第55話 とりあえず黒くてデカくて丸い

 多摩川ダンジョンの最下階、地下15階。

 ほぼ全体が水没しているこのフロアの最奥、広大な海底洞窟を通り抜けた先にボスのいる部屋があった。


 真っ暗だった海底洞窟とは一変し、頭上から明るい光が差し込み、幻想的な光景が広がっている。


〈これは……〉

〈すげぇ〉

〈シンプルに美しい〉

〈これがボスの部屋?〉

〈思わず見入ってしまう〉

〈しかしどんなボスか気になる〉

〈ダンペディアにも載ってないからな〉

〈そもそも多摩川ダンジョンって攻略記録ないみたいやぞ〉

〈え、じゃあ、ニシダがボス倒したら初攻略?〉


「あ、そうなんですね。確かに水の中を探索するので普通より難易度は高いですが、地下15階くらいなら誰かが攻略済みかと思ってました」


〈ニシダ知らずにここまで来てたんかwww〉

〈ボス部屋あっさり見つけ過ぎだろw〉

〈あっ、向こうに悠然と泳ぐ巨大な影が!〉

〈ほんとだ。悠然と泳いで……泳いでる?〉

〈なんか丸いけど〉

〈泳げそうな見た目じゃなくて草〉

〈あれがボス?〉

〈とりあえず黒くてデカくて丸い〉

〈なんかモフモフしてね?〉


「近づいてみましょう」


 俺はボスと思しきその影に接近していく。


〈あれは棘では?〉

〈ほんとだ〉

〈ってか、ウニじゃん〉

〈ウニだ〉

〈これは完全にウニ〉

〈もしくは栗〉

〈海の中に栗はおらんやろw〉


「どうやらボスはウニの魔物のようですね」


〈やっぱウニ!〉

〈これはもう食材だろ〉

〈ウニなら食える!〉

〈美味しいの確定〉

〈ボスが食材だなんてこんな一石二鳥ある?w〉


「俺も食べたことがないので楽しみです。とりあえず倒してみましょう」


 さらにそのボスに近づいていくと、突然その棘を伸ばしてきた。


「っと、あの棘、こんな距離まで伸ばせるんですね」


〈危ねぇ〉

〈不用意に近づいたら串刺しじゃん〉

〈毒もありそうだな〉

〈そう簡単には食わせねぇってか〉

〈しかし相手はニシダだぞ〉


「中心を斬ってしまうと中身が水中に出てしまうかもしれないので、棘を斬り落としてみます」


 包丁を振るい、周囲の棘だけを斬り落としていく。

 結果、ボールのようになった。


〈丸くされたwww〉

〈可哀そうに……〉

〈これはもう詰み〉

〈しかしデカいな。可食部かなりありそう〉

〈ちなみにウニの身は生殖巣〉

〈そうなんやw〉

〈初めて知った〉


 棘を斬っただけではまだ死んでいないようで、ウニの口の部分に包丁を突き刺してみる。


 パンパカパンパカパーンッ♪


〈ボスが死んだ〉

〈ダンジョン攻略!〉

〈あのキングデスクラブ並みの悲しい倒され方w〉

〈それより美味いのかなwkwk〉


「転移ポータルが出現したので、ひとまず地上に戻ります」


 宝箱が二つ出ていたので、それらの中身を回収する。

 クラス3ダンジョンだからか、報酬はハイポーション一つとミスリル塊だった。


〈微妙な報酬〉

〈いや普通に価値あるんやけどなw〉

〈ニシダのチャンネル見てると相場観おかしくなる〉

〈クラス3とはいえ過酷な環境だからなぁ。もうちょっと良くても〉


 地上に帰還すると、駐在の職員たちが待ち構えていた。


「西田さん!」


 その中の一人、受付をしてくれた女性職員が駆け寄ってくる。


「あ、カメラをオフにしますね」


〈自動モザイク機能使えばいいのに〉

〈あらかじめ登録した人以外は勝手にモザイク入るやつ〉

〈ニシダは自動モザイク信じてないんだってw〉


「そのままで構いませんよ! むしろケンちゃんネルに映れるなんて感激です! いえーい、私、谷口でーす、みんな見てるーっ?」


 ドローンに向かってダブルピースを決める女性職員、あらため谷口氏。

 ……めちゃくちゃ剽軽な人だった。


〈いいキャラしてるwww〉

〈かわいい〉

〈これで管理庁の職員なんや〉

〈怒られないか心配〉


「って、そんなことより! 多摩川ダンジョンの攻略、おめでとうございます! しかもこのダンジョンが攻略されたのは、これが初めてですよ! まさかこんな不人気で一日に誰も来ない日もあっていつも暇で暇で仕方がないような過疎ダンジョンが、誰かに攻略される日が来るなんて夢にも思ってませんでした!」


〈はっきり言い過ぎで草〉

〈暇なんだなw むしろ嬉しいやろ〉

〈水没ダンジョンは厳しいって〉

〈ニシダみたいな特殊な目的がないと挑まんやろ〉


「しかも西田さん、初めての探索でいきなりボスを倒して戻ってこられるなんて! さすがSランカーですね! 加えて貴重な映像の数々、ありがとうございます! ボスが巨大なウニだったとは!」


〈配信しっかり見てたみたいやなw〉

〈暇なんだから仕方ない〉

〈これからウニダンジョンって呼ばれそう〉


「……ところであのウニ、いつからお店で食べられるようになります?」

「これから試食してみて、美味しければ店でも提供するつもりです」

「わっ! ぜひ食べてみてください!」


 目を輝かせる谷口氏。

 さらに配信越しに視聴者たちの熱視線を感じる中、俺は巨大ウニを取り出すと、包丁で殻の一部を斬り裂く。


 黄金色に輝く身が見えた。

 ふっくらとしていて身がたっぷり詰まっている。


〈美味そう〉

〈美味そう〉

〈美味そう〉

〈これは美味いやつ〉

〈見ただけで美味いって分かる〉

〈喰いてぇ〉

〈最高のウニじゃん〉


「こ、これは……死ぬほど美味しそうですね……じゅるり……」


 谷口氏の口から涎が垂れ、地面を濡らす。

 ……この配信、全世界に流れてるんだが?


「じゃあ、味見してみます」


 俺はほんの少しだけ身をスプーンですくい、口の中へ入れてみた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

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