名も無き伯爵令嬢の幸運

ひとみん

第1話

―――なぜ、わたしは、こくおうへいかと、おちゃを、のんでるのかしら・・・・・



初めてお会いする陛下の貫禄と威厳に、私の思考全てがカタコトだ。




しがない伯爵家の長女である私は昨日、国王陛下からの呼び出しを受けた。

正直な所、心当たりはある。しかも、つい最近。


数日前、私は父と義母の命令でレインフォード公爵邸を訪れていた。

難攻不落と言われていたレインフォード公爵が、王命とはいえ結婚したのだから。

義妹には既に婚約者がいるのに、レインフォード公爵が大好きだ。大好きだなんて言葉では納まらないくらい、愛してやまない。

数年前まで平民だった義妹。貴族になれたのだから、公爵ともお近づきになれると根拠のない自信があったようなのだ。

そんな彼が結婚してしまった。しかも隣国の王女殿下と。


その事実が発表されるや否や、義妹の癇癪が凄く、父や義母ですら手に負えない状態に。

確か彼女、体が弱かったはずよね?ベットの上が指定席で、どこに行くにも侍女か誰かの手を借りて歩いている。

そして二言目には「お義姉様は健康で羨ましいわ。私なんて、一人では何も出来なくて・・・」とお涙ちょうだい劇場を始めるのだ。

なのに目の前の義妹は別人のように暴れまくっている。

初めはベッドの上で枕を八つ裂きにした。おかげで部屋中に羽毛が舞っている。

それでも飽き足らずベッドを降りると、確かな安定した足どりでノシノシと部屋を徘徊し、花瓶やら鏡やら手につくモノすべて投げつけ割りまくり、終いにはあの重いテーブルをひっくり返した。

これには、か弱き義妹を愛してやまない使用人たちの目が点になっていたのが、愉快だった。


兎に角、ウザイ義妹だ。

多分だけど、病弱というのも嘘だと思う。彼女を診ている医師は義母の愛人だから。それを父は知らない。

彼は純愛を貫いたと思い込んでいる。女はしたたかな生き物だ。愚かな父は、何も気づいていない。

義妹ですら、本当に父と血がつながっているのかもわからないのに。・・・・とても愉快だ。


そして、健康的に暴れる義妹に疲れ果てた父と義母が私に言ったのだ。

「レインフォード公爵を離縁させろ」と。


馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、これほどまでに馬鹿だとは思わなかった。呆れも通り越し、哀れでならない。

でも私はそれに従った。何故なら、この家から出ていく事ができるかもしれないチャンスだと思ったから。

だから私は公爵邸に乗り込み、失礼を働いてきたのだ。あの家から出れるかもしれないと、気分が高揚していたから、女優になったかのようにかなり悪役になりきって。


その結果、まさか国王陛下に呼び出されるとは・・・・できる事なら、希望する国外追放でお願いしたいです・・・・


緊張のあまり、私の目は遠くを見る事で冷静さを保とうと必死だった。



私は、とある伯爵家の長女だ。今年で二十一歳になる。

父と私の実母はコッテコテの政略結婚。当時、父には平民の恋人がいて、その人と別れさせるために母と結婚をさせられたのだ。

母にとってはいい迷惑である。後に母は言っていた。ヤツは絶対、女と切れてない。未だに関係は続いていると、気付いていたんだって。

何故別れなかったのか聞いたら、母は超ドライだった。

「この家、お金だけはあるのよ。だから、ちょと私的にいただこうかと思って。慰謝料よ。浮気の慰謝料」

と言って、カラカラ笑っていた。

後になって思ったんだけれど、それらは私の為に貯め込んでくれてたんじゃないかって。勿論、奴らは知らない。

母は常に言ってたから。自分が死んだら、絶対に愛人を呼ぶから、機を見て逃げなさいと。

本当は母の実家に逃げろと言われてたのだけれど、万が一を考え、平民になっても困らない程度には搾取した、と。・・・・たくましい母だった。


その言葉通り、母が病で死んでひと月も経たないうちに父は愛人とその娘を呼び寄せた。

私が成人となる十八歳での事だった。

義母は私の母とは違い、まるで・・・娼婦のようにしか見えない。胸元が大胆にあいた真っ赤なドレス。真っ赤な口紅。何もかもがド派手。

そして、一生懸命若作りしてるのがみえみえで、聞けば父より結構年上。納得したわ。

贔屓目なしに、私の母の方が若々しく綺麗だったから。

私の義妹になった彼女も、病弱設定らしいのだが、十四歳とは思えないほど幼い。外見もだが、主に頭の中身が。


兎に角残念な三人が揃ってしまった。外で揃うんならいいけど、私の生活圏内で揃われれば、私に被害が及ぶのが目に見えて、気が重い。

案の定、あいつらは私をいないものとして扱い始めた。

しかも義母と義妹は、私の持ち物をほとんど奪っていってしまった。

「これまであんたは贅沢し放題だったでしょ。これからは必要ないんだから、全て貰っていくわ」

と、訳の分からない事を言いながら。

部屋を追い出されることは無かったけど、何もない殺風景な部屋になっていった。

まぁ、予想していたから取られたくないものは全て隠していたけどね。

因みに、食事も一応は出てきている。限りなく残飯に近いモノだけど。


洋服なんかも取られちゃったから、外出もあまりしなくなってきた。しかも、何故か監視もされているんだもの。

それでも、時折町へは出かけているのよ。所謂、逃走ルートを確認する目的で。


家の中の使用人のほとんどは入れ替えられて、私の味方はほぼゼロ。

暗い未来しかないのは目に見えているから、これからどうするか、どうすればいいのかを考える。

このまま家にいても、きっといいことは無い。どこかの金持ちで性癖に難のある男に売られることが目に見えている。


亡くなった母は、機を見て逃げろと言ったけど、出来る事なら平民としての心得とか、逃げる為の協力者とか用意していて欲しかった・・・まぁ、母も生粋の貴族令嬢だったから無理だったと思うけど。

