第10話 月下作戦会議
(さて、困った)
ミシェルは部屋でひとり、腕を組んで考えていた。
急に人の心の声が聞こえるようになってしまった。どうやらそれが気のせいではないということもわかった。いわば、スペシャルパワーを持ってしまったのである。
それによって分かったことがある。
イリオンは思っていた以上にヤバい人物であるということ。
……いや、それはこの際どうでもいい。(よくはないが)
オルドとの
手に持った本……禁断の書を開く。が、全く読めない。古語辞典片手に解読することはできるかもしれないが、相当時間が掛かるだろう。それに、大体の内容はオルドに読んでもらっていた。
ミシェルに芽生えたこの力は、妖魔であるオルドと
あの時、図書室でレイドリックが呟いていた声。
空耳でもなんでもなかったのだ。レイドリックは間違いなく、ラスティに向かって『可愛いな』と言っていたのだ。
「そりゃ、あの子は可愛いですけどねぇ!」
思わず口にしてしまう。
「ねぇ、ミシェル~」
ノックもなしに部屋にズケズケ入ってきたのは、ヒルダである。
「うわっ! ちょっと、ノックぐらいしてよねっ」
「あ、ごめんごめん~」
ちっとも悪いと思っていない口調で返される。
「なにか用?」
「うん、そろそろ考えなきゃいけない頃じゃないのかなぁ、って思って」
「……考える?」
何のことかわからず返すと、呆れたように口をあんぐりと開け、
「は? 忘れちゃってるの? それともオルド君に乗り換えたからもういいってこと?」
「へ? 乗りかえるって、な……ああああ! 忘れてなんかないよぉ!」
忘れるどころか、今まさに考えていたのはその、彼のこと。
──月下のダンスパーティー。
「去年は勇気が出なくてダンスに誘えなかったから、今年こそはって言ってたよね?」
「……うん」
レイドリックにダンスを申し込む。
考えただけで心臓がバクバクし、顔がだらしなくにやけていくのがわかる。
「レイドリック様と……だ、だだだだだだダンスをっ」
手を握るのだ。
腰に手を添えてもらうのだ。
時に顔を近付け、見つめ合い、密着して踊る……考えただけで昇天しそうだった。
「うひひひ」
急に笑い出すミシェルを見て、ヒルダが、
「キモッ」
と呟く。
……なんだか既視感。
恋を知ると、誰しもが危ないやつになるに違いない。
「まさか当日まで言わないつもりじゃないんでしょ? 早めに声掛けるのよね? レイなら心配ないかもしれないとか思ってるのかもしれないけどさぁ」
そう。
人気のある相手は事前に押さえておかなければ、誰かに取られてしまうのだ。
「そんなこと思ってない! レイドリック様狙いの子がいる可能性だってあるじゃない! いいえっ、むしろその可能性しかないような気がする! もちろん当日までなんて待たないわっ」
拳を握りしめる。
「……けどさぁ、」
ヒルダがベッドの上で胡坐をかき、ミシェルを見上げる。
「今年は去年と違って、障害多いよ? わかってる?」
真面目な顔でそう言われ、ドキッとする。
「え? 待って、レイドリック様狙いの子、そんなにいるのっ?」
気付かないうちにモテ期が来ていたのだろうか。さすがレイドリック、などと考えていると、
「バカね。そっちじゃないわよ」
「へ?」
「あんたよ、あ・ん・た。私としてもイマイチ信じがたい事実ではあるけど、ミシェル狙いが二人もいるじゃない!」
「……えええ、私?」
ガックリと項垂れる。
オルド&イリオン。
更に、イリオンが関わってくるということは、きっとエリシアも……いや、月下のダンスパーティーだ。エリシアどころか、女生徒の大半を敵に回すくらいの勢いなのではなかろうか。去年は流血騒ぎもあったと聞く。女の嫉妬は恐ろしい。そんな中、万が一にもイリオンとダンス、などということになったら……、
「ヒルダ……私、消されるのかな?」
半ば真剣にそう言うと、
「案ずるな、骨は拾ってやる」
と、肩を叩かれる。
「なんか、冗談に聞こえないんだけど」
「だからさ、あの二人に誘われる前にレイを誘ってOKもらえばいいんだって」
パチ、と眼鏡の奥で片目を閉じるヒルダ。
「あ……あったまいい!!」
ミシェルは変なポーズでヒルダを賛辞する。
月下のルールとして、もう相手が決まっている場合は学園側にエントリーシートを提出し、バッジを受け取り制服に装着することになっていた。そうすることで、予約済がわかるようになるのだ。
皆はバッジを付けたくて相手を探す。後半になればなるほど、その場限りのカップルが誕生するが、それキッカケで本当に付き合うようになったりもするのだから面白い。
ちなみに、最後までバッジを付けることなくフリーのままだと、当日のダンスパーティーへの公式参加は出来ない。公式には出来ない、というだけで、非公式には参加可能だった。つまり、
『誰でもいいから踊って~!』
『オッケ~! 踊ろうぜ~!』
という参加もないわけではないのだ。それを狙って楽しんでいる令嬢、令息も一定数いる。後腐れなくて楽だからだ。
「シチュエーションとか誘うときの台詞とか、ちゃんと考えておきなよ? 考えが纏まったら教えて。ダメ出ししてあげるから」
「ありがとう、ヒルダ~!」
ガシッ、とハグをすると、
「じゃ、お休み」
と、ヒルダが部屋を後にした。
持つべきものは友である。
ミシェルは机に向かうと『私の恋の全問答』を開く。そこには
【今日のレイドリック様】
という項目がある。びっしりとその欄を埋めると、更に
【恋の教訓】
という項目に、書き込みをした。
『レイドリック様が正義と知る』
ちょっと意味不明ではあるが、いいのだ。とにかくミシェルは、レイドリック信者なのである。
「ダンス……かぁ。レイドリック様、私が誘ったら受けてくれるのかしら」
思い返すのは一学年下のラスティのこと。
「もし、レイドリック様がラスティを誘ったら……そのときは私、どうすればいいんだろう」
それはずっと危惧していること。
ミシェルはレイドリックが好きだった。一方的な思いなのはわかっているが、とにかく、彼はミシェルにとって唯一無二の存在であり、推し。レイドリックが幸せでいることがミシェルにとっては絶対的優先事項だ。だから、もしレイドリックがラスティとのダンスを望むというのならその時は……、
「その時は、応援してあげなきゃ……だよね」
頭ではわかっている。だが、そんな気持ちに、本当になれるのだろうか。こんなにも、好きなのに。
「片思いって、つらいな」
ポツリ、呟きベッドに転がった。
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