お話し合い

 シドからプロイを取り戻すのに山の中腹まで掛かってしまった。

「ごめんね、プロイ。怖かったでしょ? もう大丈夫だからね」

 プロイを羽包はくるんでぎゅっとしてあげる。

 こんな不甲斐ないママでごめんね。子供を攫われてしまうとかなんたる失態。

「シドにはこれからしっかり思い知らせてあげるからね!」

「キィイイ」

 え、何にも気にしてない?

 虐めちゃダメ?

 プロイ、あんな怖い思いをしたのにシドを気遣うだなんてすごい良い子。天使かな。天使だった。

「キィャ」

 別に全然怖くなかった? そもそも誘拐じゃない?

「何言ってるの、プロイをママから奪った時点で誘拐犯の極刑まったなしの重犯罪よ?」

「キィー」

 落ち着いてって、ママは冷静に適切な罪を問うているのよ。

 いい、プロイ、優しいだけじゃ野生では生きていけないのよ。

 でも、そこまで言うなら、まぁ、相手はシドだし、プロイも怪我してないし、億歩譲って首は落とさないで済ませてあげてもいいけど。

「シド。プロイの優しさに感謝するのよ。斬首は許してあげるんだからね」

 体力を使い切って両手両足を地面に付いてへばっているシドに裁決を伝える。

「首落とされる前に死ぬかと思ってるわ、マジで」

「プロイを取り戻すまでに殺してやろうと思ったけど、ガチで」

 あんな所業をしたのに命があるだけありがたいと思いなさい?

 魔法でぶつけた風でズタボロになっているシドだけれど骨折だとか臓器損傷だとか欠損だとかはしていない。せいぜいが打ち身擦り身軽い捻挫くらい。

 シドに合った体力作りをしっかりさせてたのが裏目に出るだなんて。

「はぁ……はぁ……ていうか……はぁ……なんで……シド……あんな猛攻食らって……生きてる、はぁ、の?」

「それ言ったらお前だって息切らしてるけどちゃんと付いてこれたじゃんかよ」

 シドの横で呼吸のために腰から折った体を上下させているギムも、わたしが教えた魔法を使って身体能力を引き上げてしっかりとわたし達の速さに付いて来てた。

 わたしは本気で追い掛けたのにプロイを抱えてここまで逃げたシドもそうだけど、二人とも出会った時よりもすごく逞しくなって誇らしい。

「それだけにシドが最大の悪事を働くだなんて、教育者として自分が許せない。やはり処すべき?」

「処すな。あと勝手に教育者の枠に入りこむな」

 なによー。シドは下山の時に荷物を余計に持たせただけだけどきっちりわたしが指導してたでしょうがー。

「恩を知らない者は獣に劣るって言葉を知らないの?」

「……あんな理不尽で強制的な修行をして、恩を感じろとか人の心わからなさすぎだろ、こいつ」

「まぁまぁ、実際強くなってるんだし、シドだって冒険者になりたいって言ってたろ?」

「あー、そうだ、それ。おい、ギム、このまま冒険者になんぞ」

「は?」

 あら。冒険者になるってことは遂にこの子達も旅に出る決意を固めたのね。

 でも子供を作らないのに旅に出ていいの? 人だとそれが普通? いや、普通はそもそも旅に出ないのか。じゃあ、旅をする個体は子供を作らない?

「子供を作らないでどうやって生き物として存続していくつもりなの?」

「えと、急にそんな哲学を聞かれても困るんだけど……」

 てつがく? なにそれ。本能で分からないの?

 本能で分からないことをするのって生きている道を踏み外して辛くて苦しい目に遭わない?

「それはひとまず置いておいて」

 置いておかれた。悲しい。

 プロイ、ギムがママを邪険にするよ。慰めてー。ぎゅー。

 プロイったら抱かれたままで首を伸ばしてわたしの翼を羽繕いしてくれる。本当に優しい子。素敵よ。愛してる。

「こんな状況で冒険者になるとか本気で言ってるの?」

「本気も本気だっての。ギムだって村に帰ってからもう山に行くなとか言われてへこんでたし、まぁ、この羽女はねおんなのお陰で強くもなったし、こんなだから逆に帰るに帰れねーし、ちょうどいいだろ。大事なのは思い切りだよ」

