第8話 男と女が二人きりですること
「今日は昼からずっと、やけに積極的じゃん。なに? 俺と添い遂げる覚悟が出来たってこと?」
にまにましながら隣を歩くのは美しき妖魔の末裔、オルド・バン・ジャレド。てくてくと隣を歩くずんぐりむっくりな赤毛は、そんな妖魔と知らぬ間に縁を結ばれてしまったミシェル・ダリル。
『放課後、ちょっと付き合ってほしいんだけど』
そう誘われた瞬間から、オルドはウキウキしていた。人気のない旧校舎への呼び出し。そこは二人の出会った場所だ。そんな思い出の地で密会!! これは、アオハルの予感しかしない!
「そんなんじゃないわよっ」
図書室での話……この縁を解消するというあの話を、なるべく早く実行したいのだ。そのためには旧校舎資料室に置いてきてしまった禁断の書を調べる必要がある。そう思い立ち、向かっているのである。
「……そういえばオルドってさ、」
歩きながら、ふと疑問だったことを投げかける。
「なんだ?」
「禁断の書に封印される前のことって、覚えてるの?」
妖魔、などという存在、今のご時世耳にすることはまずない。本の中での……しかもかなり古い文献でしか見ないモノ。
「あー、まぁ、多少は覚えてることもあるけどな。昔のこと過ぎてなぁ……」
家族や友人はいないのだろうか?
「なんだよ、俺の過去が心配になったのか? 安心しろ、俺はミシェル以外の女と付き合ったことはないぞ!」
「ばっ、そんなこと気にしてないよっ」
オルドの女性遍歴など聞いてもいないし、興味もなかった。そもそもオルドはミシェルにとって恋愛対象ではないのだ。
「あとさ、」
ふと、思い立ちもう一つ。
「なに?」
「禁断の書、って、結局何が書いてある本なの?」
その本を読めば、オルドを封じる方法が書いてあったりするのではないかと思ったのである。そうであるならば、手っ取り早くていいのだが。
「はぁ? 俺が閉じ込められてた本だろ? それが何の本かなんて俺が知るわけないだろうがっ」
ぷりぷりしながらそう口にする。
「だよねぇ……」
まぁ、行けばわかるはずだ。
旧校舎が見えてくる。
「思い出の地、だな」
懐かしそうに目を細めるオルド。
「……そんなに感慨深いものでもないけどね」
サラッと躱す。
「はぁぁ? 冷めた反応だな。せっかく二人きりなんだぜ?」
思いっきり嫌そうな声を出してミシェルを睨む。
「人気のないところで二人きり。となればアオハルしかないだろう? 俺はお前と二人きりであんなことやこんなことをしたいって張り切ってるのにっ」
「は? あんなことやこんなことって、なにする気よっ」
いきなりおかしなことを口走ってくるオルドに驚き、思わず距離を取る。
「そりゃ、男と女が二人きりですることくらい、ミシェルだって知ってるだろ?」
ドヤ顔ですっと手を伸ばし、ミシェルの頬を撫でつけるオルド。ミシェルはその手を薙ぎ払うと、顔を真っ赤にして、
「なんであんたと踊らなきゃならないのよっ」
と叫んだ。
「……へ?」
オルドの目が点になる。
「月下でダンスをするならそれは絶対にあんたじゃないからっ」
必死になるミシェルを前に、オルドは首を捻る。
「なんでダンスの話になるんだ? 俺が言ってるのはそんな話じゃないんだけど?」
「は? じゃ、他に何する気だったわけ?」
腰に手を当て問い詰めると、オルドは顔を真っ赤にして目を泳がせ、
「そりゃ、あれだっ、手ぇ繋いだり……とかな!」
「……へ?」
何を言ってるんだこいつは、の『へ?』である。手など子供だって繋ぐだろうに。
「あ! お前わかってないだろっ。普通に繋ぐんじゃないんだぞっ? こうやって、指ぎゅってするやつだからなっ」
どうやら恋人繋ぎのことを言っているようだ。
「……ああ、」
妖魔って、馬鹿なのかもしれない、とミシェルは思った。言わなかったが。
「で、ダンスって、なんだよ?」
気になったのか、しつこく聞いてくるオルドに説明をする。
月下のダンスパーティー。
そう呼ばれる催しがあるのだ。
いわば社交界デビューに向けての予行練習のような、学園内で行われるダンスパーティーである。授業の一環として行うものなので完全に遊びということもないが、生徒たちにとっては年に一度のお祭りに近い。ここで何組ものカップルが生まれるからだ。
好きな相手をダンスに誘うため、校内はこのひと月近く、いわば告白の場と化す。そして、月下のダンスパーティーで踊ったカップルは、そこそこの確率でそのまま婚約したりするのである。
「ダンスねぇ……」
興味なさそうに呟くオルド。しかし、ミシェルは違う。月下にかける思いは、人一倍強いのだ。
「なんとしても告白を成功させたいっ。私は、月下でダンスを、踊りたい!」
思いの丈を拳に込め、突き上げる。
「……そこまで言うなら、まぁ、いいぜ?」
にまにましながら手を差し出したオルドを見、ぱちんとその手を叩く。
「だから、あんたじゃないってば」
断られ、頬を膨らませる。
「ミシェルの好きなやつって、誰なの? 俺よりいい男? そんな奴この世にいないと思うけど?」
意味不明な自信を掲げ、言い放つ。ミシェルはそんなオルドをフッと鼻で笑い、言った。
「私の中でその人は崇拝すら出来てしまうほどに神よ! 悪いけど、あんたなんか足元にも及ばないっ。その人はね、優しくて穏やかで、友達思いでとぉぉっても素敵なんだからっ!」
力一杯の賛辞を聞かされ、ムッとするオルド。ミシェルが自分を見ていないことへの不満と、自分でない誰かを思っていることへの嫉妬が爆発する。
「気に入らない、気に入らない、気に入らないっ!」
ミシェルの手を取り、引き寄せる。
「わっ、危ないじゃない、オルド!」
「俺はミシェルが好きなんだっ。なのになんでミシェルは俺を好きじゃないんだよ!」
「そんなこと言われたって、知らないわよっ」
「俺を好きになれよっ。それで全部解決するじゃないか!」
「無茶言わないでよっ。大体、この縁が切れたらオルドは私のことなんかなんとも思わなくなるかもしれないんだよ?」
「……っ、」
すべてが禁断の書に仕掛けられていた術のせい。だとすれば、確かにこの想いは消えてなくなるのかもしれない。
「俺、ミシェルのこと忘れたくないっ」
そう言うと、そのままミシェルを抱き締めた。
「ぎゃ~! なにしてるのよっ、離れなさいっ」
ぎゅうぎゅうとオルドの体を押し戻し、突き飛ばす。
「ウダウダ言ってないで、とっとと縁を切りましょっ。それでも私を好きだって言うなら、その時ちゃんと聞いてあげるわよっ」
バクバクする心臓を抑えつつ、啖呵を切る。
「よぉし、やってやろうじゃねぇかっ」
オルドが掌で拳をパン、と受け止めた。
すべては、この縁を切ってから始まるのだ。
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