【完結】第四皇子推しのモブ女ですがツンデレ妖魔に溺愛されて困ってます!

にわ冬莉

第1話 禁断の書

 確かに、そこには

『開封厳禁』

 との文字が記されていた。


 しかし、駄目と言われれば開けたくなるのが人間というものだ、と自己弁護をしてみる。しかも状況も状況なのだし。


 でも、そんなこと言い訳にはならないし、こうなってしまったことを今は後悔もしているが、その時は深く考えもせず、本能のままに手を伸ばしてしまっていたのだから仕方がない、とまたしても言い訳をしてしまう。


 そっと手を伸ばす。

 開封厳禁、の札をそっと撫でる。

 どうしよっかな~、と、ほんの一瞬だけ迷うが、ま、いっか! が、勝つ。


 封を……切る。


 赤毛の少女は、その封印されていた書物から何かが飛び出すのを、見た。それは禍々しい姿をした、異形の何か。多分、絶対に解き放っちゃダメだった何か。そしてその『なにか』は形を変え、人に似た姿を取ると、少女の前に立ち、偉そうに言った。

「お前が俺の花嫁か?」

 と。


 赤毛の少女はゆっくりと首を三十度右側に傾け、きっかり三秒数えたのち、

「いや、違うと思うな」

 と否定する。


「……違う?」

「うん、違う」

「俺を開放したのはお前だろう?」

「それは、合ってる」

「ではお前が俺の、」

「いや、違う」

 おかしな押し問答が続く。


「……お前は俺が怖くはないのか?」


 封印の書から復活したのだ。かつてあんなにも恐れられ、それゆえ、封印されていたのだ。ということは、今、我、此処に復活したのだから、それなりに恐れてくれないと困るのだ。面子ってもんがある。なのに、

「いやぁ、カッコいいお姿ですよね?」

 心のこもってない言い方で褒められた。しかし、カッコいいなどと褒められたのは初めてだ。つい、照れてしまう。


「そうか、俺様はカッコいいか!」

「ええ、見た目の話でしたら」

 しれっとそういう赤毛は、褒めてはいるがときめいている様子が微塵もないのだ。


「……お前、名前は?」

「あら、レディに名を訪ねるのでしたらまずはそちらから名乗らねば」

 急にお嬢様ぶり正論を返され、思わずグッと詰まる。

 なぜこの女は自分を恐れもせずこうもズケズケとモノを言うのか。自分の存在を理解していないからだろう。では、わからせてやらねばなるまい、と思い、盛大に名乗ることにした。


「我が名はオルド・バン・ジャレド! 悪名高き妖魔の末裔である!」

 バーン! とポーズを決め恐ろしさを演出するも、

「私はミシェル・メリル」

 赤毛の少女は全く動じることなくサクッと自己紹介をしたのである。

「……あ~、そう、か」

 ポーズの行き場がない。


「お前、もしかして……俺を知らないのか?」

 真面目な顔で訊ねると、

「え? 知り合いだった?」

 と真顔で返される。


 私たち、昔どこかで会っていたかしら? やだどうしましょう、私ったら覚えていないみたいだわっ、という返しだ。しかしオルドが求めているのはそれじゃないのだ。ジャレドという名と妖魔という言葉。これが合わされば王様もビビって泣き出すという究極の、

「ねぇ、ここから出る方法ってわかる?」

 オルドの思考を完全に無視してミシェルが訊ねる。かつてあんなに恐れられた妖魔の末裔であるオルド・バン・ジャレドが、その存在を完全に無視される扱いを受けているのだ。赤毛め! と、いきり立つ。


「俺はっ、妖魔だぞっ! 妖魔の末裔、オルド・バン・ジャレドだぞっ?」

 必死に訴える。

 もはや、訴えかけている時点で恐ろしさも何もないわけだが。


「妖魔……?」

 ミシェルがまたもや首を傾げる。妖魔、という言葉はなんとなく聞いたことがあるのだが、思い出せないようだ。

「確か、何かの本で読んだことが……」

 う~ん、と記憶を辿る。

「忘れちゃったな」

 とっとと諦める。


「ね、それでここから出る方法なんだけど」

 速攻話を戻される。


 そもそも、ここは人が出入りするような場所ではない。いわば、立ち入り禁止区域である。なぜ、こんなところにミシェルがいるかというと、早い話、いじめだった。


 ここは大陸ラーナ、バルジリア王国にある学園、レグラント校。ミシェルはこの学園の中等部に在籍する十五歳。赤毛は癖が強く、もしゃっとしており、特に美人でもない目鼻立ち。気が弱いわけでもないし、かといって逆に目立つ要素もない。本来なら、目を付けられいじめの対象にされることもないような、良くも悪くも目立たない存在である。にも拘らず、何故こんなことになっているかというと、もちろんそれにはわけがある。


「お前は自分の立場ってもんを理解しているのかっ。禁断の書を開封して妖魔の末裔を世に放ったのだぞっ? お前は俺の花嫁として一生を終える運命だぞっ?」

 気軽に話しかけてはいけない相手に、ズバズバ話し掛けているのだ、ということをわからせねばなるまい、とオルドは思った。それに、禁断の書を開封するということは、つまり妖魔であるオルドに命を捧げるということでもある。古より、そういうことになっているのだから!

「立場かぁ……。わかってるつもりなんだけどなぁ」

 はぁぁ、と溜息をつくミシェルを見、少しだけ、同情するオルド。どうやら自分がしでかした事の重大さも分かっていないようだし、なんだか可哀想になってきたのだ。


「お前、なんで禁止区域にいるんだ?」

「ん~、私が好きな人は私のことを好きじゃなくて、私がどうでもいい人は何故か私を好きで、その人を好きな人が私を嫌ってるから」

「……なに?」

 よくわからなかった。


「わかんないよね。わたしもわかんない」

 愁いを帯びた目で、寂しそうに微笑むミシェルに、何故かオルドはドキッとしてしまう。そしてドキッとしてしまったことに、更にドキドキしてしまう。


「なんだ、なんだこのおかしな気持ちはっ」

「は?」

「お前、なにか怪しい術を使うのかっ?」

 身構えるオルド。

「術? 私が? まさか! そんなもの使えるわけないでしょう?」

 くすくすと笑うミシェルに、またもやドキッとしてしまうオルド。

「ああ、あああああ、なんだこれは!」

 完全におかしくなってしまうオルドである。


「やはりお前は俺の花嫁だ! いいか、一生俺の、」

「それは無理だな」

 ぴしゃりと断る。

「……無理?」

「うん。だって私、好きな人がいるし」


 ポッと頬を赤らめるミシェルを見、オルドはポカーンと口を開けたのだった。

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