第56話 食ってみな、飛ぶぞ

〈おーいニシダー、帰ってこーい〉

〈ニシダ固まる〉

〈映像が固まってんじゃね?〉

〈いや背景は動いてるぞ〉

〈もしかして毒あった?〉


「あ、あの……西田さん?」

「はっ?」


 谷口氏に呼びかけられ、俺はハッと我に返る。


「し、舌の上に乗せた瞬間にとろけ、口いっぱいに濃密な甘さと絶妙な塩味が広がっていく……こんなウニ、初めて食べたかもしれない……」


 多摩川ダンジョンのボス、巨大ウニの身を食べた俺は、その美味さにどうやら一瞬、意識が飛んでしまっていたらしい。


〈唐突な食レポw〉

〈どこ行ってたんだ?〉

〈もしかして飛んでた?〉

〈そんなに美味いのか〉

〈食べたい〉

〈食べたい〉


「えー、思っていた以上の食材だったようです。毒もなさそうなので、こちらもお店で提供していこうかなと。一応期間限定で食材が無くなり次第終了の予定ですが、地下15階のボスでそこまで入手が大変なわけではないので、また獲りにくるかもしれません」


〈これ見て探索者が殺到するんじゃね?〉

〈ボスのリポップ待ちが発生するかも?〉

〈いやあんな水中のボスを倒せるやつ早々おらんやろ〉

〈地下15階ならいけると勘違いしそう〉


「詳細はまたYとかで告知しますね。ということで、今日の配信はここまでとさせていただきます。ご視聴ありがとうございました」







 多摩川ダンジョンで新たな食材を入手した翌日から、俺は新たなメニューの提供をスタートすることにした。

 それも一気に三品だ。


 一つはお魚定食。

 魚介系の魔物を、刺身と焼き魚で提供する。1200円(税込み)。


 なお、中身は仕入れ状況によって変わる。

 これは期間限定ではなく、常設メニューとする予定だ。


 続いてイカ定食。

 こちらは食材が無くなるまでの期間限定で、クラーケンを刺身と天ぷらで提供する。1300円(税込み)。


 最後がウニ丼定食。

 ダンジョンボスの巨大ウニを、ご飯の上にたっぷり乗せて提供する。1500円(税込み)。


 ついでに裏メニューとしてキングサハギンの唐揚げも追加だ。

 揚げることで独特のクセが薄まり、食べやすくなっているはず。400円(税込み)。


「今日はいつも以上の大行列ですね、店長さん。さすが新メニュー解禁日です」

「そうだな……少しズラした方がよかったか……?」

「ふふ、大丈夫ですよ。最近少し業務にも慣れてきて、ちょうど余裕が出てきた頃でしたからね」


 うちのアルバイト、本当に頼もしい。


「そうだ。せっかくだし、新食材ちょっと食べてみるか?」

「え、いいんですか?」

「ああ。むしろ接客する上でちゃんと味を知っておいた方がいいだろう」


 開店前に少し時間ができたので、大坂真緒に一通り新食材を食べてもらうことにした。


「この刺身、全部魔物なんですよね?」

「ああ、そうだ。といっても、外見はほぼ魚そのものだったけどな」


 そもそも魔物の多くは、地球上に存在する生き物によく似ている。

 それをモデルにして魔物にしているのではないかと思うほどだ。


「ん、美味しい! 完全に高級なマグロですね! こっちのハマチっぽいのは……味もハマチです!」

「マグロっぽい魔物の味はマグロっぽいし、ハマチっぽい魔物の味はハマチっぽいんだ」


 イカっぽい魔物の味はイカっぽいし、ウニっぽい魔物の味はウニっぽい。

 不思議だが、分かりやすくてありがたい。


「こっちはクラーケンですね。ん~~っ、このプリプリした触感と歯ごたえ! 噛むたびに新鮮な甘みが口に広がります! これも美味しいですね!」


 最後はウニだ。


「そ、そしてこれがボスモンスタ―の……ごくり。ほ、本当に食べちゃっていいんですか? で、では、お言葉に甘えて……」


 遠慮がちにスプーンですくい、口に持っていく。


「――――――――――――――――」


 その体勢のまま完全停止する大阪真緒。


「大阪さん、大阪さん。……おーい」

「え? あ、あれ?」


 俺が何度か呼びかけて、ようやく現実へと戻ってくる。


「もしかして私、飛んでました?」

「一瞬だけな」

「ていうか、何ですか、このウニ! これ本当にウニですか!?」

「正確にはウニじゃないけどな。ウニっぽい魔物だ」


 いずれにしてもこのウニ、あっという間になくなってしまいそうだな。


 そして開店と同時、お客さんたちが店内に雪崩れ込んでくる。


「奥の方から順番に詰めていってください! 慌てないでくださーい! 初日ですから、食材が無くなることはありませんよ~っ!」


 大阪真緒が呼びかける中、席に着くなり注文が殺到する。


「ウニ丼定食!」

「俺もウニ丼!」

「私もウニ!」

「イカ定食を!」

「ウニ丼で!」

「イカ定食!」

「お魚定食を!」

「ウニ!」

「イカ!」


 やはりウニ丼が一番人気だ。

 客の6割ぐらいがウニ丼を注文してくるイメージである。


 もう少し多いかもと思っていたが、ウニは苦手という人も少なくないからな。

 次いでイカ定食の注文が3割くらいか。


 残り1割が、お魚定食や他のメニューといったところである。


「調理する身としてはめちゃくちゃ楽だな」


 そしていつものように店内には客の絶叫があちこちで響き渡る。


「うめええええええええええええええ!」

「ん~~~~~~~~っ!?」

「ウニ美味すぎだろ。お前も食ってみな、飛ぶぞ」

「――――――――――――はっ!? お、俺は一体何を……?」

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