侍と魔王の封印生活

霜月立冬

序章

 序章 創造神の失敗


 そこは、「洞窟の中」だった。しかし、明るかった。「陽光の下」と錯覚する岩だらけの空間に、黒衣の男女が座っていた。

 男の方は、未だギリギリ二十代の「剣士」。黒い革鎧をまとう体躯は「中肉中背」――と、言うには少し痩せぎすか? 仕事仲間や酒場勤めの女性達から、「狼」と形容されたことが有った。ような?

 尤も、斯様な印象を持たれた主因は、男の「髪色」と「髪形」に有った。

 男の髪色は、東端の島国、「アシハラ」に住む人間特有の「暗色」だった。男は髪を後ろで束ねて「髷」を結っていた。その髪形もまた、アシハラ特有のものだ。それが転じて、他国では「『侍(サムライ)』というアシハラの剣士特有のもの」と、思われていた。

 他国の人々の「侍」に対する印象が「狼」なのだとか。それを知ったとき、男は素知らぬ顔で「へえ、そう」と素っ気なく返事をした。しかし、心中では「格好良い、やったぜ」と小躍りしていた。

 当時のことを思い返すと、「『俺』も若かった」と反省する。

 その男、アシハラ出身の剣士が、この俺、「愛洲来寿(アイス・ライス)」だ。

 アシハラの剣士、侍とは言ったものの、今の俺は無職の侍、即ち「浪人」だった。その事実を情けなく思いながら、「明るい洞窟」の中で、俺は黒衣の女性と対峙していた。

 俺の対面に座った女性、いや、「少女」と言うべきか? 実年齢は不明だが、その外観は「子どもでは?」と錯覚するほど小柄だった。

 しかし、その体形は「成熟した女性」に間違いなかった。それが分かってしまうのは、彼女が身に着けている衣装が原因、いや、問題だった。

 女性の衣装は、元は鎧の内装だった。それは「下着」と錯覚するほど「極薄」で、体の線がハッキリ浮き出ていた。だからこそ、ハッキリ分かってしまった。

 女性の「胸部」は、体躯に見合わぬほど豊満だった。

 男の性で、自然と「そこ」に視線が引き寄せられた。その度に「眼福」と思った。その一方で、それを喜ぶ自分に腹が立った。

 だからこそ、俺は女性の顔ばかりを見ていた。

 女性の髪は、俺とは「対極」だった。その色は、宝石のように煌めく「白金」だった。それに覆われた顔は、見惚れるほどに美しかった。それを見詰めていると、完璧に整った可憐な口が開いた。

「今から話すことは、『創造の女神ネフィリア』様が自ら記した『ネフィリム』の成り立ちに関するものだ。心して聞け」

 創造の女神ネフィリア。そして、ネフィリム。

 前者は「世界の造物主」の名前であり、後者は「俺達が住む世界」の名前だった。俺もネフィリムに住む人間の端くれ。その名前くらいは知っている。それを「教えて進ぜよう」と上から目線で語る女性の態度は、俺には不遜で傲慢に思えた。

