったからな。少しの間は崩壊するダンジョンもないだろう」
レセのその問いに、リッドは淡々と事実を一問一答のように述べた。彼の短く切られる言葉は、会話に不慣れな雰囲気を表すことがあっても、冷たい印象を残すことがなく、むしろ、何かに追われて余裕がなさそうな様子さえ窺わせる。
彼女が見渡して何かに気付いたのか、再び彼を見て口を開き始めた。
「あら? ハトオロさんは?」
「あいつは別に
「あら、うふふ、リッドさんでもそういうことを仰るのですね」
レセの出した名前にリッドがうんざりした様子も隠さずに淡々と呟き、その様子に彼女は笑いが込み上げてきてクスッと笑いつつも、手に持っていた紙の束をパラパラとめくり始める。彼女の持つ紙束こそ依頼書が積み上がった山であり、これから彼女の目の前にある掲示板に張り出される予定の依頼の数々だった。
それが分かっていて、リッドは挨拶も忘れたまま、逸る気持ちも抑えずに声を掛けたのだ。もちろん、彼女もそれを承知だったようで、彼を落ち着かせるためにゆっくりとした挨拶と雑談をした様子である。
「それと……お探しの崩壊ギリギリの臨界ダンジョンですが、これなんてどうでしょうか?」
レセが紙束から取り出した1枚の紙をリッドが受け取ると、彼は上から下までざっと紙に書かれた内容を見る。彼が依頼書を見ていると、ウィノーが彼の身体をよじ登って、彼の顔の横からすっと顔を出して、彼と同じように依頼書を見始める。
その微笑ましい姿をレセは目にしっかりと焼き付けた。
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発行日:○○/○○/○○
依頼名:ダンジョン化している墓地の異変調査
等級:D
分類:詳細調査および調査後の対応
内容:E級ダンジョンとして管理していたレッムーラ丘の地下共同墓地について、
最近、魔物の異変が見られるため、指定同行者(以下、同行者)とともに
調査することを依頼するものとする。
調査内容として、全3階層の各階層について、魔力量、魔物の出現数や出現頻度を
同行者とともに資料にまとめて冒険者ギルド本部に提出すること。
なお、暴走の可能性に留意すること、ならびに、暴走の際に同行者の命を最優先に
すること。
備考:同行者の指定あり(拒否不可)
場所:レッムーラの丘 地下共同墓地
報酬:○○○○○リィン
期限:○○/○○/○○
発注主:冒険者ギルド 中央本部 ギルド本部長
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依頼書の内容を読み終えたリッドは記載面を外側にして二つ折りにした。このまま、受付机に持っていき、窓口にいる職員に渡して手続きをすれば依頼を受注できる。
気を利かせた別の職員がレセの持つ紙束を預かり、レセに受付窓口に行くように促した。レセは小さくペコリとお礼をして、リッドとともに窓口の方へと向かう。
「しばらく前にダンジョン化した
リッドはレセが受付窓口の職員側に回り込んで着席したと同時に依頼書を手渡しつつ、会話の続きと言わんばかりにゆっくりと言葉を出していく。
「はい。えーっと、あった。臨界点を超え、崩壊、その後、暴走の可能性があるためですね。んしょっと」
レセはリッドと会話をしつつも慣れた手つきで素早く手続きを進めて、調査に必要な支給品を次々と足元の小棚から取り出していく。
魔力測定器、調査箇所を記した書き込み用のダンジョンマップのコピー、ペンなどの小物が机の上に並び、リッドとレセは依頼書と別紙になっていた貸し借りリストを見て、一緒に過不足がないことを確認する。
「最終確認ですが、受注ということでよろしいですか? A級冒険者には物足りないと思いますし、報酬も期限も依頼内容にしてはちょっと……というか……かなり足りない感じでして……」
「報酬も期限も大して興味がない。そこらへんはきちんと見ていないが、異変調査のおおよその最低ライン、危険手当付き、それで数日分の宿や食事の代金くらいにならなっているだろう?」
「え、ええ。もちろん、分類ごとになっている規定の最低ラインは切ってないですね」
レセが言い澱んでいた報酬面についてリッドが意に介した様子もなく、彼が最低ラインを超えていればいいと告げたので、彼女は苦笑いしていた顔が少し和らいでいた。
その彼女の様子を見て、彼は分かりやすいと思ったのか、彼もまた表情を和らげる。
「なら、十分だ。あと、期限も同じく最低ラインなら、今日向かうから問題ないだろう。あと、これは大事なことだが、俺は元A級だ。今はただのC級だろう?」
リッドはレセが気にしていたもう1つの期限についても、問題がないとして特に取り上げることをしなかったが、ただ1つ、自身の冒険者の等級についてだけ訂正をするように促していた。
元A級と自分で告げる彼の声色は、先ほどの柔らかなものと打って変わって、ほんの少しの寂しさを交えたどこか悲し気なものに変わっていた。
「書類上はそうですけど、実力が全然落ちていないのですから、A級、いえ、過去の実績だけで言えば、超A級! ……スペシャルなS級なんてものがあれば、そう呼んでも遜色ありませんよ!」
レセはリッドの声色に過敏に反応して、手を小さくぶんぶんと振りながら興奮気味に声を出す。
「ありがとう、だけど、超A級ってのは、買い被りが過ぎるけどな。ところで、同行者の指定があるのは珍しいな。大方、教会のあたりか?」
「ご明察の通りです。聖女候補の――」
「なるほどな……それは俺への当てつけか?」
聖女候補。その言葉を聞いた瞬間に、リッドの顔が苦々しい強張ったものになり、さらに無理に取り繕おうとした笑顔もあいまって非常に複雑怪奇な表情へと変貌していた。
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