第2話

「大変おまたせして、申し訳ありませんでした」


陛下の命令とはいえお待たせしてしまったので謝罪をすれば、私の顔を見てにこやかに「気にするな」と手を振った。

「しかし、あの白塗りの下にこんな愛らしい顔が隠されていたとはな」

そう言って、意味ありげにそして何かを納得したように笑う。


陛下の言葉になんと返せばいいのかわからず「ありがとうございます」と返しておく。

私の返事に一つ頷くと、先程までの和やかな空気は払拭され、ピリリと緊張が走る。


「本日其方を呼んだのは、先日レインフォード公爵邸を訪れた件でだ」


キタ―――――!!断!罪!!


私の頭の中では、「国外追放!!」と祈る様に連呼している。

でも、そんな事などおくびにも出さずしおらしく「はい」と返す。

「レインフォード公爵夫人の希望で、公爵家に不敬を働いた令嬢達の処遇は夫人の希望に沿う事になった」


・・・・え?夫人が処罰を決めるという事?それと・・・・


「陛下、一つお聞きしてもよろしいですか?」

陛下の話を遮る事は不敬だと思ったけど、問わずにはいられなかった。

「あぁ、かまわない」

「レインフォード公爵邸を訪れたのは、私だけではなかったのですか?」

「あぁ、其方と合わせて四人だ」

「四人!?」

思わず叫んでしまい、咄嗟に口を塞いだ。

「申し訳ありません・・・」

「驚くのも無理はないだろう。気にしなくともよい」

私以外にも、三人?えっ、なんか悪いことしちゃったわ・・・

そんな私の心情などお見通しの陛下。

「其方が一人目令嬢だそうだ。しかも、一番無害だったそうだ」

「・・・・・・大変、ご迷惑をおかけしました・・・・」

それしか頭に浮かばなかった。

「次から次へと令嬢が押しかけて、好き放題していったらしく、夫人が怒ってしまってね。彼女等の処分を夫人が決めたいと言ってきたのだ」

納得だ。嫁いできていきなり見ず知らずの令嬢達が、理不尽に押しかけて来たのだ。罰を決める権利は、夫人にある。

私は家から出れるのなら、どんな罰でも甘んじて受けるつもりだが。


「それで其方には、ガルーラ国とは反対側の国境を守る辺境伯のもとに輿入れしてもらう。これは王命だ」

「こし、いれ・・・?」

「そうだ。彼が守っている国境の先は血の気の多い・・・まぁ、色々な部族が集まっている不安定な共和国でね。武器やらなにやら全く我らの敵ではないのだが、いかんせん諦めると言う言葉を知らないらしく、しつこいのだ」

「・・・・はぁ」

「忙しい所為で、辺境伯もなかなか良い縁を掴めなくてね」

「・・・・・はぁ」

「公爵夫人から、其方を推薦されたという訳だ」

「・・・・・・・はぁ」


じわじわと陛下の言葉が頭の中で意味を成してくる。

「つまり・・・私の処分は辺境伯様へ嫁ぐという事ですか?」


なにそれ!ご褒美!?


内心大喜びの私だが、顔面は強張っているのがわかる。

そんな私に陛下は大きく頷くが「処分と言うより、其方にとってはご褒美なのではないのかな?」とニヤリと笑う。


うわ!バレてる!何で??


「何でわかったんだという顔をしているな」

「・・・うっ・・・仰る通りです」

「公爵夫人だよ。これは罰と言うより、彼女の政治的采配だ」

なんだか難しい事を言われ、首を傾げる私に噛み砕くように説明してくれた。


公爵夫人は結婚式のお披露目で、同じ国境を守る家として辺境伯様と挨拶を交わしていたらしい。

「夫人と伯爵は気が合った様でね、随分と盛りあがっていたよ」

その時に、なかなか結婚できないと話していたらしい。

「彼はこの王都の男達とは違い、体が大きくて顔つきも険しいのだ。心根はまっすぐで優しい男なのだがね」

夫人曰く「優しい熊さん」と呼んでいるらしい。

「令嬢を紹介するにしても、この国の令嬢の人となりを知らない夫人は、無責任な事も言えず何もできなかったのだが・・・・」

つまりは、私は侯爵夫人のお眼鏡にかなった?