しかし、俺は不満を堪えて、無理矢理な笑みを浮かべながら、

「ご拝聴仕る」

 丁寧な返事をして、黒衣の女性、「ウィルミア・シグムント・デストランド」が語る世界の成り立ち、「ネフィリム創世記」に耳を傾けた。


 あたし、創造の女神ネフィリアは、一つの信念によって「神」となった。

「想像したことは、何れ具現化する」

 それが事実であることを、「人間」は証明してきた。だけど、人間に想像できないものは、具現化しようもない。

 人間が「神」になったとしても、それは人間の想像の範囲に留まるものだ。あたし達を創った「真の神」とは全くの別物だ。少なくとも、あたしの場合はそうだった。

 あたしは「地球」という星に住む人間、所謂「地球人」だった。あたしが生まれた頃、地球では「神様の力」の研究が行われていた。

 その名もズバリ「創造力」。その効果を簡潔に説明するならば、「頭の中で想像したものを具現化する」といったところかな。

 創造力の話を聞いたとき、私は本気で「神様の力」と思った。「それを手に入れたならば、神様になれる」と本気で信じていた。

 だからこそ、あたしは「実験体」として志願した。数多の実験に挑み、その全てを乗り越えて、あたしは終に創造力を手に入れることができた。

 かくして、あたしは神様、当時の人間が言うところの「創造神」となった。

 創造神となった者は、あたしの他にも十人ほどいた。あたし達は、人々に望まれるまま数多の奇跡を起こした。その行為は世界中の人々から称賛された。

 しかし、それも最初だけ。あたし達が様々な奇跡を起こす度、称賛の声は少なくなった。その代わり、妬み、恨み、恐れる声が増えていった。

 創造力を持つ少数の人間と、そうでない多数の人間。その差異を埋めることも、分かり合うことも、あたし達にはできなかった。

 あたしは、あたし達を敵視する多数の人間達と向き合うことに疲れた。何もかも面倒になって、最終的に地球から離れた。その際、邪魔な肉体は脱ぎ捨てた。

 あたしは精神体、所謂「魂」となって、外宇宙へと飛び出した。

 魂だけになっても、あたしは創造力を使うことができた。あたしが望めば、新たな世界、新たな星を創ることさえできた。

 あたしの能力は神様のそれだった。しかし、あたしの心、魂は「人間のまま」だった。

 独りぼっちは、とても、とても、とっても――辛いし、寂しい。

 孤独に負ける自分の精神的弱さが疎ましい。それを克服したい。

 どうすれば良いのだろう?

 あたしは考えた。そこで閃いたことが、

「そうだ、『本当の神様』になろう」

 あたしは、「あたし」という存在の源、「魂」を変質させることを考えた。それによって、より高次元な存在、「真の神」へと進化する。

 あたしは「あたしの魂の修練の場」として「新世界」を創造した。

 それが、「ネフィリム」。あたし流の剣と魔法のファンタジー世界。

 あたしはネフィリムの造物主、「創造の女神ネフィリア」となって、ネフィリムに「神化計画」に必要な要素をモリモリ盛り込んだ。

 先ず、手頃な恒星(名前は『太陽』で良いか)を見付けて、その近辺(凡そ一億五千万キロメートル)にネフィリムを置いた。

 次に、ネフィリムを海水で満たした。その次に、海底の一部を盛り上げて、「フォリス」という大陸を創った。その際、副産物として、大陸の周りに大小様々な島ができた。

 陸地、海には、それぞれ植物や下等な動物など、様々な生物を創造して解き放った。

 生物達の第一世代には、予め「強力な繁殖能力」を与えておいた。それが功を奏して、ネフィリムは直ぐに生命で満ち溢れた。

 流石、あたし。あたしは望めば何でもできる子なのだ。

 あたしは自分のファインプレイを誉めた後、神化計画の要、「人間」を創造した。

 人間には「あたしの魂を分け与えた」。彼らに様々な経験をさせて、「魂の成長」を促す作戦だ。

 人間達の魂は、最終的に一つに統合されて、あたしに還ることになる。「その日」を確実に迎えることができるよう、あたしは人間に様々な恩恵を与えた。

 先ず、人間達の魂を循環させる輪廻転生装置、「魂の座」を創造した。

 次に、人間が試練に打ち勝てるよう、「剣」と「魔法」を与えた。

 剣と魔法を得た人間は、「我こそは万物の霊長」と増長した。実際、彼らに敵う存在は、当時の世界にいなかった。あたしが彼らに力を与えたのだから、或る意味目論見通りではあった。

 しかし、「本来の目的」からは大外れだった。

「こんな温い環境じゃ、魂の成長は無理よね」

 あたしは人間に試練を与えた。彼らの「天敵」を創った。

 それが、「魔物」。異形の化け物達。実に「剣と魔法のファンタジー世界」らしい敵役だ。それらに立ち向かうことで、人間の魂を成長させようと考えた。

 魔物を創り始めた頃は、人間の戦闘力を考慮して、手心を加えていた。しかし、途中で気が変わった。

 あたしの創った魔物がアッサリ倒されて、人間達から「楽勝」と鼻で笑われたのを見て、あたしの中の闘志がメラメラと燃え出した。

「これは悔しい。もっと強力な個体を創造しよう」

 こう見えて、あたしは一般地球人の頃から「凝り性」だった。その性癖が発動した。

 あたしは「反則級の能力を持つ魔物」を幾つも創造してしまった。その中には、一個体で世界を破壊しかねないような奴もいた。

「この子達なら、アッサリ倒されないよね」

 あたしは強力な魔物達を創ったことに満足した。それぞれ会心の出来栄えだった。気に入り過ぎて、あたしの「従者」にしたくらいだ。

 しかし、魔物達の戦闘力を確認した際、あたしは重大な「失敗」に気付いた。

「これ、もしかしなくても、絶対人間には倒せないのでは?」

 最早試練どころではなかった。「この子達」を世に放てば、人類が滅亡する。

 あたしはお気に入りの魔物達を、泣く泣く「失敗作」として処分した。いや、しようと思った。だけど、だけどね?

