ギムの調査報告

 プロイが鯨の肉を食べ尽くしちゃった。ギム達は今日か明日に帰って来てくれるはずだけど今はまだ太陽が昇ってきたばかり。きっとまだ時間は掛かるはずね。

 プロイは物惜しそうに未練がましく鯨の骨を齧ってる。ちょっと残っている肉をこそいで食べてるのかな。あ、いや、肉のへばり付いている所を齧ってるけど骨も啄んで砕いて飲み込んでいる。

 プロイの鯨への食欲、怖いくらいねー。

「プロイ、みんなが帰って来てからまた鯨を捕りに行くけど、待ってられる?」

「キィゥ」

 ああっ! なんて切ない声を出すの、プロイ!? かわい、じゃない、可哀想!

 今すぐにも我が子に存分にご飯をあ上げて、心もお腹も目一杯満たしてあげたい!

 でも今飛び立つとプロイを守る大人がいなくなっちゃう……ギムー! リニクー! シドー! 早く! 一刻も早く帰って来てー!

 なんてわたしの魂の叫びはなかなか届かなかったらしく、三人がサンダーバードの巣に戻って来たのは太陽が中天を過ぎてから更にだいぶ経ってからだった。

「じとー」

 遅かったじゃないのー、という気持ちをたっぷりと籠めて三人に眼差しを送る。

 プロイの発育不良になってくれたらどうしてくれるのよー。

「なんでちゃんと戻ってきたのに睨んでくんだよ」

 シドが不満そうに言ってくるけど、不満なのはこっちの方よ。

 バサバサ。

「あ、この羽女はねおんな、羽をばたつかせるな! 土埃が目に痛ぇ!」

 なにをー! まだ文句言うかー! 直接翼でぶってあげてもいいんだからねー! 威嚇で済ませてるのは温情よー!

「シド! 骨を傷ましく齧ってるプロイのあの姿を見てなんとも思わないの!?」

「骨齧ってるのは前からだろうが! てかむしろご機嫌に見えんぞ!?」

 なんですってー! プロイがお肉じゃなくて骨を啄んでいるのを見てそんなことを言うの!? なんて無責任! なんて無慈悲! 子供の可愛さと大人の義務を分かってないのねー!

「うわ、マジで鯨が骨だけになってる。こわ。早。バケモンじゃん……サンダーバードだからマジもんのバケモンだったわ」

 ちょっとリニクー? 聞こえてますけどー?

 うちの可愛いプロイに対して随分な言い草してくれちゃってるけどどういうつもりー?

「あ、やば。こっちが捕捉された」

「よし! リニク、お前の犠牲は忘れないからな! よろしく!」

「あぁん!? 本当に男らしくない奴ね! ぶん殴るぞ!」

 あ、なんかリニクの制裁が始まった。こわっ。

 巻き込まれないように離れてよう。プロイに被害が行かないように壁にもならないと。

 ギムもこっそりと避難してきた。

 遠巻きにリニクの暴力で土煙の中に消えるシドにお祈りしておく。リニク、相手の反撃を完封する攻撃の連鎖が上手くなったわねー。鍛えたのが良く活かされてるわー。

「んんっ」

 ギムが気まずそうに咳払いしてきたからそっちに顔を向ける。

「それで、調査で取りあえず分かったことなんだけど」

 ああ、その話ね。うーん……プロイも鯨の骨を夢中で齧ってるし、先に聴いてから海に向かうのでもいいかな。

「うん、何か分かった?」

 ギムが大仰に頷いて確認してきたことを教えてくれた。

 そもそもギムが隣の山に向かったのは最後にサンダーバードの激しい雷光を迸った方角だったからまず確認しようと思ったらしい。

 それで歩き回るとあちこちに焼け落ちた大木や熱で融けた後に固まった地面が見付かった。それとサンダーバードの羽根も。

 そこからギムはサンダーバードと何かが戦闘を行ったんだろう、とわたしと同じ推測に至った。

「取りあえずそのなんかがプロイを狙ってきたらわたしが殺すから」

「なんでそんな強気なの?」

 なんでもなにも、母は強い者なのよ。知らないの?

 ギムだってお母様に育てられたんじゃないの? もしかして人って片親? そういえばこないだもギムの父親しか見なかったな。母親不在?

「ギム、可哀想に……」

「え、なんの話?」

 母親の愛情を知らずに育ったなんて……今はわたしが羽包はくるんであげよう。なんだったら腕じゃなくて翼の分、人のお母さんよりも暖かいでしょ。

「急に抱き着かれても困るんだけど……」

 むぅ。ギムのいけず。

 子供に拒否された以上、大人はすごすごと引き下がるしかない。寂しい。

「それでサンダーバードとやり合える相手がなんだろうって話になるんだよね。この近辺でサンダーバードに挑むような生き物は少なくとも何十年と確認されてないし」

 未知の敵ってことね?

 でも安心して。アンティメテルはドラゴンのブレスまでなら耐えられるから。ばっちこい。

 プロイの敵はけして近付けないわ。殺す。

「殺意が漏れてるよ。抑えて。お願いします」

 おっと。わたしの気迫がギムを怯えさせてしまった。ごめんごめん。

「その相手について予想出来るのは二つ。一つはかなり大きい陸上生物だってこと。シドでも余裕で踏み潰されそうな足跡が残ってた」

 シドでも踏み潰すくらいの足って、全体はどれくらい大きくなるのよ。怪獣じゃん。

 何よ、その陸上生物って。ドラゴンか?

 ドラゴンかー、うーん……でもドラゴンってサンダーバードを襲うの? いきなりどっかから来た?

 ドラゴン殺せるかなー。営巣地コロニーだったらみんなで急降下突撃を繰り返して殲滅攻撃を出来るけど、今はわたし一人だからなー。一撃加えた後にまた飛び上がって高度を取るまでにプロイまで近付かれたら困る。遠くで補足して接近する前に殺せるかがカギね。

「あとあの夜、サンダーバードの雷とは明らかに違う柱みたいな光線も見たんだ。それもたぶん相手の方の攻撃だと思う」

 光線? ブレスみたいな?

 地面が融けてたのはもしかしてそっちのせい? 高熱の光線ってヤバくない? 怪獣?

「総合するとなんか得体のしれない怪獣ってことにならない?」

「そうなんだよね……」

 ギムが遠い目してる。まぁ、そんな意味不明なモノがサンダーバード相手に暴れてた証拠を目の当たりにしたら気も遠くなりそう。

「なんだったら、この巣を放棄してどこか遠くに移動した方がいいんじゃないかなって思うんだ」

 うーん。

 ギムの提案も良く分かる。近場に脅威が見え隠れするなら手の届かない所へ行けば安全ってことね。

 でもその相手が今何処にいるのか、どれくらい移動する能力があるのかも分からないから、こっちも何処まで行けば安全なのかは一切不明。

 それに今のプロイは体大きくなってるけどまだ筋肉の成長が追い付いてなくて飛べないし走ったり飛び跳ねたりも早くないし距離も稼げない。

 あと、その、さ。わたしもずっと目を背けてたんだけどさ。

「でもこの三日でものすごく大きくなったプロイくんをどうやって運ぶんだって問題が、あるよね」

 ギムはプロイの顔を見上げて呆然とその懸念を口にした。

 そうなの。鯨をまるまる一頭食べたうちの子、鯨の三分の一くらいの大きさに急成長してるのよね。

「キィヤ?」

 やだ、小首を傾げてこっちを見下ろしてくるプロイが可愛い。天使。

 でもとっても餌の気分。プロイったらもうママを一口で飲み込めちゃうわねー。

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