ベビーシッター確保

 取りあえず落ち着ける所まで移動しようとシドに提案されて、みんなでサンダーバードの巣に戻る。

 わたしはプロイを抱えて飛んで先に到着してシドやギムが登って来るのをプロイの羽繕いをして待つ。

 ギムのとこに行く時にけっこうスピード出したからプロイの羽根があちこちに跳ねている。プロイは羽が整って全体がシュッとしたスタイルだから格好いいんだもんね。しっかり舐めて元通りに整えてあげないと。

「あー、もう! まじで遠いんだよな、ここ!」

 やっと姿を見せたシドが到着するなりがなってくる。体力不足ならもうちょっと鍛えてあげようか?

 そうね、プロイ誘拐の件も鑑みて限界の二割増しで重量運びすれば登山程度で疲れなくなると思う。

「なに、シド、鍛える?」

「鍛えねぇ。あんな地獄を好き好んでやるか」

 むぅ。強くなるためには苦労は付き物なのに、自堕落に過ごして強くなろうだなんてワガママが過ぎるよ。

 そんな怠け者のシドにしばらく遅れてギムが肩で息をして一歩踏み出しては立ち止まってを繰り返してやってきた。

 これは魔力切れて魔法が使えなくなってるね。こっちも体力作りが必要だ。

「ギム、毎日三時間魔力を解放し続けようか?」

「……え、なんでぼくまで死ねって言われてるの?」

 失礼な。死なないために強くなろうって話じゃないの。

「さて、話を整理しましょうか」

 巣の中に遠慮なくどっかり座って体力を取り戻している二人を気遣ってわたしから話を再開する。

 プロイは大事な話が始まるのを察してか一人で翼をバサバサして遊んでる。空気が読めてえらい。うちの子、やっぱり天才で優しい。賢者になれる素質ある。

 将来飛ぶのを見据えて翼を鍛えるのもえらい。賢い子って体を動かすの嫌う子が多いけど、プロイは運動も好きで安心。

「ギムとシドとリニクは三人で冒険者になって旅をして、わたしは鯨捕って来る間プロイを見ててほしくて、つまりみんなにプロイを背負って運んでもらえばオッケーって話だよね」

「まて。勝手に決めるな」

 む。シドが完璧な論理展開に待ったをかけてきた。解せぬ。

「リニクも来るんでしょ?」

 さっきシドがそう言ったじゃない。いろいろ準備したものを持って来てもらうって。

「ああ、リニクならここで待ってるって分かったろ」

 うんうん、リニクも賢い子だもんね。自分が何をすべきなのかいつも精密に把握してる子だもん。

「それで冒険者になるんでしょ?」

「まぁ、なし崩しだけどそれが一番ではあるよね。やりたいって気持ちもあるにはあるし」

 うんうん、ギムもちゃんと乗り気だね。旅をするのに大事なのはやる気だもの。

 やってやろうって気持ちがあれば自分で考えて生きていける。

「それでわたしはプロイを見ててもらいたいから連れていってもらうしかなくない?」

「そこ。そこでいきなりお前の願望をしれっと押し付けるな」

 なによー! プロイを見てもらうのに三人以外に頼りに出来る相手がいないのよー! かわいいプロイとずっと一緒にいられるんだから役得でしょーがー!

「あ、こら! 翼バサバサさせんな! 埃が立つ!」

 シドが腕で口と鼻を庇いながら文句言ってくる。

 そんなふうにわたしを苛立させるんならもっとバサバサしちゃうんだからねー! アンティメテルの翼は気持ちを良く表現するのよー!

「あーもー! やめろ! やめろって!」

「プロイの面倒を見るの? 見ないの? どっち? いやどっちじゃない、見なさいー!」

 うんって頷くまでわたしの翼の昂りは収まらないぞー!

「お前、マジでタチ悪ぃな!」

「話し合いじゃなかったっけ……完全に実力行使なんだけど……」

 うちの子の健やかな成長のためならどんな手も使いますがなにか?

「でもぼくたちだって急には動けないんだからこれからの相談もしなきゃいけないでしょ。その間ここでプロイくんと一緒にいるくらいはいいんじゃない?」

 お、流石ギムは話が分かる。そうそう、この巣で好きに寝泊りしていいからさ。

 別にわたしが造った巣じゃないけど、息子のためなんだから親鳥も本望でしょ。

「お前がそんな甘やかすからこの羽女はねおんなが図に乗るんじゃねーの?」

「何言ってるの、ギムほど物分かり良くなかったらわたしは更なる強硬手段に出ますが?」

 そんなすぐに諦めるとか思われて堪るか。我が子のためならどんな無理難題でも押し通すのが母親よ。

 シドも納得したのかげんなりと押し黙る。よし、勝った。

「でもギム、プロイが一人立ちするまではベビーシッターしてほしいんだけど。自分で餌を捕って自分で天敵を排除出来るようになるまでね」

 プロイはすくすくと体も大きくなってるし頭もいい子だからそんなに時間は掛からないと思うんだよね。そのくらいならシドにプロイを背負わせて旅してくれてもいいよね。いいに決まってる。

 わたしは確信を持ってギムを見詰める。きっと眼差しに期待がたっぷりと乗っかってると思うけど、仕方ないよね。

 それなのにギムったらわたしの真っ直ぐな視線から目を逸らす。なんで?

 そこは二つ返事していいところだよ?

「えーと……取りあえずリニクとも相談しないといけないから、保留で」

「はっきりと嫌だって言わないから勝手に話進められるんだぞ、お前」

 は? 嫌だって言うなら暴れますが?

 はい、やらせてくださいって言うまで痛めつけてあげようか、シドくん?

「シド、滅多なこと言わない方がいいよ。見てよ、あの目」

「……まるでこっちを殺して見せしめにしてやろうって目だな」

「何言ってるの。殺したらプロイを見てくれる人が減るじゃない。死ぬくらいに痛めつけて言うこと聞かせるだけよ」

「それ、言ってることほぼ同じだからな!?」

 これでも主張は一貫させてるもの。女に二言はないのよ。

「それに別に嫌な訳でもないよ。サンダーバードの巣立ちまで見られるだなんて、おもしろそうじゃないか」

「……この好奇心の固まりめ。ちくしょう、もう好きにしやがれ、バカ」

 よし、シドも折れた!

 この調子で後から来るリニクの説得もよろしくね、ギム!

「プロイ! 良かったわね、ママがいない間はギム達と一緒に旅が出来るからね!」

「あ、こら! 旅に連れて行くとまでは言ってねぇ! ここにいる間だけだっての!」

 シドがなんかまた吠えてるけど無視してしよう。

 話をちっとも聞かずに鯨の骨を齧っていたプロイに抱き着いて喜びを共有する。

 もう、キミのためのお話してたんだぞ? でもそういうの気にしないのも子供らしくて可愛いけどね!

「キィ」

 背中に乗っかるわたしを一瞥だけしたプロイがギムに向かってお辞儀する。

 すごい、うちの子ったら教えてないのにお礼の仕方を知ってるだなんて、本当に天才。

 でも、うちのママが迷惑掛けて済みません、ってどういうこと?

 ママは迷惑なんて掛けないよ。ごく当たり前な子育ての協力をお願いしただけだよ。

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