「駄目――できない」

 自分の「頭」を痛めて産んだ子を、「目的にそぐわないから」と処分するのは、あたしの人間らしい心、「親心」が許さなかった。

 あたしは「いつか日の目が当たるときが来るかもしれない」と、「処分」ではなく「封印」することに決めた。その為の道具(神器)、「封印の壺」を創って、失敗作を全て封印した。そこまでやって、ドッと疲れた。

「後は知らん。もう寝る」

 あたしは創世の疲れを癒すべく、暫し、まあ、千年くらいの眠りに就くことにした。

〈創造の女神ネフィリアの自著、『ネフィリム創世記』より抜粋、要約〉


「――と、このような世界に、私達はいるのだ」

 明るい洞窟の中に、風鈴の音のような涼やかな声が響き渡った。

 とても耳に優しい美声だ。聞いているだけで心が洗われる。しかし、それが耳に入る度、俺の眉は神経質そうに複雑に歪んだ。

「『ネフィリア様が記した書物』か、そんなものが有ったとは」

 現代を生きる人間(ネフィリム人)にとって、創造の女神ネフィリアは「神話の中だけの存在」になっていた。今まで生きてきて、「女神の自著が存在している」とは、全く聞いたことが無かった。恐らく、創世記の話を「平時」に聞いていたならば、俺は鼻で笑っていただろう。しかし、

「なるほど」

 俺は眉を歪めながらも、黒衣の女性の話を真に受けていた。そうせざるを得ない理由が、現況には大きく「二つ」有った。

 一つは、俺の目の前にいる「女性」。もう一つは、現在、俺達が存在している「世界」。

 前者の女性、「ウィルミア・シグムント・デストランド」の外観は、見目麗しい美少女。要するに、普通の人間だった。少なくとも、俺の目にはそのように映っていた。

 しかし、ウィルミアの中身、持って生まれた才能は、「人間」と呼ぶには余りに「異常にして異質」だった。それを的確に表現した言葉が、先程の少女の話の中に有った。

「失敗作」

 造物主が調整をミスった、規格外の化け物。

 以前、俺は「ケルベロス」という失敗作と手合わせしたことが有った。奴の戦闘力は、俺の知る如何なる魔物とも比べ物にならなかった。当時のことを想起すると、今も恐怖で頭が震える。正直、二度と出会いたくはないし、戦いたくもない。

 しかし、「上には上がいる」とはよく言ったもの。ケルベロスより上の存在が、目の前にいる小柄な少女――

「何だ?」

「いや、何でもない」

 ウィルミアのことを考えていたところに、本人から声を掛けられた。俺は咄嗟に返事をして、直ぐ様彼女から視線を逸らした。すると、

「ふんっ」

 ウィルミアは忌々しげに鼻を鳴らしてソッポを向いた。

 不愉快な反応だ。しかし、俺が良からぬ妄想をしていたことが悪い。ここは相手の機嫌を取っておくべきではなかろうか?

 俺は「何と声を掛けよう?」と思案しながら、改めてウィルミアを見た。

 ウィルミアはソッポを向いたままだった。その可憐な口も「へ」の字に曲がっていた。その様子を見ると、機嫌を直すのは難しいと思えた。

 その瞬間、ウィルミアの「声」が聞こえた。

((ああん、来寿『様』が私を、『ミア』を見てる。やっぱり恥ずかしい、でも、嬉しいっ))

「!?」

 一瞬、俺は「ウィルミアが喋った」と思った。しかし、

「…………」

 見詰める先の可憐な口は、一ミリたりも動いていない。それなのに、

((来寿様なら、私の『王子様』になら幾ら見られても構わない。私だけを見ていて欲しい。私を、この『ミア』だけを見ててっ))

