第12話 鶏肉が歩いていますね

「クエエエエエエッ!」

「おっ、鶏肉を発見しました」


 ダンジョン下層を探索していると、甲高い鳴き声を響かせる魔物に遭遇した。

 尾が蛇になっている部分を除けば、鶏によく似た姿のコカトリスという魔物だ。


 ちなみに大きさはダチョウくらいある。


〈鶏肉てwww〉

〈コカトリスが食材としか見られてなくて草〉

〈Aランク探索者でも苦戦する魔物だぞ〉

〈あいつの猛毒の息は触れただけで皮膚が溶けるらしい〉

〈ケンちゃん大丈夫?〉


 紫色の息を吐きながらこちらに猛スピードで迫ってくる。


「ご存じの通り、コカトリスの毒はかなり危険です。毒を無効化する装備があるといいですが、ない場合は接近される前に倒すのがセオリーですね。こんなふうに」


 包丁を振るうと、コカトリスの首が宙を舞う。

 そのまましばらく走っていたが、やがて地面にひっくり返った。


〈今なにした?〉

〈ミノタウロスのときと同じだ〉

〈斬撃を飛ばすとかいうやつ?〉

〈現実で可能なんだ……〉

〈当たり前のように物理を無視するニシダ〉


「このまま食べると毒があるので、毒抜きが必要になります。まずは毒を作り出す機関でもある尾の蛇部分を斬り落とします」

「シャアアアッ!」


 ザンッ。


〈怖っ、まだ尾が生きてたじゃん〉

〈近づいてくるまで身を潜めてたんか〉

〈それを当たり前のように瞬殺で草〉

〈普通の探索者なら噛まれてたぞ〉

〈余裕すぎて警戒する必要もないんだろうな〉


「続いて、解毒魔法で鶏の体内から毒を除いていきます。……はい、こんなところですかね。嘴の内側を触ってみて、ぴりっとしなければ毒が抜けているはずです。……うん、大丈夫そうです」


 俺はコカトリスを保管する。


〈消えた〉

〈どこに仕舞ってるんだ〉

〈アイテムボックス?〉

〈それらしいものがないからスキルか魔法説が濃厚〉


 どうやら保管場所が気になっているようだが、あまり大勢の前で明かすべきものではないので、見て見ぬふりをさせてもらおう。


「あっちにも鶏肉が歩いていますね。この辺りに多くいそうなので、何体かまとめて手に入れておこうと思います」


〈鶏肉が歩いてるというパワーワード〉

〈全コカトリス涙目〉

〈鶏肉さん逃げてー〉

〈スーパーで食材を物色してるかのような気楽さ〉


 コカトリスは好戦的な魔物で、向こうから近づいてきてくれるので楽だ。

 そうして十体ほどの鶏肉を入手することができたのだった。


〈唐揚げが食べたくなった〉

〈フライドチキンがいいな〉

〈チキン南蛮はどう?〉

〈みんなコカトリスが鶏肉にしか見えなくなってきてて草〉


 さて、これでひとまず最低限の食材は手に入った。

 これで配信を終了してしまってもいいのだが、転移トラップが思ったより早く見つかったため、予定していた終了時間までまだまだ余裕がある。


「他の食材も探してみることにします」


 ちょうど階下への階段を見つけたので、12階から13階へと降りてみた。


「あちこちに木々が生い茂ってますね。下層になると、こういう特徴的な階が増えてきたりします。例えば氷雪に覆われていたり、溶岩が流れていたり、水没していたり」


〈下層に詳しい〉

〈ネットで得た情報で話してる感じじゃないんだよな〉

〈Fランクってほんとですか?〉

〈んなわけないだろ〉

〈どう考えてもAランク以上のトップ探索者〉


 ふと流れてきたコメントが目に入って、俺は返答してみた。


「はい。間違いなくFランク探索者です」


〈マジか〉

〈え? どういうこと?〉

〈Fランクが下層に来れんやろ〉

〈ニシダ七大不思議の一つ〉


「ええと、ついこの間、探索者として登録したばかりなので。ただ、ダンジョン草創期の頃によく潜ってました。昔取ったきねづかってやつです」


〈きねづかってなに?〉

〈杵柄。杵は餅つきに使うあのハンマーみたいなやつ〉

〈昔身に着けた技能が年月を経ても衰えてないっていう意味〉

〈教えてくれてありがとう!〉

〈要するに高橋名人的な感じか〉

〈あの人、今でも連打すごいしな〉

〈それだけで納得できるわけなくて草〉

〈ほんそれ〉


「当時は相当やり込んでたんですよ。まだ大学生で時間があって、暇さえあれば潜っていたので」


 良くも悪くも割と緩い感じの大学だったからな。

 ……なのに講義を休み過ぎたせいで、危うく留年しかけたけど。


〈つまり二十年くらいのブランクがあるってことか〉

〈どんだけ強かったんだよ……〉

〈そのまま探索者続けてたら今頃とんでもないことになってたんじゃ〉

〈まだダンジョン資源の価値が理解されてなくて、探索だけじゃ稼げない時代だったからなぁ〉

〈こういう人が他にもいたんだろうな。勿体ない〉

〈どこの大学ですか?〉


「京都の方でした」


〈京都の人なんだ。なんか意外〉

〈まさかあの大学では〉

〈国立の?〉

〈ケンちゃん高学歴?〉

〈関西人かー〉

〈その割に方言がないですね〉


「あ、いえ、大学は京都でしたが、高校までは広島ですよ。京都にいたのは大学時代だけです。……ん、あれは? もしかしたら良いものを見つけたかもしれません」


 あるものを発見し、俺は視聴者とのやり取りを中断する。


 広々とした空間に生えた巨樹……その中腹あたりだ。

 幹にぶら下がっている球状の塊と、その周辺を飛び交う無数の蜂の群れ。


「間違いなくマッドビーの巣ですね。美味しい蜂蜜をゲットしましょう」

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