 シドに説得されてギムも口を噤んで思い悩んでいる。

 しばらく考えた末にギムが言葉にしたのは懸念だった。

「準備もなしで拠点もなく浮浪者になっても野垂れ死にするだけじゃない」

 確かに旅に準備は大事。

 翼筋を鍛えたりスタミナを付けたりして長距離飛行出来るようにするとか、敵に襲われた時に殺されないように鍛えるとか、いろんな事態に対処出来るように知識と智慧を身に付けるとか。

「ふふん。実はいつでも村を出れるように準備してたんだぜ。リニクが後から持ってきてくれる」

「なんで、そんなことを?」

「もう限界だったろ、お前。親父さんに理解されないことに」

 ギムが目を見開いたのは図星だったからだと思う。

 あの父親、クソだったもんね。

 わたしの旦那様はブランテ様で良かった。

 あんな子供のことを分かって上げられない大馬鹿野郎だったらボコって空の上から地面に捨ててる。

「……うん」

 最後にギムが重苦しく頷いて、シドがその肩を荒っぽく叩いた。

 話は纏まったっぽい? 二人、ていうかリニクも含めて三人で冒険者になるのね?

「そっか。じゃあ、プロイを見ててもらうには連れて行ってもらうしかないか。シドに抱えてもらう……となんかに襲われた時に危ないから背負ってもらう? もしかして背負子しょいこいる?」

「いや、待て。お前はお前でなに勝手に話に乗っかってやがる。そのサンダーバードの雛連れて歩けってどんな罰ゲームだよ」

「うーん……話を共有しないのはシドも一緒だよね?」

 ん、あれ? なんかシドに嫌がられてる。

 あ、そっか。そう言えばまだギムにもちゃんと話してなかったね。シドが来た時にはなんかクソ親父と言い争いに突入してたからゆっくり話す隙もなかったし。

「プロイのために鯨捕ってくるから、その間うちの子を見てて。お願い」

 よし、完結に完璧に状況を共有出来た。

「くじら?」

「えと、海まで行くってこと?」

「海以外に鯨いるならそこに行くけど」

 鯨って海の生き物なんでしょ。ちゃんと知ってるよ。

「いや、待て、お前バカか。サンダーバードの巣で骨見たろ。あんなデカいやつをお前みたいなちんちくりんがどうやって狩って、どうやって運んで来るんだよ」

 む。シドったら失礼ね。鯨が巨大なことくらいちゃんと認識してるもん。

 そりゃわたしの背丈はシドどころかリニクと比べたって低いけれど、体の大きさを理由にして子供に必要な栄養を諦める親が何処にいるって言うの?

「我が子の健やかな成長のためにやらなきゃいけないのよ」

「いや、現実問題」

 問題なんかないし、あってもぶち破るだけよ。

 それよりも今困っているのはプロイの身の安全なんだから!

「ええと、今までは鯨食べさせてなかったんだよね?」

 全然話を理解しようとしないシドと違ってギムが詳しい話を訊いてくる。

 コミュニケーションの大切さをちゃんと理解しててえらいぞ。

「うん。山羊とか熊とか鷲とか食べさせてた。山なら空からプロイも見守れるんだけど、海だとそうはいかないでしょ?」

「ああ、うん。ここから海は歩いて四日は掛かるからね」

 歩いて四日ってことは飛んで行ったら一時間くらいかな。往復で移動時間だけで二時間。鯨を探して捕まえる時間も必要だから、やっぱりそんな長い間プロイから目を放すのは不安。

 今のプロイはバサバサしても雷使えないから天敵にとっていい獲物だもの。

「なんで今さら鯨を?」

 ギム、着眼点がいいね。

 話が通じ合ってる感じが嬉しくて翼をバサバサしちゃう。

「それがね、プロイが換羽してから雷を発生させられなくなっちゃったの。それでよく体を調べたら、サンダーバードって鯨の脂から琥珀みたいな樹脂結晶を羽根に析出させて、それで羽搏く時に静電気を生み出しているんじゃないかって分かったの。だからプロイがちゃんと成長するには鯨が必要なのよ!」

「鯨の脂で琥珀? 羽根に析出? 静電気? ……そんな夢物語みたいな」

 む。ギムがわたしの見立てを信じてくれない。なんでよー。

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