 また、ウィルミアの声が聞こえた。

 因みに、「ミア」というのは彼女の愛称だ。ウィルミア本人からも「そのように呼べ」と指示を受けている。その呼称に関しては、今は何の抵抗も覚えていないので、 以降、彼女のことを「ミア」と呼称する。

 しかし、それはそれとして、俺には未だに慣れない呼称が一つ有った。

((来寿様。ああ、私の『王子様』。ずっと私だけを見てて))

 ミアの声は、俺のことを「王子様」と呼んでいた。その呼称を聞く度、俺は否定したい衝動に駆られた。しかし、

「「…………」」

 俺は何も言わなかった。ミアも、「さっきから一言も発していなかった」。それなのに、

((ああん、来寿様ぁ、私の王子様あっ))

 ミアの声は、俺に伝わっていた。その声を、俺は「脳内」で聞いていた。

 故有って、俺は時折ミアの心の声、「思念」を聞くことができた。その事実を、実は本人には秘密にしている。

 我ながら「卑劣漢」と思わなくもない。しかし、それを躊躇う理由が「ミアの特異性」、及び「彼我の関係性」に有った。

 ウィルミア・シグムント・デストランドは人間の領域を超えた魔導士、「魔王」だった。

 魔王。ミアは、隣国だけでなく、彼女の国の国民からも、その忌み名で呼ばれていた。俺自身、彼女のことを「魔王と呼ばれるに相応しい存在」と確信している。その事実は、「彼女と戦った」ことで、骨の髄まで思い知らされていた。

 俺、愛洲来寿は「シグムント王国」の国王から「魔王討伐」を依頼された冒険者だった。要するに、俺とミアは「敵同士」なのだ。

 お互い懇意になるなど有り得ない。まして、愛称で呼ぶことなど有り得ない。ところが、

「ミア」

「ん?」

 俺は愛称で呼んだ。嘗ては、その呼称を使う度に心中の俺が「それで良いのか?」と、俺自身にツッコミを入れていた。その他にも、「親しき中にも礼儀あり」とか、「馴れ馴れしいにも程が有る」とか、否定的な言葉が幾つも閃いていた。

 しかし、今の俺は全く躊躇いを覚えない。そのように、俺は「洗脳」されていた。斯様な事態に陥った最たる原因が、

((もっと『ミア』って呼んで、お願い、お願い、お願い))

 俺の脳内に響く「ミアの思念」。その声を聞くと、俺は「ミアの言うことを聞かなければ」と、抗い難い使命感に駆られてしまう。そのように、俺の魂は縛られていた。

「ミア」

「だから、何だ?」

 俺はミア(思念)のリクエストに応えた。その行為に「我ながら律儀」と呆れてしまう。

 俺はミアの名前(愛称)を二度呼んだ後、自嘲気味な苦笑を浮かべながら、彼女の話の感想、自分の解釈を告げた。

「俺達は、『女神様が失敗作を封じた世界』にいるって訳か」

 女神が失敗作を封じた世界。俺達は、神器、「封印の壺」の中にいた。「これ」が、俺がミアの話を真に受けざるを得ない「二つ目」にして、「最大」の理由だった。

 壺の中にいる。その事実を確認したところ、ミアは、

「そうだ」

 ハッキリ断言した。それを聞いて、俺の口から「あぁ」と情けない声が漏れた。心中では、「夢なら覚めてくれ」と嘆いていた。しかし、

「そうか」

 俺は泣き言を堪えた。敢えて素っ気ない返事をして、全力で平静を装った。

 武士(役付きの侍)は食わねど高楊枝。女性の前で、情けない姿は見せられない。

 今の俺は浪人なれど、それでも意地は有った。だからこそ、表面上は我慢した。しかし、心の中は御し難かった。

 ああ、ああっ、何で? どうしてこうなった?

 何か問題が起こる度、疑念と後悔の念を覚えて止まない。

 何が間違っていたか? どうすれば良かったのか?

 女神の立場からすれば「試練」の一言で片付けられるのかもしれない。しかし、それで納得できるほど、楽な人生ではなかった。「人間、愛洲来寿」として納得できる答えは、残念ながら未だ見付けていない。それを探すべく、今から俺の半生を振り返ろうと思う。

 答は、きっとそこに有る。有るはずだ。

 俺はどうすれば良かったのか? どこで間違えたのか? それに気付いてくれたなら、どうか俺に教えてくれまいか? 宜しくお頼み申し上げる。


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