昔取ったきねづかで…と言いながら無双する定食屋のおっさん、実は伝説のダンジョン攻略者
九頭七尾(くずしちお)
第1話 このままでは破産だ
「やばい。全然客が来ない」
俺、西田賢一は頭を抱えていた。
新卒からずっと務めてきた会社を辞め、一念発起して始めた定食屋。
昔から料理が好きでずっと夢見てきたこともあり、開店日には感慨深さで思わず落涙してしまったほど。
しかし歓喜の涙が悲哀の涙に代わるまで、一か月もかからなかった。
まったく客が来ないのだ。
料理の味には自信がある。
サラリーマン時代、日本全国の人気店を食べ歩いてきたが、正直それらを上回るとすら思っている。
だが客が来てくれなければ、料理の味もひったくれもない。
立地が悪かったのか。
確かにあまり利用者数の多い駅ではない上に、店周辺の人通りは少ない。
ただ、この辺りには他にも飲食店はあるし、そこには割と客が入っている。
値段の問題か。
いや、相場を考えても決して高くはない。
むしろ採算ギリギリで良い食材を使っているため、安い方だろう。
「儲けがなくても、家賃や光熱費、食材費でどんどん出費が重なっていく……」
こつこつ貯めてきた貯金も、開業資金でほとんど使い果たしている。
それほど多い額でないが、銀行からの融資も受けているので返さなければならない。
「このままでは破産だ」
40歳で人生に詰みかけた俺は藁にも縋る思いで、古い友人たちに相談した。
その中の一人、河北がくれたアドバイスが、
『SNSでアピールしたらどうだ? 料理の写真を載せるんだよ。ただし普通の料理を乗せても意味がない。ダンジョン産の食材で作った料理にするんだ』
というものだった。
ダンジョン。
それは今から二十数年前、突如としてこの世界に出現した異空間迷宮だ。
そこには凶悪な魔物が多数徘徊しているのだが、中には食べると美味しい魔物も少なくない。
とはいえ、ダンジョン産の食材を出している店なんて、ほとんど聞いたことがなかった。
「おいおい、自分のことじゃないからってテキトーなこと言うなよ」
『いやいや、割とマジでいいアイデアだと思うぜ。ダンジョン産の食材はめちゃくちゃ高価で、仕入れるのがめちゃくちゃ難しい。だから提供してる店が全然ないんだ。その点、お前にはダンジョン探索の経験がある。自前で入手して、店で提供することも不可能じゃないだろう』
そんなわけで、俺は半信半疑ながら試してみることにした。
土俵際まで追い込まれている今、とにかく色々やってみるしかない。
「しかし何年ぶりだ、ダンジョンに潜るのは? 大学生のとき以来だから……もう二十年近く前か。そりゃ歳も取るわけだ」
東京都立川市にある立川駅から北へ徒歩20分ほど。
かつては大型ショッピングモールだったこの場所に、立飛ダンジョンはあった。
現在その建物の一部はダンジョンの入り口を管理するために残され、普段から厳しい警備体制が敷かれている。
中に入るには内閣府の外局機関である「迷宮管理庁」の許可が必要だ。
なので、あらかじめ国分寺にある多摩地方局に赴いて、探索者資格を取得してきた。
2時間におよぶ講習会と、「覚醒者」であることを確かめる検査を受け、初めて探索者としてダンジョンに潜れるようになるのだ。
俺がダンジョンによく潜っていた当時は、まだこの未知の存在にどう対処していいか社会が右往左往している頃で、こうした登録制度なんてものはなかったんだがな。
そのせいで死者もたくさん出ていたが。
周りは十代から二十代前半の若い人たちばかりで、おっさんの俺は明らかに浮いていた。
「おいおい、あのおっさん、あの歳で探索者はじめるみたいだぜ」
「ダンジョン草創期世代じゃん」
「さすがに遅すぎだろ」
周囲からそんなひそひそ声が聞こえてきたくらいだ。
なお、探索者にはランクというものがあり、全員横並びで一番下のFランクから始まって、実績や試験によって昇格していく仕組みだ。もちろんこんな制度も昔はなかった。
ちなみに覚醒者というのは、ダンジョンの出現に呼応するように現れた、特別な力を持つ人々のことだ。
大幅に身体能力が強化されると共に、体内に魔力と呼ばれるものが巡るようになるため、魔力の有り無しで簡単に覚醒者かどうかを見分けることが可能だった。
「ええと、中に入りたいです」
立飛ダンジョンの窓口にいる若い女性に声をかける。
迷宮管理庁から派遣されている職員だろう。
「探索ですね。資格証を確認させてください。……はい、間違いありませんね」
入場資格を証明する資格証を渡すと、見たことのない機器でチェックされる。
「立飛ダンジョンはクラス4のダンジョンですので下層まで存在していますが、Fランクでの探索は上層まででお願いします」
ダンジョンはその攻略難度に応じて、クラス分けされている。
クラス1が最も簡単で、数字が上がるほど難度も上昇していく。
そして基本的にダンジョンは地下へと潜っていく構造をしているのだが、その深さによって、上層、中層、下層、深層……というふうに呼び方が変わる。
クラス4で下層まで存在するここ立飛ダンジョンは、割と上級者向けのダンジョンだった。
上層に出現する魔物はそれほど強くないため、駆け出しのFランクでも内部に入ることは許されているのだが、
「特に最初は、入ってすぐの地下1階で経験を積むようにしてください。命は一つしかありませんから」
そんなふうに強い口調で念を押された。
「大丈夫です。無茶はしないので」
そう頷きを返しつつ、俺はいよいよダンジョンの中へ。
「さて。それじゃあ、一気に
職員の注意など無視する気満々だった。
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