本当は、母の実家と連絡を取りたかったんだけど、それこそ監視の目が厳しくて私宛の手紙すら中身を確認してから寄こすのよ。多分、私の手に届いていない手紙の方が多いと思う。

私になり替わって、義妹が勝手に参加しているお茶会もいくつかあると思うわ。あくまでも病弱設定のままで。


きっと、ある事ない事私の悪口言ってるんだろうなぁ・・・・


そんなある日、私は偶然聞いてしまった。義妹の婚約者の事を。

私はまだ会ったことは無いんだけど、金持ちで黒い噂が絶えない貴族の次男らしい。彼に婿入りしてもらい、うちの家を援助してもらうんだとか。

金持ちだったこの家も、義母と義妹の散財の所為で、かなり財政が厳しくなってきてるらしいの。

分からない様に、こっそり財産をちょろまかしていた母は偉いわ。

義母達を心から愛している父は、ずっと日陰の存在だった彼女等に負い目があって、散財する事を諫める事が出来なかった。

だからどんどん財産が減っていく。その分を補填する為に、金を持っている婚約者を選んだ。

義母達が好きなだけ好きなものを、何の憂いも無く手に入れる環境を作る事だけを考えて。

その婚約者と義妹は、世間一般で言う結婚生活を送るつもりはないらしい。一応、病弱設定で妊娠出産は厳しいという事なってるから。

そこで出てくるのが後継者問題。初めは親族から養子をと話していたらしいが、悪魔のような義母が私の胎を使う事を提案。

必要なだけ子を産ませ、用が済んだら娼館あたりにでも売り飛ばせばいいと・・・


人間の所業とは思えない提案に、ショックは当然のことだけど怒りで頭がおかしくなりそうだった。

私を常に監視していた意味も、そこで初めて気が付いた。

分かっていた事だったけど、この家での私の存在って本当にどうでもいいものだったんだって、改めて突きつけられた気がした。

なんで、何年も我慢してここに居たんだろうって。


涙が出て止まらなかった。でも、泣いてばかりもいられない。半年後、義妹が成人と同時に婚姻する。

それは私にとってのタイムリミット。兎に角この家を出なくては・・・・


そんな時、レインフォード公爵が結婚し、義妹が大暴れした。

そして、「レインフォード公爵を離縁させろ」と、馬鹿な事を言い出した。

これは私にとってチャンスだと思った。


王命に楯突くなんて、そんな事してタダで済むわけがない。しかも三国の王たちが決めた婚姻だ。

うまくいけば、馬鹿な伯爵家を潰せるかもしれない。私にとってもこの国にとっても、あの家は百害あって一利なしだもの。

私はこれまで彼等にされてきた事を訴え、情状酌量を直訴するの!

正直な所、うまくいくかわからないけれど、やるだけやるわ!

このままここに居たって地獄が待っているんだもの。だったら、足搔きに足搔きまくってやる!


そして、足搔きまくった結果、国王陛下に呼ばれたのだ・・・・


レインフォード公爵邸に行くにあたって、着ていくドレスも何も無い事を義母に言ったら、顔を真っ白に塗られサイズの合わないフリフリドレスを着せられた。

それと同じく、王様に呼ばれたと言ったら、またも同じような格好をさせられた。


不敬じゃね?と思ったけど、この格好は虐待されてる証拠にもなるのよね。


でも、恥ずかしい事は恥ずかしいのよ?真っ白に顔を塗られているから、真っ赤になって緊張してるのを、傍から見てもわからないかもしれないけれど。

王家の馬車で伯爵家に迎えに来ていた騎士様達の、私を見た瞬間のあの顔・・・

本当、走って逃げたいくらい恥ずかしかった!

国王陛下も私を見た瞬間、目を見開いたがすぐに表情を繕ってしまった。流石、王族。

そして、すぐさま侍女を呼んで私を別室へと案内した。

何事かと緊張したら、なんとお風呂に入れられ、体に合ったシンプルだけどとても肌触りもよく高価なドレスを着せられたのだ。

伯爵家では何でも一人でやっていたから、お風呂から何から人の手を借りるというか、洗ってもらったりドレスを着せてもらったり・・・・


―――何年ぶりかしら・・・・


母が生きていた頃は、使用人達が手をかけてくれていた。

今はいない彼女等の顔が浮かんで、なんだか涙が出そうになった。


国王陛下が待っているからと、簡単な身支度になってしまいましたが・・・と、謝罪されたがそんなことは無い。

鏡の中の私は、別人のように綺麗に整えられていたから。


侍女の皆さんにお礼を言い、陛下のもとへと向かった。

こんなに綺麗にしてもらったのだから、処刑は無いわよね・・・と思いながら。




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