第27話 だとしたら二面性ヤバ過ぎですね

 迷宮管理庁本部の職員たちが突然、店に現れた。

 話したいことがあると言われ、俺は思わず身構える。


 脳裏を過るのは、配信中の陰部露出という、あの痛恨のミスだ。

 にしても、なぜ若い女性が同席しているんだと思っていると、水沢氏が告げる。


「単刀直入に申し上げますと、ぜひ西田様にはSランクに昇格していただきたいと考えております」

「え、あ、そっち?」

「? そっちとは?」

「い、いえ、何でもないです」


 よかった。

 どうやら別の案件らしい。


 って、Sランクに昇格してもらいたい?


「つい先日、探索者として登録されたばかりで、まだFランクだということは存じております。しかし我々迷宮管理庁としましては、西田様の配信を確認させていただき、その実力はSランクに相応しいものと確信しております」

「お断りします」

「とはいえ、管理庁のルール的に、無条件でSランクに昇格することは……え?」


 途中まで言いかけたところで、水沢氏が唖然とした。


「な、なぜですかっ!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか、慌てた様子で聞いてくる。


「なぜって、俺は定食屋なので。ダンジョンに潜って配信してたのは、あくまで店の宣伝のためです。元より探索者として生きていく気はありませんよ」

「それほどの実力をお持ちなのに、定食屋なんて……」

「なんて?」

「っ……い、いえ、その」


 思わず口ごもる水沢氏。


「も、もちろん、立派なお仕事だと思います。先ほどいただいた料理も、あまりの美味しさに無我夢中で食べてしまいました。食べ物で感動を覚えたのはこれが初めてかもしれません。ただ……やはり今はダンジョン時代。ダンジョン産資源が国を富ませると同時に、ダンジョンの魔物が国の安全を脅かす時代です。国を護り、国を豊かにするために、実力のある探索者の存在は非常に重要なのです」


 彼の言い分も理解できないものではなかった。


 日本のダンジョン攻略は、世界的に見ても後れを取っている。

 そのせいで先進国の座から転落し、今や二流、三流の国に成り下がってしまっているのだ。


 もっとも、ダンジョン産資源のお陰で、かつてと比べればよっぽど暮らしやすい世の中になっているのだがな。

 二流三流というのはあくまで相対的なものだ。


「Sランク探索者の存在は、国の威信にもかかわるものです。どうか、ご再考を」

「お断りします」


 頭を深々と下げてくる水沢氏に、俺は再考した上で即答した。

 何を言われたところで答えは変わらないからな。


 と、そのときだった。

 ずっと横で話を聞いているだけだった部下の女性、阿武隈氏が突如として声を荒らげた。


「な~~~~~~~~んで、断るんですかあああああああああああああっ!?」

「ちょっ、阿武隈くんっ!?」


 水沢氏が戸惑う中、阿武隈氏は絶叫する。


「私、西田様のファンだったんですよ! 最初の配信からずっと見てて! ほんとにすごい人が現れたって感動して! だから今回、西田様がSランクに昇格できるって嬉しくて嬉しくって……それで無理を言って同行させてもらったんです! なのにっ……断るってなんですかあああああああああああああっ!?」


 ……なんかヤバい子だったわ。


「普通、Sランクになれるって聞いたら、みんな泣いて喜ぶんですよ!? 断る人なんていないんです!」

「阿武隈くん、阿武隈くん、落ち着いて!」

「これが落ち着いてられっかあああああああああっ!」

「も、申し訳ありません、普段は仕事ができるまともな子なんですが……」

「だとしたら二面性ヤバ過ぎですね」


 水沢氏はため息交じりで、


「……今日のところはいったん出直しましょう。っと、その前にもう一つ、お話しておかなければならないことがあったのでした。西田様を襲撃した、Sランク探索者の天童奈々についてです。彼女は現在、警察で取り調べを受けておりまして」

「あー」

「ただ、我々としましては、彼女は我が国にとって希少なSランク探索者。できればあまり大事にはしたくはありません」

「つまり被害者の俺から、あれは訓練の一環だとかなんだとか言ってくれってことですか。無論それくらいは構わないです。忘れていたけど、彼女とは知り合いだったわけですし、俺としても彼女が処罰されるのは本意ではありませんから」


 当時のことを思い出す。

 小学生の彼女は、大学生の俺に何度も何度も挑んできたっけ。


 すっかり大人になってしまったが、まぁあの頃の延長だと思えばかわいらしいものだ。


「……寛大なご配慮に感謝いたします。では、今度こそ失礼させていただきますね」

「まだ帰りません! 彼が首を縦に振るまで、私は絶対ここから帰りませんからっ! 帰らないったら帰らないいいいいいいっ!」


 水沢氏が駄々を捏ねる部下の首根っこを掴み、強引に連れていく。


「あ、それと店から出るときはお気を付けください。色んなスカウトが今か今かと待ち構えていますから」


 なるほど、それで外にやたらと人がいるわけか。

 二人を見送った後、面倒なので隠密状態でこっそり店を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る