「私の・・・どこが・・・・」

「其方の置かれている環境だよ。夫人はあの白塗りと体にあっていないドレスに疑問を持ってね、調べた様だ」

思わず私は膝の上に置いている手に力が入った。

「そして其方の気が強い性格が辺境でもやっていけるだろうと。だが一番の決め手は、其方は外見で人を判断しないのではと、思ったらしい」


公爵夫人が・・・・私を助けてくれる・・・・?


鼻の奥がツンとしてきた。

今思えば、私は誰かに気付いてほしかったのかもしれない。この状況を。私の気持ちを・・・

公爵家に無礼を働いたことで、断罪に持ち込めたら・・・とは考えていた。

でも、心の奥底では、何で自分が・・・という思いも捨てきれていなかったのだ。

何も悪い事はしていないのに、理不尽極まりない家族の態度。みじめに、それに耐える私。

自分の事しか考えず、とても失礼な事をしたのに、公爵夫人は手を差し伸べてくれた。―――涙が零れそうだった。

「感動しているところ悪いが、他の令嬢同様これは公爵夫人提案の政治的采配だ」


政治的采配だろうと何だろうと、私にとっては救いの手であることに変わりはない。

私の置かれている状況を調べてくれた事に感動し、涙が零れそうだったのだけど・・・陛下の言葉で、すぐに引っ込んでしまった。


「七日後に辺境伯がここに来ることになっており、顔合わせをしすぐに婚約してもらう」

え?そんなに早く?

「それまでの間、其方は王宮預かりとなる」

「え?王宮にですか?!」

「そうだ。辺境伯が来る前に色々手続きをしなくてはいけない」

「手続き、とは?」

「其方の母方の実家に養子として入ってもらう」


・・・・・・・・養子?


「でも、母方の家とは連絡が取れていなくて・・・・」

父や義母が邪魔していたんだと思うけど。

「あぁ、あちらも心配していた。何度其方宛てに手紙を送っても返事がないと。直接訪ねても会えないと、な」

驚きに目を見張る。祖父母は心配してくれていたんだ・・・・

母の葬儀の時も、父とは私の事で口論していたっけ・・・母の死がショックすぎて記憶があいまいだったけど。

「其方には何も伝わっていなかったのだな」

「・・・はい。何も・・・・」

「そうか。其方はあの家に・・・家族に未練はあるか?」

「まったくありません」

きっぱり迷いなく答える。

「ならばすぐに手続きを行おう。明日には其方の祖父母と伯父が来る。騎士と宰相を同行させるので、すぐに伯爵家へと向かい絶縁手続きをしよう」

「え?絶縁?」

「そうだ。あの家と縁を繋いだままで辺境伯と婚姻はさせられない」

なんでも、義妹の婚約者が問題の様。

「奴の家は黒い噂が絶えない。だが、なかなかしっぽが掴めないのだ。限りなく黒に近いグレーな輩を、国境を守る彼等に近づけさせるわけにはいかないからね」

そうだよね。義妹と結婚するのに私と子供を作る事に同意するような男だもの。ろくな奴じゃない事くらいはわかる。

「伯爵家が破産するのであれば、身の程をわきまえない馬鹿な女と、ただ搾取されている事に気付かない愚かな当主の責任だ。それに・・・」

陛下は私を慰める様に優しく言葉をかけてくれていたが、最後にはその雰囲気を厳しいものに変え一言。

「鬼畜としか思えぬ提案に賛同するなど、人として終わっている」

陛下は、義妹の結婚に対する私の扱いの事を言っているようだ。

そう言ってくれた国王陛下には、感謝しかない。


「其方はあの家とは一切関係のない、当たり前の生活を取り戻すがよいぞ」


その一言で私は救われた気がして、堪え切れず今度こそ涙が零れ落ちた。

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